第1話 須田筒真

文字数 1,187文字

 「はいカットー!」
甲高い合図を皮切りに、演者は皆脱力するが、スタッフはチェックや片付けで忙しいのだろう、あたふたと動き回っている。
「おつかれー!いいアクションだったんじゃなーい?仮面ファイターリ・ア・ル!」
監督は茶化すように俺を労う。そう、俺は子どもから一部の大人にも人気な特撮ヒーロー・仮面ファイターなのだ。俺の演じる仮面ファイターリアルは、令和版ファイターの5作品目にあたる。もう一度言おう、俺は仮面ファイターなのだ。
「スタントお疲れ様です、今日も素晴らしい殺陣でしたね!須田さん。」
この男・池田輝彦のスタントマンとして、だが。
 清潔感があり爽やかで分け目が印象的な茶髪に整った眉目、物柔らかな佇まいで各メディアに引っ張りだこなこの男の影として、俺は闘っている。いけすかない男だ。演技もそこまで上手いとは感じられないし、アクションに関しては点でダメだ。初代仮面ファイターはノースタントで演じていたんだぞ。
 しかしそんな劣等感はお首にも出さずに謙遜せずに挨拶するのが大人という物である。不満を押し殺しながら(不満をぶち殺してると言っても過言ではない)、挨拶など撤収のための諸々を済ませ、荷物をまとめてそそくさと帰った。
 自宅に帰ると、待ち構えていたのは虚無感と悲壮感の漂う汚部屋だ。ゴミ屋敷とは言わずとも、足の踏み場があるだけでそこいらにゴミや洗濯物が散乱していることは確かだ。待っているのはネコかきれいなヨメさんでいいのに。
 あの男はどうなんだろうな。高校生で芸能界デビューし、モデル・俳優としてキラキラもてはやされていて、最近では歌手デビューなんかもしてやがる池田は、家で何が待ってるんだろうか。口うるさい姉か?ヒステリーな母親か?騒がしいだけでカネのかかる犬か?まぁなんにせよ、俺よりいい暮らしをしてることは確かだろう。皮肉なものだな。実際にアクションで闘ってる俺より、客寄せパンダの顔だけ俳優のがいい暮らししてる。これで腐らずにいられるのは、余程の真人間か間抜けか変態だろう。
 ともあれ、俺は食事につくことにした。コンビニで買った適当な弁当と母親が置いていった作り置きの肉じゃがを食卓に並べ、静かに食べる。当然だろう。一人暮らしの男が飯を賑やかに食べていたら不気味さのあまり通報されるかもしれない。それは大袈裟だろうが、それでもやはり、一人というのは静かだ。だが別にいい。撮影で疲れた体に犬や女に気を使う必要まであるのなら、俺はいつ休めるんだということになる。
 そうだ。寂しくなんてない。一人万々歳だよ。逆に家に家族なんて待ってると、休める暇なんてないだろう。可哀想に、全ての家庭を持つ人。
 飯を食い終えて、俺の部屋で唯一綺麗なベッド(とは言え、掛け布団やシーツは乱れているが)に沈み込む。そして眠りに落ちていく。体が休まるぜ。静かで一人でゆっくり過ごせるから。
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