第14話 少年と少女の初デート

文字数 1,473文字

 アリスからデートを申し込まれた武は、戸惑いながらも初デートを開始することにした。
 ここは千葉中央埠頭の入り口。周りには倉庫しかない。
 この周辺の唯一のデートスポットである喫茶店から出た武とアリス。

 そこには道、倉庫、道、倉庫、道、道!!

―― なにもねー

 武はそう思いながらも、隣を歩くアリスを見つめる。西から差し込む陽の光がアリスのブロンドの髪を赤く染める。倉庫街を歩く少年と少女の影が西日で大きく伸びている。
 そんな二人が歩く隣を猫がついてくる。

 猫はアリスのスカートの中をチラチラ見ながら「何色か聞きたい? 聞きたい?」と呟く。アリスの隣を歩いている武は猫と話せるわけもなく、無視し続けている。
 デートの邪魔をして遊ぶ猫。初デートにのまれる武。
 この1匹と1少年の戦いはしばらく続いた。

「アリスちゃんは・・・」と武が言いかけたら、「アリスでいいわよ。私も武っていうから」とアリスは言った。

武は最近知った当り障りない質問を始めた。

「アリスは、今日何食べた?」
「何も食べてない」

「好きな本は?」
「それは内緒!」

「どこに遊びにいくの?」
 何を聞かれても、のらりくらりとはぐらかすアリス。

―― コイツ、この曲を知ってるな・・・

 武は質問を変えることにした。

「じゃあ、アリスはいま何歳?」武は尋ねた。

「女性に年齢を聞くのは失礼なんだけど・・・まあいいわ。私は11歳よ。武は?」

「僕は10歳。アリスは日本の学校に通ってるの?」

「私の行っている学校はインターナショナルスクール。外国人学校と言った方がいいかしら」

「へー、そこにはたくさん外国人がいるの?」

「そうね。私みたいに親の都合で日本に住んでいる外国人が通ってる。武も暇な時に遊びにおいでよ。案内するからさ!」

「ありがとう。それにしても、僕、デートするのが初めてだから緊張してるんだ。アリスは誰かとデートしたことある?」

「あるわよ。ボブでしょ、ディランでしょ、デイヴィッドでしょ、ボウイでしょ・・・」

 武はどこかで聞いたことがある名前だと思ったのだが、そこは振れない。
 二人は話しながら倉庫街を歩いていく。

「すごいね。経験豊富だ!」

「私なんてまだまだよ。同級生の中には、年上の彼氏といろいろしている子もいるらしいわ」

「いろいろ?」武は少女の恋愛事情に興味津々だ。

「キスとか、そういうの。ねえ、武。キスしたことある?」
 アリスは武にそう尋ねた。

「キスってどういうキス? テレビドラマで外国人が家族とキスするシーンがあるけど、そういうのかな?」

「違いまーす。恋人は家族と違うキスをするの」

「え? どういうキスか分からないんだけど、テレビドラマのキスと何が違うの?」

「知りたい?」とアリスは武に言った。

―― え? キスするの?

 無言で小さく頷く武。

「ここだと恥ずかしいから、こっちきて」

 アリスはそう言うと、近くにあった倉庫へ向かって歩き出した。武もドキドキしながらアリスについていく。
 猫は後ろで「恥ずかしいって・・」「照れるなー」と騒いでいる。


 アリスは倉庫に着くと、ドアを開けて中に入った。

 武がアリスについて倉庫の中に入るとスーツを着た男たちが立っていた。

「ダディ、連れてきたわよ」

 アリスは金髪のオールバックに抱き着いた。ダグラスだ。

「お前、騙されたなー」とニヤニヤしながら言う猫。

 女の子にデートに誘われて浮かれてしまった武。
 キスできるのではないかと倉庫に連れてこられた武。

―― これが、噂のハニートラップか・・・

 10歳の少年は女性が恐ろしい生き物だと知った。

 こうして武の初恋は終わった。
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