吸血鬼の使徒
文字数 2,674文字
繁華街から外れた路地裏の一角。
その袋小路で一人の少女が怪しい男に追い詰められていた。
恐怖に引き攣りうまく拒絶の言葉も出せない少女。
しかし、それを上回る恐怖が少女を襲う。
この男、コウモリ好きが高じてついにはコウモリ人間に変身する能力を得た。
大森・孝の「バッド・バット」である。
じりじりとにじり寄るコウモリ男。
恐怖に狩られた少女はもつれた足取りで後ずさるが、後ろはすでに壁である。
肩を掴まれ、首筋に牙を突き立てられる。
本来血を吸うコウモリは数少ないが、大森・孝この男、一度女の子の首筋に噛み付いてみたかったのである。
いつの間に現れたのか。
そこに姿を現したのはフードを被った黒ずくめの男。
手にはブ厚い革のグローブ、そしてひときわ目を引くのは背中に背負った大きな十字架。
衝動にかられて少女の首筋に噛み付いたコウモリ男が訝しみの声を上げる。
正直にありのままを伝えるコウモリ男。
あまりの熱さに放り出してしまう。
その手のひらには赤く、十字型の火傷の跡が残っていた。
これがこの男、魔滅・大悟郎の能力「V・H・D」(ヴァンパイア・ハンター・ダイゴロウ)である。
聖なる十字架に念を送ることにより、吸血鬼を滅する力を与えることができる。
・・・と考えているのは本人の妄想であり、実際には、ただ単に、彼が「聖なる十字架」と認識したものを「熱くする」だけの能力である。
その熱量は十字架の大きさに比例する。
背中に差した、バットほどもある十字架を抜き放ち構える「D」。
だがしかし。
空高く、宙に舞い上がるコウモリ男。
見た目に反して存外華麗に飛び回る。
そう叫び、ポケットから鷲掴みで取り出した無数の十字架を空のコウモリ男めがけて投げつける。
が、それを器用にひらりひらりと躱す。
そう、それはーーー
超音波の副次作用なのかコウモリ語なのか、周りには無数のコウモリが集まってきていた。
コウモリに取り囲まれる「D」。
手に持った大十字架を手当たり次第にぶん回す「D」。
本来その程度に当たるコウモリ達ではないが、いかんせん密集しすぎた。
何匹かは十字架に当たり、そして炎を上げて燃え上がる。
燃えた一匹に他のコウモリがぶつかりさらに燃えーーー
気づけば地面には燃え盛るコウモリが山となり、ひときわ大きな炎を上げることとなった。
懐から取り出した、小さな十字架を連ねて作った「鎖」をコウモリ男めがけて振るう。
「鎖」はコウモリ男の足に絡みつき、それを見て取った「D]は鎖を思い切り引き寄せ、そのままコウモリ男を地面へと叩きつける。
所謂聖水(ただの水)を十字を描くようにコウモリ男の上に撒く。
それは2メートルほどの十字架を描くこととなりーーー
何が起こっているのかも分からずに。
ただ呆然と立ち尽くしていた少女に向き直る「D」。
まるで頭が追いつかない。
「私が吸血鬼に?」そんなはずはない。さっきのだって、ちょっと噛まれて血が出ているだけだ。
何の変化も感じない。吸血鬼になどなっているはずはない。
差し出されたのは小さな十字架。
きっと大丈夫。おそるおそる差し出した少女の手のひらに十字架が触れーーー
やめて、助けて、そんな大きなもので叩かないで
や、やだ、たすけーーー
あああああああああああああああ!
熱い!熱い!やめて、やめ・・・
・・・・・・・!
今日も「吸血鬼」を討ち滅ぼした「D」。
だが明日も、そしてその先も。「D」の戦いは終わらない。
この世から、「吸血鬼」がいなくなることはないのだから。