3.7 けっこう面倒くさいよ

文字数 1,982文字

私から一本取ったのだから

褒美をやろう

メロスを抱きしめながら、満足そうにディオニスは言った。

ずっとやりたかった。

ディオ
抱擁を外し、メロスは恋人を見つめる。
なんだ?
メロスの耳元でささやき、嬉しそうに口づけをする。
ディオにとっては

ご褒美じゃないわけ?

う゛……
どう答えたらよいのかわからない。
……
メロスはじっと恋人を見つめた。
ほ……、褒美のわけがなかろう
ここで本音を言うには、ディオニスは王様すぎた。
じゃ、いいよ
は?
ディオが嫌なこと

ボク、したくないもん

ディオニスは慌てた。
したいわけではないが

せねばならない

ディオはしたくないんだよね?
……したくない
早口に小さく答える。
じゃあ、いいよ。

ディオがしたいときにしようよ

私はしたくない。

だが、せねばならない

なんで?
……それが決まりだからだ
無駄にキメ顔でディオニスは言った。

それ以外の顔ができなかった。

そんな決まり

あった?

わりと素で聞いていた。
ある
メロスは首を傾げる。
知らなくても仕方がない。

今、決めたのだから

え?
……
ディオニスは真面目な顔でメロスを見つめた。
あははっ
思わずメロスは笑った。
笑うでない
真顔でディオニスは言う。

そんなのムリ

おとなしく

褒美を受け取れ

ディオニスはメロスを抱き上げた。
わっ
慌てて抱きつく。
ふっ
ディオってけっこう

面倒くさいよね

あ゛?
なんでするのにそこまで理由をつけたがるの?
ぐっ……
したいからするじゃ

ダメなわけ?

ダメだ
ボク、ディオとなら

いつでもしたいけどな……

恥ずかしそうにメロスは言った。

やる前に一本取らなければならないのは、けっこう面倒くさい。

だから

それではいかんのだ

なんで?
それではおまえの身体が目的で会うことになってしまうではないか
え?
それを聞いて、メロスは首を傾げ、目を瞬かせた。
だから、訓練しなきゃいけなくなるわけ?
他に何で会えばよいのだ?
……

家を追い出された羊飼いとシラクスの王。

そのふたりに接点はない。
訓練のためなら

会うことができるであろう

ディオニスは面倒くさくて不器用な男だった。
あははははは
メロスは幸せそうに笑った。
ふっ
それを見ていたディオニスも、笑顔になった。
ディオ、大好き
メロスはディオニスに抱きついた。
すっごくとっても

大好き

……
ディオニスも優しい気持ちになって、メロスを抱きしめた。


初めて会った時から、ディオニスはメロスの(とりこ)にされていたのかもしれない。けれど、もうそんなことどうでもよかった。


ディオニスはメロスを仮眠するための長椅子まで連れて行く。

褒美を受け取るか?
長椅子に横たえるとそう訊いた。
しかたないから

受け取ってあげるよ

しかたなくなのか?
今度はディオニスがもったいぶる。
ご褒美ほしいですっ
そうであろう?

そして、お互いを見つめ、流れるように口づけを交わす。


先のことなど考えなかった。

ディオニスは考えることを拒否し、したいことだけをした。


心の底から愛しいと思った相手を、ただひたすら愛した。

……

メロスもそれを受け入れた。

自分が望んでいることを、彼も望んでいると感じていた。


お互いに、お互いを求めていた。




     ◇◇◇




(本当に、これでいいのだろうか?)
ディオニスは答えを出すことができなかった。

彼が欲した答えは、それまでの自分を否定するものだった。


けれど、目の前の誘惑を拒むことはできない。

認めたくはないし、認められない。


そんな自分に、(いきどお)りすら感じた。

どうすればいいのか、わからなかった。

ディオ……
しかめ面をしていたディオニスに、メロスが笑顔を向けた。触れてしまうと粉々に砕けてしまいそうな。それ程に美しい。
なんだ?
笑みを浮かべ、抱き寄せる。
ボクは、ディオのことが大好き。この先、何があっても、どんなことになっても
メロスも薄々感じていた。

ディオニスの苦悩を。


(かせ)になりたくないと思っていたが、それはもう触れ合えないことを意味していた。メロスには耐えられないことで、考えられないことだった。

……
ディオニスは何も言わずに、メロスの手を握りしめた。

メロスを手放すことなどできなかった。けれど、それは赦されないことだった。


それでもメロスの手を握りしめる。

へへっ
メロスも嬉しそうに握り返す。
……
その笑顔を曇らせたくはなかった。


否、苦しめて泣き叫ぶ様が見たい。

もっとあられもない姿にしたい。

(王はそのようなこと、考えてはならない……)
しかし、それに(あらが)えない
ディオ、どうしたの?
どうもせん

少し、見惚(みと)れていた……

やだよ、ディオ

恥ずかしいな

恥ずかしがるでない
うん……









……
離さなければならない手を、どうして握ってしまうのか。

その理由を、彼はまだ知らない。


知っていたかもしれないが、認めることができなかった。

そして、赦されないことを繰り返す。

ディオニスがこのことを解決するには、もう少しだけ、時間が必要だった。













走れメロスを『BL』にしてみた4話に続く

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走った

ディオニス

シラクスの王

メロスの今カレ

セリヌンティウス

メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹

アレクサンドロス

妹の旦那

メロスの元カレ

フィロストラトス

セリヌンティウスの弟子

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