三曲目:ウィリアム・セイラー

文字数 2,585文字

「チャーリー! お疲れ様、完売?」
「ああ。お前のおかげでな、ウィリアム」
 オレが尋ねたら、兄……チャーリーは柔らかく微笑んで言った。思わず両手でガッツポーズして、チャーリーの胸に飛び込む。抱きとめついでにカサついた手で優しく撫でられたもんだから、んふふ、って声がつい漏れた。
「よかった。オレ役に立った?」
「立った立った。二百部完売だ」
「うわっすっげぇ! チャーリーの話が上手いからだね」
「……“ビリー”の歌がなきゃ何もできないさ」
「あ、愛称で呼んだ。いつもチャーリーだけはウィリアム呼びなのに」
「それは……」
「そこの粘着兄弟イ、オれたちのこと忘れてんじゃねェよオ」
 溜息混じりの声。なんか呆れられてる気がするけどまあいっか。顔を上げると、予想どおり声の主は長い前髪の隙間からオレたちを睨みつけてた。
「誰がビリーを護オたと思オてんだア? 『イつもアりがとウござイますベル様』ぐらイ言ウても良イんだぜエ」
「そういう契約だろ。ウィリアムが歌で客寄せして、俺が売って、お前らがボディーガード。仕事しただけの奴らに言う礼はない」
「ハァ?? んだと辞めてやっても良イんだぞオ!?」
「やっと見出しが読めるようになった程度の英語力でやっていけるなら好きにしたらいい」
「てめェ!!」
「まあまあ、仕事しただけなのは事実さ!」
 チャーリーがオレをそっと退かす。あ、まずいかもと思ったら、先にベルの方に制止が入った。まんまるい眼鏡とコーヒーに牛乳入れて混ぜたみたいな色のうねった髪、身長の割に細すぎて心配になる身体。肩に置かれた骨ばった手を乱暴に振り払おうと思えば雑作ないはずなのに、ベルは不満げに眉を下げてそのまま黙りこくった。
「むしろ感謝してるぐらいだよ。僕一人じゃ絶対こんなに売れてないさ。上手い売り文句も思いつかないしね!」
「そう? ボニーみたいな痩せっぽちはむしろ儲かる気がするけどな〜。同情で買ってもらえるし」
「はは! 身長がなければそうだったかもね。君たちほど若くもないし」
「十七はまだ若イだろオ。オれたちだアて三つしか違わなイ……イヤ、アーティーは四つかア」
 だよなア、とベルが振り向いた先。ほんの少し覚束無い足取りで歩いてくる栗色の髪に青い瞳の男の子。オレの一番古い友達は首を傾げてから、あぁ、って頷いた。
「十三歳だと思う。…………うん、十三歳」
「イや自分の年齢ぐらイ覚エとけよオ」
「でも確かに、わざわざ年齢なんて気にするのは学生ぐらいかもしれないね」
「それもそウか。気になる数字と言エば今日の儲けぐらいだしなア」
 チャーリーの背後にある麻袋を目敏く発見してベルが言う。ハイハイ、ってチャーリーがその中から二つを取って投げ渡せば、ベルは片手でしっかり、ボニーはよろけつつ両手でキャッチした。
「ありがとう! え〜〜っと……いくら入ってればいいんだっけ?」
「ボニーは五十部買イ取オたんだろオ。二百部全部売れたけどオれたちは一割アの兄弟に渡すことになアてるからア……」
「んぇぇっと?? 十部二十五セントで買い取って一部五セントで売ってるから……つまり……??」
 ボニーがぐるぐる目を回す。こうなったら答えが出るのは当分先。だからオレは口を開いた。
「ボニーは一ドル十二セントぐらいじゃない? チップがあればもっと多いかも。だよね、チャーリー!」
 チャーリーが頷けば、おぉ! そうかい、ありがとう! ってボニーが歓声をあげる。チャーリーはやれやれって顔してるけど、仕方ない面もある。オレたちみたいに新聞売って暮らしてるこどもはほぼ全員孤児。学校なんて行ってないやつがほとんど。オレはたまたま父さんと母さんが生きてたときからそういうの得意だったってだけ。チャーリーだって苦手じゃない。双子なんだから当然だけど。そのチャーリーは最後のひと袋を、今度は投げずにアーティーに手渡した。
「で、これがアーティーの分。と言ってもお前はまた貯めとくんだろうけど」
「ありがとう。うん、貯めてまたジャズを聴きに行くんだ」
「……盗まれないように気を付けろよ」
「えっ何それオレも行きたい!」
 そんな感じで、オレがアーティーと話しだした横で。ちっさい声だったけど、ベルがチャーリーに耳打ちしてるのが聞こえた。
「オれとか背の高イボニーはともかく、なんでアイツも雇オてんだア? 歩くの下手だしイ、役に立アてんのかア?」
 ……チャーリーがなんて答えたのかまでは聞こえなかった。ベルはまだ何か言いたそうにしていたけど、チャーリーがシッシと手で払い除けたら無言で立ち去って行った。どこ行くんだろ。また学校に忍び込んで授業の盗み聞きでもするのかな。
「……だから、そのエンターテイメントホールに行けば、漏れてくる音楽が聴けると思う。どうかな」
 ……さっきのは聞かなかったことにして。アーティーに意識を戻す。もちろん! チャーリーも来るかなあ、興味ないかも……なんて返してたら、今度はボニーがちょいちょい手招きしてるのが目に入った。チャーリーと……オレも? なんだろ? ボニーはいつも気付いたらどっか行っちゃうから、遊びの誘いじゃないだろうし。まあ、なんでもいっか。アーティーにはその場で待っててもらって、オレはチャーリーの後を追いかけた。
「なーにボニー、呼んだ?」
「なんの用だ? 増額なら聞かないが」
「へ? ああ、まさか! 今ので十分満足しているよ。そうじゃなくて、君たちの耳に入れておいた方が良さそうなことがあってね」
 そう言うと、ボニーは言葉のとおりチャーリーの左耳とオレの右耳に口を近付けてやたら小さな声で続けた。
「ザ・アダマス……って、聞いたことあるかい?」
「あー、つい最近出てきたギャングだっけ? 劇で使うようなキラッキラした仮面つけたデっカい男で、誰も正体知らないってやつ!」
「そう。新参者だからか新聞で取り上げられたりはしないけれど、彼の狙いと噂されているものが少々気になってね」
「……狙い?」
 ギャング、それも金がありそうなタイプ……狙いは更なる財、かな? その日の食事すら買えるかどうかのオレたちとは遠い世界の話。わざわざ呼びつけてまでオレたちに話す理由が分からなかった。……奴の狙いとやらがなんなのか、その答えを知るまでは。
「奴の狙いは双子だそうだよ。それも十四歳で……顔も髪色も、何もかも似てない双子さ」
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