魔人探偵
文字数 5,452文字
気だるげに、ひとりの若い青年が椅子に身をあずけている。手に持ったパイプを時折咥え、放心している。
パイプをふかしているというのに彼の口からは煙が出ない。
それもそのはず、パイプには何も入っておらず、彼はそれを通して空気を吸っているだけなのである。
連続焼死体事件。
深夜、何者かにより焼かれた死体が発見される事件が相次いでいる。
警察の情報によれば辺りにガソリンなどの引火物の痕跡はなく、炭になるまで焼けた死体を作り出せる環境にはなかったとのこと。
明らかに魔人能力によるものだろう。
文句なしの連続殺人事件である。被害者数は数十人にものぼる。
だが、それでも警察の動きは鈍い。
その理由のひとつは犯人が「魔人」と思われるから。
常識では判断しきれない、突拍子もないことを当然のように行う連中である。相手にするには命がいくつあっても足りない。
そしてもうひとつの理由は、被害者の多くがクズどもだからである。
所謂不良と呼ばれる者たち。
深夜の公園や繁華街にたむろする、善良なる市民の方々にご迷惑をおかけするどうしようもない連中である。
そんな経緯もあり、警察としては進んでこの事件に首を突っ込みたくないというのが本音である。
命をかけてクズを守る、それもまた警察の本分ではあるが、他のすべきことを後回しにしてでもするべきことではない。ただそれだけのことである。
よって、当該事件は被害者の数にも関わらず、いまだ未解決の事件となっている。
さて、それでは誰がこの事件の解決を魔人探偵に依頼したのか。
クズどもの親たちか。
いやそれはない。クズの親は当然クズである。
事件解決に手間取る警察に文句を言ったり、ワイドショーに出て小銭を稼いだりはあっても、自分の金を払ってまで犯人をどうにかしたいと思う輩はいない。
では?
そう。被害者の多くはクズどもだが、そこにはごく普通の善良なる市民も含まれているのだ。
しかも単体での被害ではなく、クズどもと一緒に焼かれている。
そのため「あそこのウチのコ、普通に見えてたけど、あんな不良と遊んでるコだったのねぇ」とか「人は見かけによらないわよねぇ」とかご近所で誹謗中傷されることとなっている。
だがしかし、依頼してきた親御方は口を揃えてこういう。
「うちの子に限ってそんなことはない」
親なら誰だってそう思う。うちの子に限ってそんな、と。
・・・だがまぁ、私の調査結果においても、依頼を受けた被害者女性たちは、同現場で殺害されていた不良たちとの接点はまるで見られない。
では一体なぜ現場で一緒に焼かれていたのか、だが・・・
パイプから空気を一層深く吸い込む。
頭の中に霧がかかったような独特の浮遊感。通常の論理的な思考では導き出せない結論を引き出すための儀式だ。
推論。
彼女たちは被害者である。焼殺事件の被害者である以前に、不良たちからの。
つまり、犯人は少女たちを「不良から助けるため」不良どもを焼き殺した。
ではなぜその後、助けたはずの少女たちをも焼き殺したのか。
推論1、助けたあとに見返りを求め拒絶された。
反論、ありえない話ではないが、何度も繰り返すものか?
推論2、見られてはいけないもの、たとえば自分の能力を見られたため。
反論、ありえない。その後殺すのであればそもそも助けに入る意味がない。
推論3、殺す動機がほしいだけの快楽殺人者。
・・・これが一番ありうるか。
「襲われた少女を助ける」大義名分のもと不良を殺し、「自分の能力を見られた」ことを理由としてやむを得なく少女を殺す。
筋が通る必要はない。自分の異常な衝動を隠したいだけ。
だがそうなるとーーー
再びパイプ吸う。
と、今までの弛緩しきった状態とは違う、頭の中が澄み切った状態となる。
では犯人の出現予測地点を絞り出そう。
行動範囲はそう広くはない。大きめの駅を転々と、特に決まった順番ではないが回っているな。
ピンポイントで絞り込むのは難しいが、期間を決めて張り込めば、そう時間はかからないだろう。
ーーーでは取り掛かろうか。
そして幾日かの後の夜。
深夜の、繁華街からやや外れた路地裏に女性の悲鳴が響き渡る。
そこに姿を現したのはフードを被った黒ずくめの男。
手にはブ厚い革のグローブ、そしてひときわ目を引くのは背中に背負った大きな十字架。
女性を追いかけていた男、螺理多が「ぱん」とひとつ手を叩くと、追われていた女性の怯えた表情が消え、平常に戻る。
そう、犯人をおびき寄せるための演技である。
言ってすたすたとその場を去る少女。
そしてそれを見送るフードの男。
パイプを一口吸い込み、頭の中をクリーンにする。
吸血鬼?
さて、見ての通り普通の思考の者ではなさそうだが、相手を刺激するのは何が起こるか分からない。
冷静に言葉は選ぶ必要がある。
私はね、ある事件の調査をしている探偵さ。
君も知っているだろう?このあたりで続いている連続焼死体事件。あの情報を集めているところだったんだ。
いや、なかなか目撃情報が出なくてね。現場の状況を再現したら、何かしら進展があるんじゃないかとね。
あ、私は吸血鬼ではないよ?
事件の話を出しても態度に変化なし。
思ったよりも危険はないか?
見たところ、何の変哲もない十字架だ。
無論、魔人能力であるから常識の範囲で考えるべきではないが。
彼は「燃える」ではなく「焼かれる」と言った。ならばおおよそ予想はつく。
十字架を受け取る「D」。
だが警戒心は緩めていない。
いやなに。さっきも言ったとおり、私は焼殺事件のことを調べていてね。何か目撃してないかと尋ねるつもりだったんだが・・・
君は先ほど「焼かれる」と言ったね。
これは、私の想像なんだが・・・焼殺死体は「吸血鬼」。そして吸血鬼を退治したのは「君」。
ということなのでは?
うん、どうしたものかね。
いやね、探偵として調査しているということは、当然依頼人がいるわけで。
依頼内容は犯人を警察に突き出してほしい、とこういうわけだ。
だが君は「吸血鬼」を退治しているにすぎない。君が悪いんじゃあない、「吸血鬼」が悪いんだからね。
ではどうすべきかーーー
無言で螺理多を見つめる「D」。次に繋がる言葉次第では、おそらく血を見ることになる。
もちろん。私も探偵なんてやっているのは世の悪を許せないからでね。
君とは何か、近しいものを感じる。
・・・もしよければなんだが、連絡先を交換しないか?
君がいままで退治してきた「吸血鬼」。数十体にも及ぶがまだまだ終は見えない。違うかな?
君一人でやってるんだ。それも当然だろう。そこでだ。
私にも手伝わせて欲しい。そう私は探偵。人探しは得意なんだ。君にもこうして会えたしね。
私が「吸血鬼」を探し出し、君が「退治」する。
どうだい? 捗ると思わないか。
正義の探偵。そんなものが果たして存在するだろうか。
少年漫画のように趣味で探偵をやっている学生が事件を解決?
価格破壊も甚だしい。
親の庇護の元、のうのうと暮らしている者が、労働者から食い扶持を奪うのだ。
それは真っ当な対価を得て探偵業を行っている者への暴虐である。
探偵がなぜ探偵なのか。それで利益を得、生きていくためである。
この男、螺理多・極もその至極まっとうな労働者の一人である。
何より社会人たるもの、受けた仕事は完遂するのが最低限の礼節である。
それはそうだろう。吸血鬼なんか存在しない。
君が滅ぼしてきたのは皆「人」だったのだから。
手のひらにちくりと痛みが走る。
「D」に見えないように手のひらに目をやると、そこには十字の型に赤く腫れた痕。
先ほど十字架を受け取ったときに受けた火傷である。
小さな十字架で相手を燃やす程度の火力が出せるならば、あんなに大きな十字架を持つ必要はない。
そう踏んだ螺理多は、十字架を受け取る前にパイプを吸い、痛みを感じない状態を作り出していた。
その効果が切れてきたのだ。
だがもう大丈夫だ。耐えられないほどのひどい火傷ではないことは確認できた。
朝日に向かい、ちょうど「D」に背を向ける形で伸びをする螺理多。
さぁ、あとは事務所に帰って一眠りし警察へ行くだけだ。
何が起きたのか。
理解する間もなかったであろう。
「D」が螺理多の姿を「十字架」と認識した瞬間。
螺理多の身体は燃え上がるに足る熱量を瞬時に発し、体内から燃え上がった。
肉骨臓器、脳に至るまで、ありとあらゆる身体の部位が同時に発火したのだ。当然即死である。
それを呆然と見つめる「D」。
朝日を浴びて灰になる。まさに吸血鬼である。
それはいい。
問題は、吸血鬼ではないと認定した者が今まさに吸血鬼として死んでいったことである。