第20話 クガユカリ

文字数 4,268文字

 ロビーの真ん中まで来ると久嘉由嘉里は足を止めた。回れ右で振り返り、扉が閉まろうとしているエレベーターを睨んだ。

「あいつ誰?」

 腰に手を当て聞いた。まるでヒステリーな音楽教師みたいだったけど気にしない。ダメダメアベンジャーズも立ち止まって久嘉由嘉里と視線を合わせていた。

「シバガキを殺そうとしている刑事ですね」

 ゴスロリのマユが男の頭の中を覗いたようだ。

「それゃあんな大袈裟な道具を手にしてたから分かるけど警察官なんでしょ、あいつ? どうして逮捕じゃないのよ?」

 超法規的措置も許される久嘉由嘉里ならともかく、警察官は世論とか色々あって、あんな派手なことをしたら大問題となるはず。なのになぜ? 可哀想に、もうクビは決定したようなものね。

「恥ずかしいところを見られたから殺すみたいです」

 マユが続けて答えた。

「あいつのことは知ってるよ、俺が行く店で見たことがある」

 神父が口を挟んだ。

「なんだ、あんたの同類さんなの? 人類の敵、変態ペド野郎ね」
「いや、好みは俺よりもう少し上だ。言うなら変態ロリコン野郎だ」

 どっちも同じようなものよ、反吐する価値もない。

「ああ、やっとオモいだしました。あのヒトのビジョン、ミてました」

 今度はFBI心霊捜査官様か、こいつら仕事以外ならよく話す話す。

「キノウ、イったビルディングでビジョン、ミました」

 昨日なら元東征連合があった区役所通りのビルだ。三年前、悪魔が降りたとされる男に壊滅させられた始まりの場所だ。

「カレ、ガールフレンドのことでヤクザにオドされました。ガールフレンド、キルしてしまいました。ショウコのビデオにメニーマネーはらって、それでもタりなくてヤクザのボスのペニス、パックンチョです。ボスのペニスはドラゴンタトゥー、アメイジング! ヤクザ、みんなワラってます。ゴーストもワラってます。ボクもワラってしまいそうになりました。そこにシバガキやってきて、シバガキもワラってました。ワラいながらみんなキルしてました」
「──なるほど、そういうことだったんですね。そうじゃなきゃあの日、北山さんが向こうの組の事務所にいた説明がつかないからなあ。それをなんか刑事の勘だとか何だとか偉そうに言って。確かに柴垣を仕留めたのは北山さんってことになってますけど、あれだってただの偶然でしょう。他の弾はみんな壁や天井に当たってたんですから」
「あんた誰?」

 いつの間にかダメンジャーズに新メンバーが加わっている。スーツ姿が妙に浮いている童顔野郎だ。

「申し遅れました。捜査一課のエノモトと言います。いや、北山さんの性癖についてはみんな知ってたことだったんですよ。娘でもない中学生ぐらいのセーラー服の女の子とよく手をつないで歩いていましたからね。でも、殺しまでしちゃダメだよなあ。マッチョ思考な人ほどそういうところあるのかなあ」
「で、何の用?」
「実はある筋からあなた方のお噂を聞いてまして。実は僕もちょっとした特技があるんですよ」

 エノモトと名乗った男はポケットからフォークを取り出すと親指と人差し指で挟んで数回なでた。先割れした四つの先端がそれぞれ別の方向にぐにゃりと曲がる。エノモトは得意げな顔で久嘉由嘉里を見る。

「上司や先輩を見ていると警察もこの先長くなさそうなんで転職しようと思ってるんですよ。内調に空きとかありますかね?」

 久嘉由嘉里はニキビ面のキヨトを見る。キヨトはものすごい表情でこのエノモトという男を睨んでいる。実に面白い。

「あそこで動画を撮っている男を捕まえたら、上に話をしてもいいわよ」
「本当ですか?」

 久嘉由嘉里が指さしたのはこっちに向けてスマートフォンを構える銀縁メガネにチェックシャツの理系大学生ぼい男で、エノモトは猛ダッシュでその男に向かって行った。中学生男子は泣きそうな顔で久嘉由嘉里を見上げている。

「由嘉里さんはやっぱり凄いですね」

 ゴスロリマユちゃんがこっちに顔を向けて言った。何それ? 何かの嫌味?

「あの人が〈ヒサリン328〉ですよ」
「ヒサリンってあのヒサリン?」

 なぜかシバガキのいる現場にいつも出現し、殺人現場の動画をインターネットに流している奴だ。警察もこの〈ヒサリン328〉が事件について有力な情報を持っていると見てその行方を追っていた。中にはシバガキがヒサリンを名乗っているのではないかと言うものさえいた。

「どうして分かったの?」

 聞いてから無駄だと悟った。どうせ頭の中を覗いただけだ。


「あー、ヒサリンは捕まえられなかったかー」

 ヒサリンの逃げ足は思ったより速かったらしい、捜査一課の童顔君とは縁がなかったということで。喜んでいるは元祖スプーン曲げのキヨトだけだった。
 ウエイターがお代わりのビールを持ってきてくれる。このホテルにこんな場所があるとは知らなかった。最上階のライトアップされたプールサイドのバーで久嘉由嘉里達はミーティングという名の休憩をとっている。

「そう言えば、あのエレベーターで上がった変態2号の銃声もまだ聞こえなてこないわね」
「これ何ですか? 下のロビーにいたときに天井から落ちてきたんですが」

 ゴスロリが小さなミントタブレットほどの金属球を自分の飲むオレンジジュースの前に置いた。FBIの面白ハーフが興味深そうに早速手に取る。

「あのニコラスケイジ、いや間違えましたヘンタイケイジがテンジョウにウったブレットのツブね。これメズラしいよ、シルバーね」

 くだらない冗談は完全無視で、肩書だけ立派な元連邦捜査官から銀色の小さな玉を受け取る。

「銀の弾丸で殺すのって悪魔だったっけ? 狼男や吸血鬼じゃないの?」
「いやいやいやいや、バチカンで調べれば悪魔にも一応効くような伝承はあると思いますよ」

 神父がご機嫌な調子で言う。

「薬の効能書きみたいに言わないでよ」

 こいつ、飲むなって言ってるのにジンジャーエールが知らない間にウイスキーに変わっている。腹が立つ。久嘉由嘉里はモードを切り替えるように手を叩いた。

「さて、私達はこれからどうする?」

 頼りにならない一同を見回す。

「さっきのサンキューファイナンスで隠し部屋を見つけたところで、あんなものは点数にはならないのよ。それでこっちに来て、あんたたちの言うこと聞いてヤクザの部屋より議員の部屋の方を詳しく調べてみたけどウンコ臭いだけだったわ。あれなら窓を割って飛び降りたくもなるわね」
「あれは自殺じゃない。悪魔が男を投げ飛ばしたんだ」

 そう言えばこの受刑者番号328は悪魔のスペシャリストだったわね。

「それじゃその悪魔はどこに行ったのよ。あなたの変態仲間もまだ見つけられてないようだけど」
「悪魔は確かにあそこにいた。でも今はいない」
「うん今いないのは分かった。それじゃどこにいるのよ?」

 クソ神父は久嘉由嘉里の声が聞こえてないように一気にウイスキーを飲み干すとウエイターを呼んだ。肝心なことはダンマリってどういうこと?

「タイセツなナニかもなくなってるってゴーストがイってました、スマートフォンのビジョンです」
「最近の悪魔はSNSでもやるっていうの?──あっ、そういうことか」

 久嘉由嘉里は気づいて悔しがる。

「あーその手もあったわね。議員のスマートフォンならやばい写真かメールか何かそういうのも入ってたんだよ。それを持ち去った奴より早く手にいれてたら派閥の議員さんに恩を売れたのに。あー、だからもう少し早くここに来ればよかったのよ。私もビールおかわり──あ、そうだ」

 久嘉由嘉里は思い出したように足元に置いていたメーターのたくさんついた機械をテーブルの上に置いた。振動でキヨトのコーラのグラスが倒れかけたが、そこはサイキックパワーで押し留めていた。

「結局、この機械って何だったのよ?」

 死体を見て気絶した大学教授が置いていった大げさな装置が今になって反応している。

「リタイアするなら、その前にちゃんと説明して欲しかったよね、このグニュグニュ動いているメーターって何だっけ? 確かこの世界とあの世界が交差してナントカカントカって、それが分かったからって何?」

 久嘉由嘉里はアルコールに弱い自覚はあったが、もう飲まずにはやってられない。変態神父の酒も許す。ゴスロリとFBIも成人してるなら一緒に飲め、反抗期中学生も飲め。
 久嘉由嘉里は腕時計を見る。流行りのスマートウオッチだが充電が切れたのか反応がない。

「だいたい今夜で世界は終わるの? たぶんあと少しで日付が変わるけど、世界が終わる気配はないわよ。ほら、隕石も彗星も落ちてこないじゃん──ん?」

 高層ホテルの何も遮るものがない屋上から夜空を見上げた久嘉由嘉里は気づいた。いや、最初から気づいていたのかもしれないが、ユタの血への反発から気づいていないフリをしていただけかもしれない。

「あの赤い月ってずっとあそこの位置じゃない?」

 輪郭のぼんやりとした赤い月がずっと南東の夜空の真ん中にあった。最初に変な月だなと感じたのは夕食の後だから三時間とか四時間はあの位置から動いていないと思う。

「あれは月だけど、月じゃないんだ」

 キヨトがコーラをストローで一口飲んで言った。いつものスプーンはテーブルに置いている。

「月じゃないってどういうこと?」
「今日は月食だよ」
「──月食?」

 そう言えばそういうことを姉が電話で言っていたような、言ってなかったような。

「月食っていうのは太陽から見て月が地球の裏に隠れることで起こることなんだけど、それで月が完全に見えなくなってしまうわけじゃないんだ。太陽からの光が地球の大気を通る時、波長の短い光は空気中に漂う粒子によって散乱しちゃうけど、波長が長い赤い光は散乱しにくいから通り抜けちゃうんだ。そしてその赤い光は屈折して影の内側に回り込んじゃうから赤く見えるんだよ。夕陽が赤く見える仕組みと同じだね。だからあの赤い月は月だけど月じゃないんだ」

 キヨトがこんなに饒舌に話をしたのは初めてかもしれない。

「どうしてそんなこと知ってるの?」
「中学で科学クラブの部長をしてるから常識だよ。でも、月の位置が変わらないのはおかしいね。それに完全に月が隠れてる時間って一時間半ぐらいものだから、これも長すぎるよ」
「何よそれ、何が起こってるのよいったい──」

 テレビ出演ありの心霊捜査官は神の名を口にし、ゴスロリ女は両手で耳を塞ぎ、科学クラブ部長は再びスプーンを手にし、変態神父は舌打ちをしていた。

 街のあちこちからパトカーや救急車や消防車のサイレンの音が響いてくる。




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