3.2 少年ではないのか? (後編)
文字数 3,306文字
流れる汗をぬぐいながら、真摯な瞳でメロスはディオニスを見つめる。
決してその視線を外さない。
メロスは間合いを取るようになり、簡単には近寄れそうになかった。
しかし、そこに隙ができた。
悔しそうな顔で床を殴り、そして肩で息をする。
ずっと投げられ続け、疲労で立てなくなっていた。メロスはそのまま横たわっている。
ディオニスは満足そうな笑みを浮かべ、倒れているメロスを見下ろした。
腕で顔を覆い、足を動かして起きようとしているが、力が入っていなかった。
いい汗をかいたという表情で、改めてディオニスは足元に横たわるメロスを見た。
すらっと伸びた手足、みずみずしい白い肌。
けだるそうに見つめてくる緑の瞳。
まるで、少年のようだった。
ディオニスは横になっているメロスの隣に座る。
スポーツをしている時なら、少年に教えるのはアリだった。
大人の男として、少年には教えてやらねばならない。
そういう考えを持たずに、ただ欲望を満たそうとする輩も確かに居る。
正しい考えを持ち、そういう行為に溺れることを恥だと思う人物だった。
ヘトヘトになり、思っていなかったところでキスをされて、ぽーっとした顔でメロスはディオニスを見つめた。
長めの深い……
もぞもぞ言っていると、
◇◇◇
成人した男同士ではそういうことはしないが少年ならアリだった。成人して女性とするときに、こういう知識がなければ恥をかいてしまう。それを回避するための、苦肉の策なのである。
ディオニスは決して、自分がしたいからしたわけではない。
ディオニスには王を守るための軍隊があった。
王であろうと市民の許可を取らないと軍隊は持てないのだが、どさくさに紛れてそれを作り、どさくさに紛れて数を増やし、どさくさに紛れて訓練で強化し、他国から脅威と言われるまでにしてしまっていた。何かあった時の準備をしていないと気になって仕方がない上に凝り性だったため、めちゃめちゃ強い軍隊が出来上がっていた。
他の国に攻め込むつもりはなかったが、その気は満々だと言われてしまい、そこが暴君という評価を受ける所以でもあった。ディオニスは軍隊の強化のため、見どころのある若者は少し離れた場所からでもスカウトしていた。
恋人を探すためではなく、純粋に強い部隊を作りたいだけだった。
ただそれだけのことで、メロスを恋人にするつもりもなかった。
教育のために、近くに置いておこうと思っただけであった。
ディオニスにそういう趣味はない。
王としての責務を果たすのに一所懸命で、色事など興味がなかった。
成人する前の『少年』なら、してしまっても非難されることではない。
教えるために、しかたなくしたのである。
決して己の欲望を満たすために行ったのではない。
義務でしかたがなかったのだ。
義務でしかたがなかったので、眠そうな表情で自分を見ていたメロスの髪を撫でた。
自分の欲望からではなく、あくまでも『教育』なのである。
メロスはディオニスを見上げる。
面倒くさそうに答えると、ディオニスの胸に顔をすりよせる。
温もりが、ディオニスの身体に伝わってくる。
メロスを抱きしめて髪にキスをすると、メロスは嬉しそうに微笑んだ。
その天使のような笑みは、見ているだけで愛しさがこみあげてくる。
こんな気持ちになったのは、初めてだったのかもしれない。
ディオニスはメロスを大切にそっと、でも力強く抱きしめる。
メロスは甘えるような細い声でディオニスにささやく。
市民から暴君と呼ばれている男とは思えない、優しい顔で応える。
メロスは夢見心地な瞳で言い、彼を見上げると首筋が無防備にさらされた。
ディオニスはその顎の下にキスを落とす。
彼はとても忙しい。兵の訓練に毎回付き合えるわけではない。
それを聞いて、メロスは哀しそうにうつむいた。
他の男とこんなに密着したくはなかった。
ディオニスだからここまでのことができた。
それは、
わずかにそういう気持ちもあるにはあった。
ただ、ディオニスもメロスを抱きしめながら、他の男に触れさせるよりはいいかもしれないと思った。
再び身体をまさぐる。
メロスはそれを甘んじて受ける。
頬を染め、目をそらしてメロスは言う。
そのあまりの愛らしさに、ディオニスはメロスの向きを変えるとキスをした。
そう言いながらも、ディオニスはメロスをうつ伏せに組み敷いた。
メロスは逃れようとした。
ディオニスはメロスを引き寄せて後ろから抱きしめる。
低くて甘い声が、メロスの耳元で響く。
メロスはビクっとした。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。
ディオニスはメロスの背中にキスをした。
それから何度かこのような訓練をして、ディオニスはメロスが少年ではなく、成人した男性であることを知った。
後の祭りだった。