3.1 少年ではないのか? (前編)

文字数 2,495文字

メロスはディオニスに出会った。

妹に追い出され、シラクスに到着してすぐ。


その出会いからしばらくが経っていた。

ふたりは度々会い、少しずつ距離を縮めていた。


お互いがお互いを意識していたが、それを表に出すことはなかった頃の話。




おまえはどうしてそんなに不注意なのだ。
メロスはまた男に襲われそうになっていたところをディオニスに助けられた。
注意して歩くって

どうやるわけ?

メロスは普通にしているだけで男に絡まれる。

まったくその気もないし、むしろ毛嫌いしているくらいなのに、シラクスに来たばかりの頃はいつも襲われかけていた。


目をそらして言うメロスを見て、ディオニスはため息をつく。

だからこうして護身術を教えてやろうとしているのだ。

ふたりは格闘技場の小さな部屋にいた。

深夜だったこともあり、他に誰もいなかった。

それは嬉しいんだけど……
メロスはちらりとディオニスを見た。
ちらりと見て、すぐに視線をそらす。



なんだ?
ディオニスはメロスを見返す。

表情はいたって普通だった。


とても真面目な顔で彼は言った。

うん…………

メロスは目のやり場に困った。


格闘技場は貴族たちが多く住んでいる場所にあった。庶民は滅多なことでは来ない。メロスはディオニスに言われるままについてきた。


ふたりきりということは、他に人がいないということで、メロスとディオニス以外に人の気配はしなかった。そんなところに連れてこられたのだが、不思議なことにディオニスからその手の危険はまったく感じられなかった。




たとえ、彼がほとんど全裸体であったとしても。
おまえも早く脱げ。
命令されるが、いやらしい響きがまったくない。
(何これ……? 新手の変態?)
メロスはどうするのが正解かわからなかった。


小さな村で生まれ育ったメロスは野山を駆け巡ってはいたが、ちゃんとしたスポーツをしたことがなく、そういう習慣がなかった。しかし、スポーツや格闘技をする時は、裸体であることが多い。


オリンピアで行われている大会も裸体で行われていた。

それなりの生活をしていたディオニスは裸体で格闘技は普通だった。


たとえ、他の国からの理解があまり得られなかったとしても、彼にとっては普通のことだった。

何をぼやぼやしているのだ。

早く脱がぬか。

にこりともせず、とてもまじめな顔で言っていた。

そういうつもりはまったくなさそうだった。


(いいけどさ、別に……。ディオのこと好きだし……)
メロスはキトンに手をかける。
まだ、そういう関係ではなかった。

(でも、ホントはこれが目的だったとか?)

人けがないところに来たことも無防備すぎたかもしれない。


ただ、ディオニスからそういう感じはしなかった。

それまでも真面目で正しいことを行う男だった。


不届きな暴漢からメロスを守っていた男だった。

(急に襲ってきても、ディオなら……)
メロスの方がそう思っていた。


(回りくどい感じするけど、……いいよ)

少しだけ期待に胸を膨らませ、キトンを脱ぎ捨てる。

ほっそりとして色白で、少年のような美しい身体が現れた。

よし!
……
気合いを入れて声をあげるディオニスを見て、メロスは言葉を失った。


大抵の場合、メロスの裸を見た男たちは目の色を変える。

欲望をその体で満たそうと、むさぼりつく。


メロスはそれでもいいと思った。

ディオニスになら、それでも全くかまわないと……。

……
しかし、ディオニスの表情は彼らと違っていた。
裸なのに、清々しさすら感じた。
(カッコいい……)
そう言いそうになった。


けれど、そういう雰囲気ではまったくなかったので言えなかった。

そこは、スポーツをする空間だった。

……

ディオニスはどこにも隙が無かった。(りき)んでもおらず、ゆったりと立っているだけなのに強そうだった。メロスは格闘技のど素人だったが、それだけはわかった。


ディオニスはそれまでもメロスを襲おうとしていた男を山ほど倒してきた猛者である。メロスも彼が強いことは知っていた。


ただ、裸体だった。

表情はとてもカッコよかったが、裸体だった。

では、私を襲え。
そう言って、ディオニスは腰を低く落とし構えた。
え?
メロスは首を傾げた。

意味がわからなかった。

(こうすると、興奮するのか?)

もしかしたら彼はとんでもない変質者なのかもしれないという考えを押しやり、メロスはよくわからないまま、ノロノロとディオニスに近づき、前から抱きついた。

ふんっ
そんな掛け声と共に、あっさりと投げられる。

メロスは格闘技場の床に叩きつけられた。

痛い……

打った肘がジンジンした。

体を起こしてそこをさすり、潤んだ瞳で見上げるが、

バカ者が。

そんなやり方で私が倒せると思っているのか?

と、静かにだが、ものすごい上から目線で言われた。


けれど、ほとんど裸体である。

というか、裸体だった。




全裸体だった。

(倒すって何? 護身術って言ってたよね?)

まるで、これから死闘を繰り広げんとばかりにディオニスは言った。

メロスは顔を上げ、混乱しながらもディオニスを見つめる。
来い!
大きな声で言い、構えてメロスを促す。
(……なに、これ?)
メロスは首を傾げるしかない。
やる気があるのか!
呆然としているメロスに、ディオニスは(カツ)を入れる。
(そんなこと言われても……)
やる気などあるはずがない。
あ、っと……
メロスがもたもたしていると、
返事は『はい』だ!
厳しい表情でディオニスは怒鳴った。
は……、 はい!
メロスは慌てて立ち上がり、半ばヤケクソに叫んだ。

……

メロスが立ち上がったのを見て、ディオニスがゆったりと構える。メロスもそれを真似して弱々しく構えると、ディオニスはメロスの手を握った。

……
メロスはビクっとする。
……
ディオニスはそれを無表情に引き寄せる。
肌と肌が触れるやいなや、メロスを投げた。
てっ!
こんどは肩から落ちた。
立て!
間髪入れずにディオニスが叫ぶ。
はい……
弱々しく言うと、メロスは歯を食いしばって立ちあがった。
声が小さい!
ディオニスの怒号が飛ぶ。
は……、はい!
ディオニスが鬼軍曹に見えてきた。
(これ、まじめにやんなきゃダメなヤツ?)
投げられて床に叩きつけられながら、
(襲われた方が、まだマシなんじゃないか?)
と思った。
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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走った

ディオニス

シラクスの王

メロスの今カレ

セリヌンティウス

メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹

アレクサンドロス

妹の旦那

メロスの元カレ

フィロストラトス

セリヌンティウスの弟子

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