第3話 先輩とふたり

文字数 2,472文字

 真希はH高に入学した。杖を付いて階段を登る。電車に乗る。周りは心配そうに見るが、助けはいらない。片足が不自由でもあなたたちには負けない。歩く速さも負けてはいない。速いくらいだ。

 同級生に葉月がいた。出席番号がひとつ前の葉月は真希の前に立っていた。入学式、来賓の挨拶が終わると、前の葉月の様子がおかしかった。貧血? 真希は支えた。左手で。しかし、全体重を片腕で支えることはできなかった。たった今、来賓の挨拶をした男性が駆けてきて崩れる葉月を抱き上げた。素敵な紳士に絵に描いたような美少女だ。

 教室に遅れて入ってきた葉月は皆の注目を浴びた。男の年配の担任の表情も変わった。息を飲むほどの美少女だ。
 葉月は男子ばかりではなく、女子にも人気があった。助けてあげたくなるような……頼りない美少女だ。その葉月は漢文が苦手だった。当てられてトンチンカンなことを言ったから、後ろからそっと答えを教えた。それ以来真希は葉月に頼られた。足の悪い真希が健常者に頼られたのだ。
 葉月は腕をつかんでくる。手を貸しているつもりか? トイレまで付いてくる。
「ナプキン持ってる?」

 真希がカステラを持ってきた。
「母が、あんたにって。お世話になってるから。仕事でたくさん注文するの」
世話してるのはこっちだけどね。母は喜んでいるのだ。孤高の娘に友達ができたことを。
「わあ……カステラはやっぱりキュウモンドウよね」
「なに? キュウモン? バカ」
なるほど、崩した書体はそう読めるが。
 
 美少女は美青年に恋をしていた。入学早々告白して振られた、という噂だ。渡したプレゼントを受け取ってもらえなかった。窓から三沢先輩を目で追う葉月は可憐だ。しかし、あの先輩は葉月に対してつれなかった。無視している。ということは意識しているのだ。

 とんでもないことが起きた。身体測定と体力測定の日。真希は運動場で葉月が走るのを見ていた。投げるのを見ていた。葉月はテニス部のくせに運動神経の鈍いやつ……しかし、かわいいのだろう。所作がかわいい。スコート姿の葉月は女の真希が見ても抱きしめたくなる……
 用紙を落とした。風で飛んだ。先輩が、三沢先輩が拾った。
「ありがとうございます」
手を出したがすぐには返してくれなかった。先輩は数字を見ていた。身長、体重、胸囲……
「返してください」
「君は……すごいね、握力。肺活量、男並みだ」
褒められたのか、呆れられたのか……
「覚えてない? スイミングクラブで一緒だった。僕は育成コースだったけど」
葉月が走ってくると彼は手を振って去った。やはり美少女を無視した。 

 三沢英幸(えいこう)、聞き覚えがある。スイミングクラブにいた、ひとつ年上の、真希より背の低い、真希より色の白い美少年だった。
 あの子が? あのかわいい男の子が、あんなステキな先輩に? そして、真希に興味を持った。足が悪いから? 翌日から真希は女生徒に睨まれた。なんであんな子が? 先輩に恋する葉月は喜んでくれた。内心は悔しいのだろうが……
 女生徒の憧れのまとが駅で真希を待つ。かばってくれる。必要ないのに。生徒が見ていようが、先生が見ていようが先輩は真希に優しくした。ナイトのように。真希はお姫様扱いだ。
 葉月は先輩のことを聞いてくる。なにを話したの? どんな人? 趣味はなに? 好きなアイドルは?
「ごめんね。ただ、私に同情してるだけよ」
そうだ。もしかしたら本命がいて、見せつけているのかもしれない。それは、葉月かもしれない。つれない態度は、好きだからだ。それとも、2年の水谷幸子か? 観察していればわかる。幸子だ。ポーカーフェイスを装ってはいても。それでもいい。気分がいい。障害のある真希を皆がうらやましがる。
 音楽室で真希は目の前で先輩のピアノを聴く。リクエストする。先輩が録音してくれた楽曲を。幸子がいる。後ろの席で聴いている。葉月は中に入ってこない。先輩は葉月の顔を見ると不機嫌な顔をする。

 先輩に恋する葉月に悪いと思いながら、部活に入らないふたりは一緒に帰る。女生徒の嫉妬を感じる。優越感に浸る。
 話すのはクラスの話。葉月のことを聞きたいのだ。
「親友なの?」
先輩も、本当は好きなんでしょ?
 ピアノの話。音楽の話。歌のテストがあるの……
 先輩は曲を録音してくれる。公園のベンチで座って歌った。真希は聞き惚れた。イタリア語のカタリ・カタリ。観客が集まってきた。拍手喝采。彼は立ち上がりお辞儀をした。アンコールは流行のアニメソング。幼い女の子が一緒に歌う。ごめん、男の子の歌は知らない。弟はいないんだ……変わりに、順番に肩車をした。列ができた。男の子も女の子も。指相撲をした。長い指に小さな指を絡ませた。扱いが慣れていた。
「先輩、幼稚園の先生になれますね」
「そうかな、それもいいね」
ダメだわ。母親が恋をしてしまう。

 プールがはじまると真希はもちろん見学だ。前の時間に終わった先輩が真希に言った。
「また見学か? 泳いでみろよ」
「私に傷だらけの足をさらせって言うの?」
真希の語気に彼はたじろぎ謝った。
「ごめん、そういう意味で言ったんじゃない。君なら泳げると思ったんだ」
 多勢が見ていた。真希は涙を堪え早足でよろける。彼は支え、拒否されながらまた謝った。
 真希は翌週から水着を着て授業に出た。傷だらけの足をさらして。プールに入るとすぐに気にならなくなった。腕だけで真希は軽々と泳ぎ切った。腕の力は並ではない。先生も生徒も拍手した。彼はプールサイドで見ていた。真希と目が合うと笑って教室に戻っていった。それはすぐ噂になった。
 先輩は、ダンベル ハンドグリッパーなど自分が使っていたものをわざわざ真希のアパートまで届けに来てくれた。自転車で。公園でダンベル体操を教えてくれた。自転車に乗った。久しぶりに漕いでみた。片足だけですぐに漕げるようになった。

 体育祭で真希は走った。スタートはずっと前方だったしゴールしたのも最下位で時間はかかったが皆が応援した。先輩は1年の男子に混じって応援していた。1年の菊池君……あの男生徒は?
 
 
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