第4話 先輩とふたり2

文字数 2,139文字

 
 真希の様子がおかしい。先輩は問い詰めた。答えないでいると、
「靖だな? A組の菊池靖。スイミングクラブで一緒だった」
「……」
「君に大怪我させた。噂は本当だったの?」
真希はうなずいた。
「ひどい奴なの。小学校のとき、お金を取られた。子分にやらせたの。上履きを隠させたり、教科書を隠したり、カンニングしたと言いふらしたり。
 気に入らない男子には給食を配る時、熱いスープを手にかけたり、階段から落としたり……」

 やがて噂が耳に入ってきた。靖が上履きを隠された。教科書を隠された。試験のあとはカンニングをしたという噂が……
 そしてどんどんエスカレートしていった。靖が腕に火傷した。包帯を巻いていた。真希は先輩を問い詰めた。彼は真希に笑って話した。
「仇は取ってやるよ。学校に来られなくしてやるからね」
「……」
「次は階段から落としてやる」
「やめてよ」
「どうして? 楽しいのに」

 先輩は暴走した。真希は見張っているわけにはいかない。休み時間に靖は階段から落ちた。滑って落ちた。そばにいた先輩が助け起こしたという。
「今に大怪我するぜ。真希みたいに」

 公園で先輩を問い詰めた。彼ははぐらかした。
「胸、また大きくなった?」
「……」
「80のわけないな。何センチ? 女子が話してたよ。真希のおっぱいはかっこいいって」
「嘘っ」
いやらしい視線だ。
「葉月を好きなくせに。葉月の気を引こうとして、私に気があるふりをしてるくせに」
「葉月? そうだな、彼女のスコート姿もムラムラする」
「水谷さんを好きなくせに」
ポーカーフェイスが壊れた。
「わかる? やっぱり。ね、彼女はどうだろう? 僕のことどう思ってるかな?」
「自分で聞けばいいでしょ」
「怒るなよ。真希をからかうとおもしろい。君だから言うけど、本命は1年A組の靖。いじめるのが好きなんだ」
「やめてよ。もう」
「怒りっぽいな。生理なの?」
「いやらしい人ね」
「いやらしい? なんで? そういう話、平気な子がいたな。女の子。教えてくれたよ。ハムスターと猫には生理はないんだ。犬はあるけどね。発情期も。ハムスターの腹が膨れて心配したら、睾丸だって……ハッハッハ。女の子が、睾丸だって……」
「笑い上戸!」
「毛、剃ってるの?」
先輩が真希の腕を撫ぜた。ぞっとした。
「僕はね、体毛が薄くて悩んだ。義母が、セックスするようになれば生えるわよ、なんて。すごい母なんだ。喜びの後には……わかる?」
「?」
「妊娠する。本を貸してやるよ。アポリネール。猥褻な……面白いよ」
真希は立ち上がった。
「僕はいつでも発情期。真希は? 想像しただろ?  僕と……」
「……想像したわよ。小学生のあんた。女みたいだった」
「やめろよ。思い出したくない」
「上級生にペットにされていたくせに」
「イヤな女」
「みんなに言いふらしてやる」
彼は声を出して笑っていた。
「真希、杖、忘れてる」
杖を受け取り言った。
「今度近づいたら、ぶっ叩いてやる」

 翌日の朝、彼は真希のあとをゆっくりついてきた。学校に着くと近づいて来た。真希は身構えた。
「昼休み、屋上に来いよ。終わりにしてやる」
どういう意味?

 靖に何かする気だ。終わりって?
 4時間目が終わると急いだ。屋上に出ると靖は先輩に脅されていた。そばに幸子がいた。必死に止めていた。
「飛び降りろよ。死にはしないって。償うんだろ? 真希に。おまえのやったこと」
「やめなさいよ、三沢君」
「靖、飛び降りろよ」
と先輩にもう1度言われ、靖は柵を越えようとした。
真希は走った。
「転ぶわ。危ない」
幸子の声で支えにきたのは靖だった。かつて真希をいじめ足を不自由にした男。
「もうやめて」
真希は叫んだ。
「許すのか? 真希、こいつを許すのか?」
真希は答えずにもうやめて、と繰り返した。
「行けよ。靖」
彼のひとことで靖は去った。泣きじゃくる真希を先輩は抱いた。幸子の前で。好きな女の前で。耳元で彼は言った。
「靖は何もしていないんだろ?」
「……」
「かばったんだ。圭吾を」
「そうよ。わかっていた」
「許してやれよ。待ってるぜ。靖は」
「……先輩はわざと? そう。誤解なの。菊池君はなにもしていない。菊池君は女子にはなにもしなかった。私が誤解していたの。他愛ない、いたずらだったの。お金を取られたのも。事故にあったのも。私を好きだった男の子のいたずら。菊池君はその子をかばったの」
「行けよ。靖が見てるよ」
屋上の入り口に靖が立っていた。
「協力しろよ。水谷がどんな顔するか……真希、殴れよ。彼女が見てる。靖も」
 顔が近づいてきたので、おもわず殴った。演技なのに。彼は頬を叩かれた。叩かれながらよろける真希を支えた。
「本気で殴るなよ。馬鹿力。行けよ。彼女とふたりきりにさせてくれ」
真希は幸子の隣を泣きながら通っていった。手が痛かった。

 靖が真希の目を見て謝った。
「退院した日に病院に行ったんだ。謝ろうと……できなかった。怖くなって……ごめん。償うよ。一生かけて償う」
「ヤッ君のせいじゃない。圭吾は強くなった……背が伸びたの。レスリング部よ」
「ああ。君の様子を教えてくれた。聞き出してたんだ」
「三沢先輩……演技だったの? 全部? 火傷も、階段から突き落としたのも」
「ああ。包帯は大袈裟に巻いた。僕は柔道やってるから受け身は取れた」
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