第4話 無責任な好立地

文字数 1,983文字

 お髭がいっぱい、ね。鏡の前、無精髭をさするようにして鏡の前に立つ。そんなにおじさんに見えるかと思ったが、意外とそうかもしれない。コロナで髭剃る習慣なくなっちまったからな。レジェンドの声につられて、ついガラにもないことを言ってしまった。君は救われなければならない……だっけか?何様だよ。俺みたいな偽物が、中途半端な覚悟でやっていけるほど現実は甘くない。
 翔太のことを思い出す。レジェンドの、初代仮面ファイターの声音に乗せて、とんでもなく無責任な言葉を走らせちまった。甘いだけが優しさじゃない。俺が無責任にああ言っちまったから、きっとあいつはもっと傷つく。すまん、許してくれ。俺はお前にいつまでも構ってやれないんだ。なんて口走り始めたあたりで、俺は思いとどまる。待てよ、ヒーローになりたくてこれまでやってきたんだろ?そんな俺が、無責任な正義感を振りかざしてもいいのか?俺はこれまで観てきたファイターたちより、うんと弱い。フィジカルじゃなくて、責任感の話だ。
 これまで観賞してきた人間ドラマじゃ、ヒーローの偽物やなんかは大体痛い目に遭ってる。ホンモノじゃないくせに、ニセモノのくせに、正義感なんて持っちまうから結局ホンモノの悪評を広める羽目になる。その場合、主人公とかが偽物と看破して導いたり、成敗したり、殺したりする。最近はそう言うニセモノを殺す話が盛り上がってたっけか。恐ろしい時代だ。
 俺はあくまで好立地で生まれただけで、だからこんな無責任でも許されてきたんだろう。いや、許されてたんじゃ無いか。呆れられてたんだ。人がどんな環境で暮らしてきたかなんて、いっさい考えたことがなかった。だからその無責任さが見え透いて、気づけば俺の周りにゃ誰もいなくなっていた。みんなしょっぺぇ人生生きてやがるなんて思い上がりも甚だしい。
 今更そんなことに気づいて後悔していても仕方ないので、仕事に向かうことにした。嫌なことがあったときこそ体を動かさなきゃな。撮影の合間、休憩中の池田に声をかける。
「そういや池田くん、そろそろ俺の親父の誕生日なんだが、あんまプレゼントとかあげたことないからさ、何あげたらいいかわかるかな?」
 あくまで平静を装って普段の何気ない会話のように切り出す。もちろんプレゼント誕生日も嘘だ。普段誰とも深く関わってないと、こう言うとき偽装しやすいのがいいことだな。哀しいけど。
「すみません……僕、あまり父とそういったやりとりをしてなくて……」
と、申し訳なさそうに返事する。これまで池田の謙虚な姿勢に腹を立てていたが、なるほど父とは疎遠なわけか。複雑な家庭かは知らんが、ともあれ女性人気バリバリの韓国タレント風のセンター分けをしたイケメンでも、常に親孝行してる完璧超人って分けじゃないんだな。
 そう考えると、無性に今までの人生が恥ずかしくなってきた。何が効率化だ、人の心を踏みにじった効率なんて、ニセモノが展開するくだらない理論だろうが。クソ、情けない。
 それでも俺にできることなんてなく、ただ無意に仕事をこなすだけだった。これ以上ニセモノが頑張って、翔太を苦しませる結果になるなら不本意だ。仮面ファイター好きの純朴な少年を、無責任に喜ばせて無責任に傷つけることなんて、レジェンドをはじめとする本物のファイターたちが許すはずもない。
 そうして責任感ばかり大きくなるが、俺はこれまで人と深く関わったことなどなくどうすればいいかわからない。池田くんにもあまりいい返事はもらえなかったしな。
 結論も出ないままフラフラと帰路を歩く。考え事をしたいから、電車など乗っていられない。ふと顎に手を当てて演技めいた「考えるポーズ」をとってみても、答えはわからない。ここですぐ答えのわかる気の利いた男なら、俺は池田みたいになっているだろうか。
 そんな中、翔太とばったり鉢合わせた。今日もニコニコした元気な声で
「あ、おじさーん!どう?元気ー?」
なんて、初代ファイターの変身ポーズをキメながら挨拶するのだ。「お前も元気か?」なんて、気さくな返事をできる気がしなかったので、翔太に正しい初代の変身を教示してきた。情けない大人だ。こんなんだから、今まで人の困難を知りもしなかったのだろう。俺が仮に人生における好立地みたいなので生きてきたとしたら、だとしたら随分なクソ野郎だな。
 ボロくもない普通の集合住宅。平均的な広さの部屋を散らかして狭くしているが「生活できるから」などと嘯いて何もしない。それが俺の家で、俺の部屋。世間的にはどちらかと言えば好立地かもしれないが、しかしそんなものを格下げするような、中途半端に汚い部屋。
 こんな中途半端な家、誰も遊びに行きたくないもんな。翔太の笑顔が痛く胸に突き刺さる。それでもやっぱり何かをできる気がしないので、俺は初代仮面ファイターのポーズを練習した。
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