第5話 池田輝彦

文字数 1,791文字

 翔太の家庭の複雑さは何となくというより、決定的に察知したのだが、いきなり核心を突いた話を切り出せるほどの勇気も下地もないので、とりあえず池田君の家庭事情のついて探りを入れてみることにした。翔太ほどじゃないにしても、それなりの事情を抱えていたことは何となく察したからな。
 そうはいっても朝は腹が減るので、胃の腑に飯をぶち込まなきゃならない。昨日トースターを新調し、久々のお好み焼き風トーストと洒落込もうと思ったが、冷蔵庫にピザソースを発見したので今日はピザトーストにした。ピーマンの触感が心地いい。無論、体が資本なのでスーパーフード様であるオートミールとグラノーラをブレンドしたシリアル群を牛乳で流し込む。オシャンな癖にうまいのが腹立つ。コンビニとかで小さくなってカロリーハーフになったおかげで不味くなったパンがかわいそうと思わないのか、と、食餌に対して栓のない怒りを差し向けながら、朝食を済ませた。
 今日の撮影は都内で行うため、翔太の通学路と思しき線路沿いの道は通らない。池田君に話を聞く前に遭遇して地雷を踏まぬよう、チャリも新調した。盗まれないレベルの値段でいい感じのロードバイク。紫のメタリックな車体が格好いい最高のロードだ。
 撮影の休憩中、池田君に声をかける。
「よう池田君、外で一服しねぇか?」
「僕、タバコは吸わない主義なんです。親がヘビースモーカーで、割とすぐに死んじゃったんですよね」
 ううむ、さっそく複雑そうな事情が垣間見えてしまった。こないだ、父親へプレゼントをどうするかと嘘の相談した際、池田君は「父とはそういったやり取りをしてない」との旨の供述をしていたが、なるほどおそらくそういうことなのだろう。
「じゃあコーヒー奢るからさ、外の空気にあたろうぜ。ブラックでいいか?」
「......微糖のゴールドのやつでお願いします」
 こうして俺たちは撮影スタジオの屋上でコーヒーを喫することにした。池田君はタバコを苦手としてるみたいなので、俺はブラックコーヒーを買った。そういや自販機はスロットがついてるやつだったが、あれっていつも末尾の数字だけズレるようにできてるよな。おちょくってんのかな。
「そういや池田君って親父さんとは疎遠なんだっけ?」
さりげなく、核心を突かぬようそれとなく世間話のような風で聞いてみる。
「父は......俺が小5の頃に亡くなったんです。肺炎で」
「あぁ、さっき言ってたのは親父さんの方ってことか」
コーヒーをぐびっと流し込む。池田君は手すりに腕を交差する形で寄りかかり黄昏ている。くそ、イケメンは存在してるだけで画になるな。腹立つ。
「どんな人だったんだ?」
これもさりげなく、コーヒー缶の中身をぐるぐる廻らせるように手首を回しながら聞いた。
「もともとは普通の会社員だったみたいですけど、リストラされて人が変わったように粗野な人に変わっちゃたんです。酒とタバコとDVで、やりたい放題でした。ギャンブルにもどっぷりハマって、離婚したあとしばらくして亡くなったことを知りました。僕が幼いころは......優しい父だったんですけどね」
 ......思ったよりヘヴィーで胸に来る。じわじわと胸中に毒が広まってくような不快感を覚えた。そんな話、残念ながらTVの向こうの話だと思っていた。まさかこんな身近に、俺を影だとした場合、光となる存在であるイケメン俳優がこんな過去を背負っていたとは。恥ずかしすぎて顔でバーベキューができそうだ。絶対食いたくないけど。
 これ以上聞くと気まずくなりそうなので、コーヒーを飲み干してスタジオに戻った。勿論空き缶はゴミ箱に、ね。
 今回のスタジオ撮影はドラマパート中心で池田君がメインの撮影。俺の出番はセットでちょちょいと暴れる程度だ。
 撮影中、気になることがあった。『仮面ファイターリアル』の主人公は、父親が悪の軍団に殺された設定なのだが、そのことを恋人に吐露し覚悟を決めるシーンだけ、その時だけ池田君の目つきが変わった。悲しいような哀しいような、沸々と怒りが煮え滾るような、それでもどこか寂しいような、様々な感情が含まれた演技だった。普段の池田君は演技がどちらかというと下手な部類に入るのだが、そのシーンだけは、迫真の、正真正銘の演技だった。幼少よりヒーローを目指して演技を学んできた俺だからわかる。これはまさしく“本物”の演技だった。
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