ざわめき
文字数 1,713文字
いったい何をしてるのだろうか。今朝は何度鏡を見たかわからない。100円均一の化粧品をこっそり買い、ナチュラルメイクをネットで検索して施してみた。出来るだけお洒落をして、息を殺し、足音を忍ばせ家を出ると走って駅へ向かった。心拍数がいつもより高い気がする。電車に乗っていても心臓が早く動いている気がする。
本当にいいのだろうか。本当に大丈夫だろうか。柏倉に会うことは桜のためだ。これを正当化する理由になるのだろうか。
でも断り続けたとしても柏倉の土下座攻撃を何度も断り続けることは、きっと不可能だったはずだ。ほんの少しの正当性が少しだけ私を落ち着かせるが、スマホ画面に自分の顔を映し、前髪を何度も弄っている私は馬鹿なのか。少しでも風が吹けば崩れてしまう前髪をいくら整えても意味がないのに。
だいぶ早く待ち合わせ場所に着いてしまった。昨日のメッセージのやり取りを見直すと緊張感が高まった。絵文字を使うか迷ったが結局使わなかった。使わなくてよかった。私がメッセージをやり取りしていたのは、桜の彼氏。浮かれるな。何故浮かれなければならない。私は今日、桜似のマネキンだ。喧騒の中、眼を閉じ深呼吸をした。すると急に誰かに肩を叩かれる。
「おはよー!」
私の頬に指が突き刺さっている。無邪気に柏倉は笑った。私の唇が尖ってしまっている。
「ちょっと、やめてよ!」
私は頬を抑えて柏倉の手を振り払った。
「なんか私服だと、すごく感じ変わるね。めちゃくちゃイイよ!」
「え! ……ああ」
「顔を真っ赤だよ、大丈夫?」
私の顔を覗き込む柏倉。
「そんなに見ないでよ!」
そっぽ向く私をよそに彼は意気揚々と歩き出す。
「何やってんの? 早く行くよ!」
「え……あ、はい」
私は彼の後を一定の距離を保ちながら付いて行く。しばらくするとブランドアクセサリーショップへ何の迷いもなく入店する柏倉。
15歳が入っていい店なの? 私はあたふたしながら付いていった。
「誕生日プレゼントなんですが、彼女に似合う物を見繕ってください」
「美男美女のお似合いなカップルですね。彼女様、お誕生日おめでとうございます」
私は慌ててカップルではないと言おうとするが、彼は私に目配せをして遮るように言った。
「ありがとうございます。ペンダントとリングを見せてもらえますか?」
カップルのフリをしろということか。指輪を試着する時、柏倉は何の躊躇も私の手に触れる。私……何の心の準備もできてないのに、簡単に触られた……。とても睫毛が長くて鼻筋が通り整った顔だ。いい香りする。
「ねえ! ねえ! 聞いてる?」
「……ああ、ごめん、いい、いいと思うよ」
見惚れてしまっていた。
ネックレスをする時、彼の指が私のうなじに触れると、身体は硬直し一気に熱を帯びた。付け替える度にその指は私の首を撫でた。ヤバい、汗が出そうだ。
「大丈夫? 具合悪いなら椅子に座って休んでるといいよ、あとは僕が選んでおくからさ」
どうしたんだ、私……。おかしい。騒つく、胸の中が……。帰ろう。私は駅へ向かった。
「おーい! 舞さああああん! 待ってええええ!」
振り返ると柏倉が息を切らして走ってきた。
「ごめんなさい。体調悪くて早くお店から出たかったの。あとで連絡しようと思ってたんだけど」
「そうだったの。……そんな時に連れ回してごめんね」
申し訳なさそうにする彼の表情は、さらに私の胸をかき乱した。
「あのさ、これ」
彼はそう言ってグリーンのようなブルーの小さな紙袋を私に差し出した。
「え! いやよ! 桜には自分で渡してよ。それに誕生日、来週だし」
「違うよ、舞さんにだよ」
「え? 私に? いらないいらない、貰えるわけないじゃん!」
そう言うと彼は慌てて紙袋から小さな箱状の物を取り出し包装紙を破いた。そして私の手を取り小指にリングを通した。
「少し早いけど、誕生日おめでとう」
「え? 私に……?」
彼はにニコリと笑った。
「秘密のピンキーリング」
小指とリングに彩られた小指が絡む。
「ゆびきりげんまん……ってね」
絡まったままの小指を引っ張られる。
「さあ、帰ろう! 心配だから送って行くね」
もうダメだ。
これが私の少し遅めの初恋だった。
本当にいいのだろうか。本当に大丈夫だろうか。柏倉に会うことは桜のためだ。これを正当化する理由になるのだろうか。
でも断り続けたとしても柏倉の土下座攻撃を何度も断り続けることは、きっと不可能だったはずだ。ほんの少しの正当性が少しだけ私を落ち着かせるが、スマホ画面に自分の顔を映し、前髪を何度も弄っている私は馬鹿なのか。少しでも風が吹けば崩れてしまう前髪をいくら整えても意味がないのに。
だいぶ早く待ち合わせ場所に着いてしまった。昨日のメッセージのやり取りを見直すと緊張感が高まった。絵文字を使うか迷ったが結局使わなかった。使わなくてよかった。私がメッセージをやり取りしていたのは、桜の彼氏。浮かれるな。何故浮かれなければならない。私は今日、桜似のマネキンだ。喧騒の中、眼を閉じ深呼吸をした。すると急に誰かに肩を叩かれる。
「おはよー!」
私の頬に指が突き刺さっている。無邪気に柏倉は笑った。私の唇が尖ってしまっている。
「ちょっと、やめてよ!」
私は頬を抑えて柏倉の手を振り払った。
「なんか私服だと、すごく感じ変わるね。めちゃくちゃイイよ!」
「え! ……ああ」
「顔を真っ赤だよ、大丈夫?」
私の顔を覗き込む柏倉。
「そんなに見ないでよ!」
そっぽ向く私をよそに彼は意気揚々と歩き出す。
「何やってんの? 早く行くよ!」
「え……あ、はい」
私は彼の後を一定の距離を保ちながら付いて行く。しばらくするとブランドアクセサリーショップへ何の迷いもなく入店する柏倉。
15歳が入っていい店なの? 私はあたふたしながら付いていった。
「誕生日プレゼントなんですが、彼女に似合う物を見繕ってください」
「美男美女のお似合いなカップルですね。彼女様、お誕生日おめでとうございます」
私は慌ててカップルではないと言おうとするが、彼は私に目配せをして遮るように言った。
「ありがとうございます。ペンダントとリングを見せてもらえますか?」
カップルのフリをしろということか。指輪を試着する時、柏倉は何の躊躇も私の手に触れる。私……何の心の準備もできてないのに、簡単に触られた……。とても睫毛が長くて鼻筋が通り整った顔だ。いい香りする。
「ねえ! ねえ! 聞いてる?」
「……ああ、ごめん、いい、いいと思うよ」
見惚れてしまっていた。
ネックレスをする時、彼の指が私のうなじに触れると、身体は硬直し一気に熱を帯びた。付け替える度にその指は私の首を撫でた。ヤバい、汗が出そうだ。
「大丈夫? 具合悪いなら椅子に座って休んでるといいよ、あとは僕が選んでおくからさ」
どうしたんだ、私……。おかしい。騒つく、胸の中が……。帰ろう。私は駅へ向かった。
「おーい! 舞さああああん! 待ってええええ!」
振り返ると柏倉が息を切らして走ってきた。
「ごめんなさい。体調悪くて早くお店から出たかったの。あとで連絡しようと思ってたんだけど」
「そうだったの。……そんな時に連れ回してごめんね」
申し訳なさそうにする彼の表情は、さらに私の胸をかき乱した。
「あのさ、これ」
彼はそう言ってグリーンのようなブルーの小さな紙袋を私に差し出した。
「え! いやよ! 桜には自分で渡してよ。それに誕生日、来週だし」
「違うよ、舞さんにだよ」
「え? 私に? いらないいらない、貰えるわけないじゃん!」
そう言うと彼は慌てて紙袋から小さな箱状の物を取り出し包装紙を破いた。そして私の手を取り小指にリングを通した。
「少し早いけど、誕生日おめでとう」
「え? 私に……?」
彼はにニコリと笑った。
「秘密のピンキーリング」
小指とリングに彩られた小指が絡む。
「ゆびきりげんまん……ってね」
絡まったままの小指を引っ張られる。
「さあ、帰ろう! 心配だから送って行くね」
もうダメだ。
これが私の少し遅めの初恋だった。