第零章

文字数 775文字

 雨だ。雨が降っている。そのことを少年は肌で感じ取っていた。
 土砂降りだ。
 雨は分厚いカーテンとなって、少年の目と耳を塞いでいる。何も見えない。雨音しか聞こえない。
 誰か他に人がいるのか? 周囲に何があるのか?
 状況が全く把握できない、光の無い世界。
 だから動けない。立ち竦むしかない。
 そもそもこんな状況にどうして自分が置かれているのか?
 少年はそこからして理解できていなかった。ないない尽くしだ。
 世界は闇に包まれていた。
 ――もう、いいや。
 少年は崩れるようにして座り込んだ。動くという選択肢を捨て去り、顔を伏せる。尻の下にあるのは恐らく地面なのだろう。
 雨粒は体育座りをした少年の細い体に様々な角度から衝突する。ひたすらに少年を打擲していた。
 ――ぅ、うん、なんだろう?
 変化が生じたのは、どれ程の時が経ったのか分からなくなった頃だ。
 少年は顔を上げた。
 何も見えないのは変わらずだが、確かな変化を少年は感じ取っていた。
 ――声がする。
 そう、変化の要因は音だ。
 少年の身体にぶつかり弾けてゆく雨粒たちが声を上げていた。
「もう、残念だなぁ。一緒に行きたかったのに」「風邪なんだって、運のないヤツ」「冷てぇ! 水、飛ばすなって」「ご飯がおいしく炊けました」「ちょっとひんやりしてた」「……ぜってぇ告白すっぞ!」「すっごく楽しかった」「えっ!?」「……痛い、痛いよ」「暗い」「誰か助けて」「会いたいなぁ」「いっしょに遊びに行きたい」「みんな、大きくなってるんだ。……うらやましいなあ」「もうこれでいいや。落書きでもしよっと」「料理なんか簡単じゃない」「男子なんかに負けないんだから!」「お母さんなんか、大嫌い!」「こっち来んなよ」
 無数の感情を含んだ声が少年にまとわりつく。
 雨足は弱まりそうになかった。
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