罪への裁き
文字数 4,842文字
十字架はモヒカン・キングをすり抜ける。
ーーーこれで数度目である。
十字架を振り抜き、隙だらけの「D」の頭にモヒカン・キングの拳が振り下ろされる、が、こちらもまた「D」の頭をすり抜ける。
だがしかしーーー
これも数度目のことである。
モヒカン・キングの攻撃は「D」の攻撃同様、物理的にはすり抜けているが、その都度「D」の中から生命力のような何かをこそぎ落としていくのであった。
こちらも幾度となく「D」の攻撃を受けたはずのモヒカン・キングであるが、まるで余裕の表情で「D」を見下ろしている。
そして、それを少し離れた物陰から伺うみっつの人影。
ふざけた発動条件はなんとかしてくれ。
喉元まで出かけたセリフを正義は飲み込んだ。
魔人能力は本能から出た、いわば偶然の産物。発動条件や能力の内容など、本人の意思でどうこうできるものではない。
轟・掌太の「電車遊戯(トレイン・ゴー)」。
輪状にした紐の中に入って縦一列に並んだ者が全員で紐を腰の高さに持ち上げることにより発動。
電車並みの速さで移動することができる。最高時速は119kmにも達する。
早い話がリアル「電車ごっご」である。
いつの間にか、根黒の手元には一冊の分厚い本が現れていた。
これが根黒の能力「亡き君の怨思い出(メモリアル・バインダー)」。
その中には指定した対象が「殺害した」相手の情報が写真付きで現れる。
さらに根黒はその中から選んだ者の幽体を具現化することができる。今「D」を追い詰めているモヒカン・キングがまさにそれである。
能力の発動には対象となる標的との距離を一定まで詰める必要があるため、じっくりバインダーの中身を検証するには「D」の動きを止める必要があった。
接触した時点で「D」が大量の人間を殺めていることは把握している。
したがって、あとは彼が正義らの目的とする「連続焼殺事件」の犯人であるのか、バインダーの中身と被害者のリストを照合するのみである。
攻撃を一切受け付けないことに気が緩んだか、大雑把になったモヒカン・キングの攻撃を地に転がりながらかわし続けていた。
だが、幾度か受けた攻撃により、さらに体力を削られ今や息絶え絶えである。
彼の名前は螺理多・極(ラリタ・キメル)。
以前「D」と対峙し、結果焼かれた魔人探偵である。
無言で懐から取り出した小さな十字架を突然現れた目の前の男に投げつける。
が、その十字架は彼の体をするりとすり抜ける。
少女も本当は分かっている。自分はもう死んでいるのだと。
故に正義の言った「もう終わらせる」という言葉に安堵し、涙を浮かべた。
正義の構えた拳にオーラが宿る。
これが正義・徹終の能力「正義の鉄槌」。
正義・徹終が「悪」と判断した者に対する拳の一撃に、絶大な破壊力を伴った衝撃波を付加することができる。
その威力は、正義が相手が犯したと判断した「罪」の重さに比例する。
お前は人の為に「吸血鬼」を殺したという。だがそれは「吸血鬼」ではない、魔人あるいは罪のない一般人だ。
お前は気付かずに「吸血鬼」と思って人を殺し続けた。否、お前自身も火傷を負っているのだ。間違いに気付くことはできた。
何故気付けなかったのか。気付けなかったのではない、己を正当化するため、己を偽り続けた結果だ。
・・・何か、誤りはあるか?
正義が拳を振るう。
叫ぶ暇も与えずにーーー「D」の身体は粉々の肉片となり、消え去った。
そして、この長い事件は終わりを告げた。
ヴァンパイア・ハンター「D」による被害者は百に近いほどにもなる。
犯人は誰なのか。
しかし警察からの公式発表はなく、犯人は謎のまま、未解決事件として残っていくこととなる。
魔人刑事、正義・徹終による裁きは、当然ある「加害者の人権」を無視したものであり、非公式のものであるためだ。
通常の手続きでは裁き得ない「悪」を非合法に断罪する正義・徹終。
もし彼が、彼自身のことを秤にかけるなら、彼は自身を「善」と判断するのか「悪」と判断するのか・・・