罪への裁き

文字数 4,842文字

追われている。
時は深夜。丑三つ時。
人気のない工場地帯を走り抜けるひとつの影。
ち・・・!
「D 」である。
いつもは獲物を追い詰める側の「D 」であるところだが、しかして今日は一方的に追い回されている。
その相手とはーーー
ひゃっ!
ハァーーーーーー!
雄々しいモヒカンを携え、雄叫びを上げる雄の中の雄、モヒカン・キングその人である。
だが妙である。
「D 」により、彼はすでに滅殺されたはずである。
・・・! ディバイン・クロス!
距離を詰められ、逃げ切れないと悟った「D」が、背中の十字架を抜き放ち、振り向きざまにモヒカン・キングに叩きつけるーーーが。
ひゃっはっはーーーー!

十字架はモヒカン・キングをすり抜ける。

ーーーこれで数度目である。

(やはりすり抜けるーーー!?)
また一発、もらったぜ!?

十字架を振り抜き、隙だらけの「D」の頭にモヒカン・キングの拳が振り下ろされる、が、こちらもまた「D」の頭をすり抜ける。

だがしかしーーー

く・・・!
苦悶の表情を浮かべ、大きくよろめく「D」。そしてついには片膝をつく。
(やはり、ダメージはないが、ごっそりと「何か」を奪い取られている・・・!)

これも数度目のことである。

モヒカン・キングの攻撃は「D」の攻撃同様、物理的にはすり抜けているが、その都度「D」の中から生命力のような何かをこそぎ落としていくのであった。

おっと、限界か? やっと鬼ごっこも終わりだな。

こちらも幾度となく「D」の攻撃を受けたはずのモヒカン・キングであるが、まるで余裕の表情で「D」を見下ろしている。


そして、それを少し離れた物陰から伺うみっつの人影。

お、ついに限界みたいっスね。
新米刑事、轟・掌太(トドロキ・ショウタ)。

油断はするな。幾多の魔人を葬ってきた男だ。まだ逃げるだけの体力を温存しているかもしれない。

今日は絶対に逃せないぞ。気を張って監視しろ。

魔人刑事、正義・徹終(マサヨシ・テッツイ)。
俺様は構わんぜ。伸びた分だけギャラが増える。
そして死霊使い、根黒・萬作(ネクロ・マンサク)。
お前の能力は頼りにしているがな、お前への報酬も国民からの尊い血税。無駄にはできん。

まぁ大丈夫っすよ先輩。

例え奴が万全の態勢で逃げたとしても、俺の能力「電車遊戯(トレイン・ゴー)」で追いつけないやつはいませんよ。

・・・お前の能力も頼りにしてるがな。

ふざけた発動条件はなんとかしてくれ。


喉元まで出かけたセリフを正義は飲み込んだ。

魔人能力は本能から出た、いわば偶然の産物。発動条件や能力の内容など、本人の意思でどうこうできるものではない。

あれ? ひょっとして先輩、まだオレの能力に慣れてません?

やだなぁ、さっさと吹っ切れちゃってくださいよ。

変わりますよ、世界。

轟・掌太の「電車遊戯(トレイン・ゴー)」。

輪状にした紐の中に入って縦一列に並んだ者が全員で紐を腰の高さに持ち上げることにより発動。

電車並みの速さで移動することができる。最高時速は119kmにも達する。

早い話がリアル「電車ごっご」である。

そうだな、あの速度で走る快感を覚えちまえば、もうやめらんねぇ。

くだらん。仕事に集中しろ。

目標の「魔人殺し」はもう動けないと判断。根黒は「リスト」を出せ。轟は「「リスト」と推定被害者の照合。急げ。

相変わらずヨユーがない仕事っぷりだな。了解了解。

いつの間にか、根黒の手元には一冊の分厚い本が現れていた。

これが根黒の能力「亡き君の怨思い出(メモリアル・バインダー)」。

その中には指定した対象が「殺害した」相手の情報が写真付きで現れる。

さらに根黒はその中から選んだ者の幽体を具現化することができる。今「D」を追い詰めているモヒカン・キングがまさにそれである。

能力の発動には対象となる標的との距離を一定まで詰める必要があるため、じっくりバインダーの中身を検証するには「D」の動きを止める必要があった。

接触した時点で「D」が大量の人間を殺めていることは把握している。

したがって、あとは彼が正義らの目的とする「連続焼殺事件」の犯人であるのか、バインダーの中身と被害者のリストを照合するのみである。

しかしすげぇな、これだけブ厚いバインダーが出たのは初めてだ。あいつ、一体何人殺してきたんだ?

ーーー照合完了。把握していた被害者は全員一致。完全にビンゴっす。

あとは未把握の被害者を数件確認しました先輩。

余罪ありか。それについては後で改めて行方不明者との照合を行う。

検証のため、あと何人か呼び出したい。

同時にはあと2人が限度だな。誰にする?

・・・一人は奴を頼む。ーーーそう、そいつだ。

一方「D」はーーー

おらおらどうしたヴァンパイア・ハンター!

お前の攻撃なんか効かないぜ!?

ちーーー!

攻撃を一切受け付けないことに気が緩んだか、大雑把になったモヒカン・キングの攻撃を地に転がりながらかわし続けていた。

だが、幾度か受けた攻撃により、さらに体力を削られ今や息絶え絶えである。

やあ失礼するよ。
ーーー! キサマは確か・・・
ご無沙汰してるね、ヴァンパイア・ハンター。

彼の名前は螺理多・極(ラリタ・キメル)。

以前「D」と対峙し、結果焼かれた魔人探偵である。

十字架を克服した吸血鬼、生きていたのか・・・!

・・・いや、きっと私は死んでいる。

なに、知り合いにこういうことができる人物がいてね。私はきっと彼に呼び出された幻に過ぎない。

理由もまぁ、大体想像はつく。

・・・

無言で懐から取り出した小さな十字架を突然現れた目の前の男に投げつける。

が、その十字架は彼の体をするりとすり抜ける。

なるほど、この状況はそいつの仕業か。

そう、そして君に出来ることは逃げることだけ。

だったんだけど・・・

もうその体力も残ってないとみえるね。
・・・それで、どうするつもりだ。
そうだね、私を呼び戻した彼が、私に望んでいるであろうことをするだけだ。
何だと・・・?
さてまずは君から得た供述だ。

君は日夜、吸血鬼を狩るために街を回り、実際に多くの吸血鬼を退治してきた。
その十字架で焼き尽くしてね。
キサマを含めて、な。
そしてここからは私が調べた事実と君の供述を合わせた考察だ。

まず第一に、君が殺してきた中に吸血鬼はいない。
というより、そもそもこの世に君の望むような「吸血鬼」は存在しない。
何を言う。ならば、十字架や日の光で灰になる、キサマらは一体なんなんだ。
・・・私の考えでは君の能力は非常に単純なものだ。
「十字架」と認識したものの温度を上げる。それこそ人体を焼き尽くすほどにね。

証拠は君が着けている厚手のグローブ。
・・・それがないと、君自身も火傷を負うのだろう?
耐火素材でできているはずだ。
まぁそれでも熱は完全に遮られているとは思えない。それを外してみたまえ。火傷の跡があるはずだ。
君のいうところの、吸血鬼を焼く「十字架」による火傷の跡がね。
・・・確かに、オレの手には火傷がある。吸血鬼と戦うごとに増えていく。
だがこれは聖痕、スティグマータだ。キサマらのそれとは違う。
なるほど君の火傷は聖なる証、他の者のは吸血鬼の証。
では視点を変えてみよう。

人に仇なす者、吸血鬼を始末するのが君の望み、そうだね?

では問おう。君が殺してきたすべての者は、人に仇なす者、即ち悪だったのか?

当然だ。吸血鬼とは人を襲い血を啜るもの。すべてが人間に害なすものだ。
なるほど。ではあとは客観的な証拠をもとにした第三者による検分だ。
・・・轟、誰でもいい。被害者の中から魔人ではない一般人を選んで呼び出せ。
誰でもいいんすか?
じゃあ誰にするかな・・・もうちょっと細かいプロフィールとか分かればなぁ。
ん?出るぜ、任せな。
って、これちょっと、スリーサイズとか経験人数まで!
人権侵害じゃないんすか!?
心配すんな、この国では死人に人権はない。なぁダンナ?
・・・
じゃあまぁ、遠慮なく。
どれがいいかなぁ。
おい、マジかよこれ見ろよ。

なになに、豊秩・満子・・・おお、まさかのJ!?

可愛い十代、しかもこのプロフィールで!?

これにしようぜ。
意義・問題特になし。
・・・いいからさっさとやれ。
そして「D」の前に現れたのはひとりの少女。
・・・え?
・・・今度はなんだ?
ひっ!?

お前がいうところの「吸血鬼」。

○月×日、△△△の繁華街の一角で、大森・孝という魔人とともに焼死体で発見された少女だ。

見覚えはないか?

(ちょっ、先輩、出て行っちゃったよ)

・・・知らんな。オレが狩った吸血鬼の一匹か?

無数の吸血鬼を狩ってきた。よっぽどの相手でなければ記憶には残っていない。

やめて・・・わたし、違うの、だからやめて・・・!
すまない豊秩・満子。だが恐れる必要はない、私は刑事だ。こいつに手出しはもうさせない。

刑事さん!?

ああ、助けて、お願い・・・!

助けられなかった。

だがもう終わらせる。

ああ・・・

少女も本当は分かっている。自分はもう死んでいるのだと。

故に正義の言った「もう終わらせる」という言葉に安堵し、涙を浮かべた。

さて、準備は整いましたか徹終くん?
十分だ。

刑事が何の用だ。吸血鬼をのさばらせている無能な組織め。

・・・いや、今起こっているこの現象の原因がキサマか?

さて、自称「吸血鬼狩り」。お前が何を思い、どう行動をしたのかはどうでもいい。

これから重要なのは、俺がお前の所業をどう思い、どのように判断するかだ。

吸血鬼め・・・!
だが度重なるモヒカン・キングの攻撃により、もはや「D」には抗う力は残されていない。

問おう。

お前は「善」か。

当然だ。人に仇なす吸血鬼を狩る。オレが正義だ。

答えよう。

お前は「悪」だ。

!?

正義の構えた拳にオーラが宿る。


これが正義・徹終の能力「正義の鉄槌」。

正義・徹終が「悪」と判断した者に対する拳の一撃に、絶大な破壊力を伴った衝撃波を付加することができる。

その威力は、正義が相手が犯したと判断した「罪」の重さに比例する。

お前は人の為に「吸血鬼」を殺したという。だがそれは「吸血鬼」ではない、魔人あるいは罪のない一般人だ。


お前は気付かずに「吸血鬼」と思って人を殺し続けた。否、お前自身も火傷を負っているのだ。間違いに気付くことはできた。


何故気付けなかったのか。気付けなかったのではない、己を正当化するため、己を偽り続けた結果だ。


・・・何か、誤りはあるか?

オレが悪だと!?

そんなことはーーー

ごっ!!!!!!

正義が拳を振るう。

叫ぶ暇も与えずにーーー「D」の身体は粉々の肉片となり、消え去った。

言っただろう。重要なのは俺の判断だ。

お前の考えや、ましてや真実など関係ない。

こうして、幾多の「吸血鬼」を葬った魔人、ヴァンパイア・ハンター「D」はこの世から消え去った。
お疲れ様です。
・・・すまんな螺理多。奴を生け捕りにして、お前を活かす方法も考えたんだが。

君の上司が、だろう?

悪は許さない、いや許せない。それが君だ。実に君らしい。

本当に、すまない。

何、死人は去るのみだ。

そこのパンクな君も、お嬢さんも、それでいいね?

ふん、最期にリベンジできたこと、感謝はしてやるぜ。
ありがとうございました、これで怯えず眠れます・・・!
さて、俺様の能力もそろそろ限界ですぜ、ダンナ。
ああ・・・皆、安らかに。

ーーーああそうだ。

この一件で私が雇っていたアルバイトの子に報酬の残りを支払っといてくれないか。少し多めに色を付けて。

今回「奴」の尻尾を掴めたのも、彼女からの情報だろう?

ああ、分かった。実にお前らしい。
お互い様、さ。

そして、この長い事件は終わりを告げた。


ヴァンパイア・ハンター「D」による被害者は百に近いほどにもなる。

犯人は誰なのか。


しかし警察からの公式発表はなく、犯人は謎のまま、未解決事件として残っていくこととなる。

魔人刑事、正義・徹終による裁きは、当然ある「加害者の人権」を無視したものであり、非公式のものであるためだ。


通常の手続きでは裁き得ない「悪」を非合法に断罪する正義・徹終。

もし彼が、彼自身のことを秤にかけるなら、彼は自身を「善」と判断するのか「悪」と判断するのか・・・

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登場人物紹介

【プロフィール】

魔滅・大悟郎(マボロシ・ダイゴロウ)

聖なる十字架により吸血鬼を滅するヴァンパイア・ハンター。

彼の念を送った十字架は聖なる力を放ち、吸血鬼に熱傷を負わせることができる。


・・・と本人は信じて疑わないが、実際には十字架と認識したものを熱くするだけの能力であり、相手が吸血鬼であるか否かを問わず、十字架に触れれば焼かれることになる。

常識的に考えて、吸血鬼などこの世に存在しない。

必ずしも十字架に触れる必要はなく、視認し、念じるだけで発動する。


【能力名】

V・H・D(ヴァンパイア・ハンター・ダイゴロウ)

十字架により吸血鬼を灰塵と化す聖なる能力。

と本人は考えているが、実際は大悟郎が「聖なる十字架」であると認識したものを熱くするだけの能力。

熱量は十字架の大きさに比例する。

(参考例)

首飾り程度の大きさ→カップ麺のお湯を指にこぼした程度の熱さ

バット程度の大きさ→熱したフライパン程度の熱さ

人間が磔にされる程度の大きさ→燃え上がり灰になる程度の熱さ


【プロフィール】

モヒカン・キング

モヒカンこそが最強であると信じて疑わないモヒカンのカリスマ。

徒党を組んで女性を襲う。


【能力名】

ファッション・リーダー

半径20メートル以内のモヒカン者の身体能力を向上させる。

上昇割合はモヒカンの高さに比例する。


モヒカンズ

モヒカン・キングの配下達。

被害女性

唯一普遍の被害を受ける女性。

【プロフィール】

大森・孝(オオモリ・コウ)

ぷりてぃなコウモリさんをこよなく愛するおじ様。好きが高じて変身能力を得る。

【能力名】
バッド・バット
コウモリ人間に変身する能力。
人間大の生物が飛ぶには尋常ならざる筋力を要するため、まず間違いなく飛べるはずもないのだが魔人能力ゆえなぜか飛べる

コウモリ男

変身するとこうなる。どこからどう見てもコウモリ男。

【プロフィール】

螺理多・極(ラリタ・キメル)

魔人探偵。螺旋のごとく捻れ絡み合う世の理を見極めることを信念とする。

【能力名】
探偵の嗜み
愛用のパイプを通して吸入した空気を化学物質に変質させ、脳内分泌物を自在に引き出す。

【プロフィール】

根黒・萬作(ネクロ・マンサク)


【能力名】
亡き君の怨思い出(メモリアル・バインダー)

指定した対象が「殺害した」相手の情報が写真付きで現れるバインダーを出し、

さらにその中から選んだ者の幽体を具現化することができる。


【プロフィール】
正義・徹終(マサヨシ・テッツイ)

魔人刑事。


【能力名】

正義の鉄槌

正義・徹終が「悪」と判断した者に対する拳の一撃に、絶大な破壊力を伴った衝撃波を付加することができる。正義の主観に左右されるため、相手が真実「悪」か否かは問わない。

その威力は、正義が相手が犯したと判断した「罪」の重さに比例する

【プロフィール】

轟・掌太(トドロキ・ショウタ)

新米刑事。


【能力名】

電車遊戯(トレイン・ゴー)

輪状にした紐の中に入って縦一列に並んだ者が全員で紐を腰の高さに持ち上げることにより発動。電車並みの速さで移動することができる。最高時速は119kmにも達する。

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