3.2 少年ではないのか? (後編)

文字数 3,306文字

はじめは簡単に投げられていたが、メロスは徐々に良い動きをするようになっていた。
くっ!
手を取られそうになり、素早く引く。
ふっ……
ディオニスはそれを見て、満足そうに笑った。
はぁ、はぁ……

流れる汗をぬぐいながら、真摯な瞳でメロスはディオニスを見つめる。


決してその視線を外さない。

メロスは間合いを取るようになり、簡単には近寄れそうになかった。

短時間でここまで

上達するとはな。

……
鬼軍曹に褒められ、メロスは思っていた以上に嬉しかった。

しかし、そこに隙ができた。


ふっ
あっ!
間合いを詰められ、足元をすくわれる。
いてっ!
仰向けに床に倒された。
これくらいで

気を抜くでない。

ニヤっとして言うのが腹立たしかった。
クソっ!

悔しそうな顔で床を殴り、そして肩で息をする。

はぁ……、はぁ……

ずっと投げられ続け、疲労で立てなくなっていた。メロスはそのまま横たわっている。 

起き上がれぬのか?

ディオニスは満足そうな笑みを浮かべ、倒れているメロスを見下ろした。

ムリ……

腕で顔を覆い、足を動かして起きようとしているが、力が入っていなかった。 

うむ……

いい汗をかいたという表情で、改めてディオニスは足元に横たわるメロスを見た。


すらっと伸びた手足、みずみずしい白い肌。

けだるそうに見つめてくる緑の瞳。


まるで、少年のようだった。

……

ディオニスは横になっているメロスの隣に座る。

はぁ………、はぁ………
メロスの呼吸が少しずつ落ち着いてきていた。


……
はぁ……
荒かった呼吸が、ふつうの呼吸になる。
できるか?
むりむりむりむりむりむり
慌てたように何度も首を振る。
一回言えばわかる。
もう嫌だ……。

投げられて痛いし。

メロスは腕を顔から下ろした。
……
ふぅ……
無防備な感じが愛らしかった。
肘に傷がある。
え?
メロスは腕を曲げ、傷を見た。
どこ?
ここだ。
ディオニスはメロスの腕をつかみ、メロスが見ていた反対側を示す。
ホントだ。

ヒリヒリすると思った。

……
ディオ?
メロスはディオニスを見上げる。
……

スポーツをしている時なら、少年に教えるのはアリだった。


大人の男として、少年には教えてやらねばならない。

そういう考えを持たずに、ただ欲望を満たそうとする輩も確かに居る。

……
けれど、ディオニスは違う。
正しい考えを持ち、そういう行為に溺れることを恥だと思う人物だった。 
腕、痛いよ。

離して……?

ん……
ほんの少し、魔がさしたのかもしれない。
ディオ……?
……
ディオニスはメロスを抱き寄せると、そっとキスをした。
……
 
ヘトヘトになり、思っていなかったところでキスをされて、ぽーっとした顔でメロスはディオニスを見つめた。
……
……ん
恥じらうように顔をそむけたのが、また美しかった。
……
ディオニスはさらに近づき、メロスの顔の横に手をついてキスをした。
長めの深い……
……
メロスは綺麗な顔で、腕をからめる。
(この者は、シラクスにきたばかりで、右も左もわからぬ少年だ。その者に、指導をするためだ……)
言い訳がましくディオニスは思い、メロスにわずかに残っていた布をはいだ。
ん……
格闘技だと思い、恥ずかしくなくなっていたが、全てが彼の前に晒されて、急に恥ずかしくなった。
 えっと……、その……
逃げたいのかそうでないのかわからなかった。
もぞもぞ言っていると、
黙っていろ。
と、一喝された。
 ん……
うなずくような、よくわからない返事をしたが、「はい」と言わなかったのに怒られず、ただ口づけをされた。




◇◇◇




(少年なら、しかたがない)
思わずやってしまって、ディオニスは心の中で言い訳をする。
メロスは安心しきったように目を閉じ、ディオニスの腕の中にいた。


成人した男同士ではそういうことはしないが少年ならアリだった。成人して女性とするときに、こういう知識がなければ恥をかいてしまう。それを回避するための、苦肉の策なのである。


ディオニスは決して、自分がしたいからしたわけではない。

(ウチの軍隊に入れておこうか)

ディオニスには王を守るための軍隊があった。


王であろうと市民の許可を取らないと軍隊は持てないのだが、どさくさに紛れてそれを作り、どさくさに紛れて数を増やし、どさくさに紛れて訓練で強化し、他国から脅威と言われるまでにしてしまっていた。何かあった時の準備をしていないと気になって仕方がない上に凝り性だったため、めちゃめちゃ強い軍隊が出来上がっていた。


他の国に攻め込むつもりはなかったが、その気は満々だと言われてしまい、そこが暴君という評価を受ける所以でもあった。ディオニスは軍隊の強化のため、見どころのある若者は少し離れた場所からでもスカウトしていた。


恋人を探すためではなく、純粋に強い部隊を作りたいだけだった。
ただそれだけのことで、メロスを恋人にするつもりもなかった。


教育のために、近くに置いておこうと思っただけであった。

ディオニスにそういう趣味はない。

王としての責務を果たすのに一所懸命で、色事など興味がなかった。


成人する前の『少年』なら、してしまっても非難されることではない。

教えるために、しかたなくしたのである。


決して己の欲望を満たすために行ったのではない。


義務でしかたがなかったのだ。
義務でしかたがなかったので、眠そうな表情で自分を見ていたメロスの髪を撫でた。

今まで、訓練を受けたことはあるか?

自分の欲望からではなく、あくまでも『教育』なのである。
メロスはディオニスを見上げる。

ないよ。

ずっと羊を追ってた。

面倒くさそうに答えると、ディオニスの胸に顔をすりよせる。


温もりが、ディオニスの身体に伝わってくる。

メロスを抱きしめて髪にキスをすると、メロスは嬉しそうに微笑んだ。

その天使のような笑みは、見ているだけで愛しさがこみあげてくる。

……

こんな気持ちになったのは、初めてだったのかもしれない。

ディオニスはメロスを大切にそっと、でも力強く抱きしめる。

ねえ……

メロスは甘えるような細い声でディオニスにささやく。

なんだ?

市民から暴君と呼ばれている男とは思えない、優しい顔で応える。


なんで……、

そんなこと、聞くの?

メロスは夢見心地な瞳で言い、彼を見上げると首筋が無防備にさらされた。

筋がいいと思ったのだ。

このまま訓練を受けるつもりはあるか?

ディオニスはその顎の下にキスを落とす。

ディオが教えてくれる?

おねだりをするようにメロスは聞いた。

……他の者になるな。

名残惜しそうにディオニスは言った。

彼はとても忙しい。兵の訓練に毎回付き合えるわけではない。

……

それを聞いて、メロスは哀しそうにうつむいた。

それなら、嫌だ……
消え入りそうに小さな声で答えた。

他の男とこんなに密着したくはなかった。


ディオニスだからここまでのことができた。


(この者なら、かなり有望な戦士になると思ったのだが……)

それは、百戦錬磨(ひゃくせんれんま)(つわもの)のカンだった。

わずかにそういう気持ちもあるにはあった。


ただ、ディオニスもメロスを抱きしめながら、他の男に触れさせるよりはいいかもしれないと思った。

ディオ……
恥じらいながら、その名を呼ぶ。
ふっ

再び身体をまさぐる。

メロスはそれを甘んじて受ける。

ディオに教わるんなら、

してもいいんだけどな。



訓練……

頬を染め、目をそらしてメロスは言う。
そのあまりの愛らしさに、ディオニスはメロスの向きを変えるとキスをした。
 

私の訓練は厳しいぞ。

終わったら、してくれるんだよね?

腕をからませ、メロスは聞く。

これ目的など、

不謹慎なヤツだ……

そう言いながらも、ディオニスはメロスをうつ伏せに組み敷いた。

じゃ、やんない……

メロスは逃れようとした。

ディオニスはメロスを引き寄せて後ろから抱きしめる。


お前がそれなりの成果を見せるのなら……

してやろう。 

低くて甘い声が、メロスの耳元で響く。

っ!

メロスはビクっとした。

それでどうだ?
ディオニスはメロスをそっと抱きしめる。

……うん。

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。

(他の者に、触れさせたくない)

ディオニスはメロスの背中にキスをした。

やんっ、くすぐったいよ。
ふっ……






それから何度かこのような訓練をして、ディオニスはメロスが少年ではなく、成人した男性であることを知った。


後の祭りだった。

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登場人物紹介

メロス

村から王都シラクスまで走った

ディオニス

シラクスの王

メロスの今カレ

セリヌンティウス

メロスの幼なじみ&同居人

フレイア

メロスの妹

アレクサンドロス

妹の旦那

メロスの元カレ

フィロストラトス

セリヌンティウスの弟子

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