第22話 zapping

文字数 3,807文字

【CH6】

「強盗だ! 騒ぐなよ!」
「動かないでよ、動いたらすぐに撃つから!」

 ロシア流れの自動小銃を手にした男と女は厚さ十センチの鋼鉄の扉を同時に蹴り飛ばすと、店内に足を踏み入れた。
 ここは旭龍会が先月開いたばかりの違法カジノだ。上がりは日に数千万になることもあるらしい。本来なら東征連合に入るはずだった金だ。奪われたものを取り返すのは当たり前のこと。それにアニキの仇もまだ討ってなかったからな。何人かの命はもらうことになるだろう。今のこの街じゃ何をしてもシバガキのせいにしちまえる。ボーナスタイムがやってきたぜ! これがうまくいったら、マニラあたりに逃げて豪遊してやる。その時にこのキャバスケを連れていくかどうかは分からないけどな。

「動くなよ──」

 ポーカー台の前にも、ブラックジャックやバカラの台の周りにも、ルーレットやバーカウンターの上にも死体が転がっていた。その死体のどれもが骨格というものが初めから存在しなかったかのようにひどく捻れて歪み、その一部を欠損している。

「……動くな……よ……」
「……何よこれ……」

 女の足元に黄色い水たまりが広がる。
 重なった死体の山が動いたかと思うと、そこから真っ黒な影が立ち上がった。

【CH5】

「それじゃ、口座番号を──もしもし、もしもし──」
「もしもし──おばあちゃん、聞こえてる?──」
「もしもし、もしもし──」
「おい、どうしたんだ? 電話繋がらねえぞ」
「こっちもだ」
「これじゃ、今日のノルマ果たせないぞ、クゼさんまた怒りまくるぞ」
「もしもし──もしもし──やっぱり繋がらない」
「どこかで工事でもやってるのかもな。あとでちょっと見てくるとして、いいタイミングだから休憩するか。昼飯もろくに食ってないから腹が減ってきたよ」
「そう言われると俺も腹が減った。倒れるぐらい減った」
「腹減ったー、死ぬー」
「おっ、インターフォン鳴ったぜ。誰かウーバーって頼んだっけ?」
「クゼさんじゃないか? あの人、意外とこういうところに気がきくからな」
「ちょっと見てきてくれ、ガッツリしたものだったらいいな」
「俺、カツカレー希望。カツ丼もでも可」
「おい、どうだった? ウーバーだったか?」
「……おい、何だよ……何でお前がこんな……来いよ、来てみろよ……お前が誰だろうとやってやるよ……俺はナイフじゃビビらないよ、来いよ……来い……」
「……マサ君……ヒロオキまで……死ねや、おらーーー」

【CH11】

「ミルクちゃんのお着替えまだでちゅか? 早くこっちきてくだちゃい。ボクんのミルクはもうパンパンですよ。早くきてくだちゃーい、おーいミルクちゃーん、ミルクちゃーん、ミルク……ん? なんじゃワレ!」

【CH3】

「エリカのクソが! 組から預かる車にツバなんて吐きやがって、舐めてやがる。自分が最底辺の売女ってことがまだ分かってないようだ。今度会ったら教育してやる。顔がアンパンみたくなるまで殴ってやる。何か楽しくなってきたな、ちくしょー。でもアイツは殴られて喜ぶ変態だからそれじゃ罰にならないかもな、とんだビッチ──」

 タクミは急ブレーキを踏んだ。

「危ねえなあ、どこ見て歩いてんだよ!」

 車は目の前に現れた男の数センチ手前で止まった。タクミは抗議のクラクションを激しく鳴らす。

「おい、ボヤッとしてないでこっち向いて何か言えよ。まともな大人なら何かあるだろって……」

 タクミが窓を開けて怒鳴るのと同時に男は振り向いた。こいつ──さっき動画で見たばかりの男がそこにいた。男は車のバンパーの下に手を入れると軽々とその長髪で覆われた顔の位置まで持ち上げ、そしてマットでもひっくり返すように回転させた。タクミは恐怖のあまり悲鳴さえ出ない。割れたフロントガラスの向こうは見慣れない上下逆さまの街と奴のクソでっかい足──

「……何なんだよ……これ?」

 何かの合図のようにチェーンソーのエンジンがかかった。肉食獣の牙のような刃が高速で回転する音が響き渡る。それはやがて金属を切り裂く音に変わり……

【CH13】

 とにかく部長のあれ、絶対にパワハラだよな。自分の無能を俺たちのせいにして、自分だけ出世しようしやがって、何がこれからの新自由主義経済ではだよ、こちとらスタンフォードのMBAだよ。あー、腹が立つ。よし、フォームの修正は出来た。自分を客観視するのはビジネスと同じでとても大切なこと。オッケー、いつでも来い──あ、ちょっと芯を外したか、それにしても隣の客、さっきからホームラン連発じゃないか──あれ? あれってボールじゃないよな……

【CH2】

 首のない女に続いて、黒い影のような大男が店の奥から姿を現した。

「助かったよ9091、妙なことに巻き込まれて困ってたんだ」

 鳴宮はサディスティクな笑みを若い男女のギャングに向けた。

「だからお前らはもう終わりだって言っただろ」

 鳴宮は手に持つベレッタを楽しげに左右に振ると徐々にそのスピードを落として狙いを決めた。

「お前は男の方を頼む。俺はこっちの生意気な女を殺る」

 しかし黒い影が持つ巨大なナイフが貫いたのは鳴宮の延髄だった。そこからさらに下半身に向け、一気に切り裂く。

【CH21】

「何よこれ? 画面どうしちゃったのよ? 何でウチらが映ってるのよ せっかく気持ちよく歌ってたのにさ、最悪なんだけど」
「ウチのスマホにもウチらが映ってんだけど、何これ? 盗撮?」
「怖っ!ていうかキモっ! どこにカメラあんのよ?」
「ちょっと店員にクレームつけて、これ止めさせてくるわ。ついでに何かサービスさせてやる」
「それじゃ私、焼酎緑茶割り氷パンパンで。待ってる間、クサでも吸ってるからごゆっくり」
「何か、扉開かないんだけど、鍵とかかかってる?」
「そんなものないよ、ちょいまかせて。こんなものちょっとひねって押せば……これって笑うとこ?」
「……なんで扉からナイフが飛び出てんのよ?……ヤバイよミキ、ヤバいって……病院、病院行かなきゃ……って私もこれって……」

【CH34】

 ホント、なんでこんな街に塾があるかな? いや、塾は地元にもあるんだけど、こっちには中学受験の神ティーチャーがいるからってさ。それで納得した僕も僕だけど、こんな人生負け組みたいな大人たちしかいない街にいたら、こっちまでそれが感染ってきそうで最悪だよ。なんでそんなタトゥーとか見せびらかすかな、自分で頭悪いですって言ってるようなもんだよ。ああ、向こうのサラリーマンはあんなに飲んでさ、絶対に三流企業のサラリーマンだぜ、あんな風にはなりたくないね。そのためにこんな時間まで勉強してるんだ、絶対にトップ偏差値の中学に合格してやる。高校はそのままエスカレーターだけど、大学はもちろんアレで、将来は医者か高級官僚になって、いやお金のことを考えると一流外資という線もありえるな……

「あ、すいません」

 何か怖い人にぶつかっちゃたよ。ちゃんと前を見て歩かなきゃって気をつけてたのに、僕のバカ。でも、ちゃんと謝ったから許してくれるだろう。それに僕は小学生だし、こんな弱っちい存在にムキになる大人は──なんでこの人、手に変な爪を付けてるの? 尖りすぎてるしリンゴとか握っちゃうとスパって切れそうで危ないって、まさかマーヴェルヒーローのコスプレってわけじゃなさそうだけど──

「シバガキ、死ねや!」

 どういうこと? どういうこと? ヤクザみたいな人がこの真っ黒な人を刺しちゃったよ。それで僕じゃなくってヤクザの方に体を向けたけど、これってチャンス? そうだよね、チャンスだよね、この隙に逃げよう。かけっこは苦手だけど走るんだ。みんな同じ方向に逃げないでよ、子供の僕を先に通してよ、お願いだからさ──

「お前ら本当にクズだな! 子供突き飛ばしてどうすんだよ! どけよ! これからのエリート様に道を譲れよ! この五流人間どもが!」

【CH56】

「投げるのは100円の棚だけだよ、あーそれはダメ、俺が買おうと思ってるから」
「これはいいだろ? 今どき、誰もこんな小難しいジャズなんて聞かないから」
「ダメ、絶対ダメ、みんなが聞かなくても俺が聞くから。アフリカンポリリズム大好物だから」
「それじゃ、もうこっちの流行ってるシティポップとか投げちゃうぜ、これ目的の外人さんには悪いけど値段が高けりゃ効くだろう」
「それはもっとダメーーーって全然、効いてないじゃん……全然ダメじゃん……」

【CH91】

「チーフ、本当にこの部屋使って大丈夫ですか?」
「大丈夫だって、このフロアの監視カメラはだいぶん前から壊れてるんだ。これまでも誰にもバレなかったから大丈夫だよ」
「これまでって──それってもしかして、前に噂のあった客室係の女と」
「違うよ、ちょっと仮眠が必要な時に使わせてもらってただけだよ。本当に愛してるのはお前だけだよ」
「チーフ──」
「何か、外で変な音がしません? もしかして──」
「警察があれだけいるんだ。今が一番安全だよ。それに少しぐらいスリルがあるほうがお前もいいだろ?」
「そりゃやっぱり私も嫌いじゃないけど──やっぱり何かおかしいですよ、外じゃなく部屋の中に何かいますよ」
「そんなことあるわけ……」

 二人の悲鳴と共に銃声が轟いた。4217号室の扉が吹き飛ぶ。

「エレベーターに階段、上り下りすること三十四回、探した部屋は百十七、会いたかったぜーーー シィーバーガーキー!」

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