第13話 浮かれて待ち合わせ場所に行く少年

文字数 2,301文字


 コダマが運転する車は成田国際空港を出発し、目的地の千葉中央埠頭に向かう。アリスとの待ち合わせ場所だ。

 目的地に近づくにつれ、胸が高鳴る武。
 そして、二人の恋の行方が気になるお菊さん。
 猫は「今日のパンツの色、後で教えてやるからなー」と武をからかっている。

 成田国際空港から30分くらい車を走らせると千葉中央埠頭に到着した。千葉中央埠頭には多くの倉庫が並んでいる。この中のどこかに前鬼は拉致されているのだが、そこは武たちの興味の対象ではない。

 武たちを乗せた車は入り口付近の喫茶店の駐車場に入った。
 武が「倉庫じゃないの?」と聞くと、コダマは「目的地はここです。ここでアリスと待ち合わせしています」と答えた。

 喫茶店に入ると、近隣で仕事をしている作業服の男性がコーヒーを飲んでいた。コーヒーとタバコと汗の匂いが喫茶店に充満している。最初のデートの場所としてはイマイチだ。

 男たちの間をぬって奥の席に進むと、そこにはクリームソーダを飲んでいる女の子がいた。アリスだ。

 コダマが席の前に立って「My name is・・・」と自己紹介しようとした瞬間、「日本語でいいわよ」とアリスが言った。

「こっちが武くんね」アリスは武に向かって言った。

―― かわいい・・・

 武は少し口角が上がったものの、直ぐに表情を修正した。
 浮かれた表情を見せないように気を付ける。罠かもしれないから。


「はじめまして、山田武です」と武は挨拶した。お菊さんとコダマも続いて自己紹介する。

 アリスが「座って」と席を進めたから、武たちは着席して飲み物を注文する。

 武はアリスが飲んでいるのと同じクリームソーダを注文した。緑色の液体の上にバニラアイスとサクランボが載っている。武はクリームソーダをテレビで見たことはあったが、現物を見るのは初めてだ。

―― 体に悪そうだな・・・

 武はそう思ったが、何事も経験が大切だ。
 クリームソーダを飲んだことないのに『あんな身体に悪いもの飲む奴の気が知れない!』と非難するヤツになりたくない。
 だから、店員さんが持ってきたクリームソーダを恐る恐る飲む武。

―― 普通だな・・・

 急にクリームソーダに興味を失った武はアリスに質問した。

「いつもクリームソーダを飲んでるの?」

「まさか、こんな体に悪いもの飲まないわよ。でも、クリームソーダを飲んでいる女の子って、かわいく見えない?」

―― あざとい・・・

 武はそう思いながらも共通の話題を探していく。

「たしかに、かわいく見えるかもね。僕は君がクリームソーダを飲んでいるのをみて、クリームソーダを初めて注文した。僕は、人生初のクリームソーダを君と一緒に飲んでる」

「なにそれ? それで、人生初のクリームソーダの感想は?」

「普通・・・」

「あはは、そうよね。ただのソーダとアイスクリームだもの」

「・・・」

 普段、女の子と会話をしない武は何を話していいか分からない。間が持たないから、話題を前鬼に変えてみた。

「君が前鬼のことを電話で教えてくれたんだよね?」

「そうよ。事務所にいたら「コダマ証券のスキンヘッドを捕まえた」と聞こえてきたからね」

「そうなんだ。でも、なんで教えてくれたの?」

「なぜでしょう?」

 アリスは武の眼を正面から見つめて言った。思わず眼をそらす武。
 気まずいから質問を続ける。

「君は僕たちの敵なの? それとも味方なの?」

「うーん。どっちでもないわ。敵じゃないけど、味方でもない」

「しいて言えば?」
 武はしつこく確認する。

「だから、敵じゃないって言ってるでしょ!」
 アリスはイライラしたように答えた。

「ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。君と戦わないといけないかと思ってさ・・・」

「いいわよ。私も言い過ぎた。ごめん・・・」

「じゃあ、君はピーチ・ボーイズのメンバーではないのかな?」

「ピーチ・ボーイズ? なにそれ? アメリカで似たような名前のバンドを作るような話は聞いたことはあるけど」

 アリスはピーチ・ボーイズを知らない。どこまで説明するか迷った武は事実だけを伝えることにした。

「ピーチ・ボーイズはダグラスが組織しているテロ組織だ。日本のビジネスで稼いだ金が、テロ組織の活動資金になっている」

「私の父がテロリスト?」

「そうだよ。僕たちの目的はダグラスのテロ行為を止めさせること」

「そう・・・」

 アリスは父親の秘密を知ってショックを受けているように見える。もう一押しでこちらに取り込めるだろうか?

 武とアリスの会話が止まったから、お菊さんが話題に入ってきた。

「そんなことより、アリスちゃんの髪の毛は綺麗ね。いいトリートメントを使ってるの?」

「いえ、普通のトリートメントです。子供ですから特別な手入れをしなくても髪質を維持できます」アリスは律儀に質問に答えた。

「そっかー。若いっていいなー」

「お菊さんも若くて綺麗ですよ」

「あら、ありがとう。私のことを綺麗だなんて、アリスちゃんはいい子ね!」

 褒められて嬉しいお菊さん。一方のアリスには気になることがあるようだ。

「ところで、お菊さんは武くんの何なのですか?」

「何って、どういう意味?」

「友人とか恋人とか・・・そういう意味です」

「恋人? ないない!」即答するお菊さん。

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 アリスはそう言うと、武に向き直った。

「武くん、私と今からデートしましょう!」

「え?」

―― ここ倉庫街だよね?

 デートする場所があるのか不安に思う武。

 お菊さんは『キマシタワー!』みたいな表情で二人を見つめる。
 少年と少女の恋の行方に興味がないコダマはタバコを吸いながら新聞を読んでいる。

 誰も前鬼には興味がない。
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