第四章 現代のジ・オーダー

文字数 8,169文字

「はい、ウォリアー閣下のお連れ合いの方を御呼びせよとのことです」
 意図が判らない。自分と軍産複合体に何ら繋がりはない筈だ。この施設内にいるそうで自分を探しているらしい。軍人には少年が見えてないらしい。だから案内されても違和感を覚えない様子だ。
「フー卿、お連れしました」
「ご苦労」
 フー卿と呼ばれた老人は何だか奇妙だ。何処かで見かけた記憶がある。案内された部屋には奇妙なパネルがあった。零零から九十九まで表示された下に小数点が描かれている。更にその下には百万単位の数字も書かれている。より大きくなると億単位の数字もある。九十九に近い程数字が大きくなっている。
 だが、規則性がない。それに加えて奇妙なのはリアルタイムで数字が変動していることだ。零零から九十九までは不変だが、それ以外の数字は変動している。傾向としては数字が大きくなると他の数字も大きくなると言ったところか。
「子冬卿、この数字に見覚えはあるかね?」
 老人が尋ねてきても良く判らない。
「では、この表は?」
 数字、グラフ、英語名の書かれている表を差し出される。
 英語が疎い自分でも辛うじて読めるのは世界的に有名な会社だった。全ては判らないが、他の 英語名も企業名ではなかろうか。
「会社名、株価ですか?」
「正答だ。では、先程の数字は何だと思うかね?」
 奇妙なことにこの助言を与えられて少しだけ心当たりが出来た。
「地球の温度変化と公害死者数ですか?」
「どうしてそう判るのかね?」
「それは……」
「考えたことがあるからではないかね? 我々はそういうものだ。灰色の皇帝に対峙する者として」
「あなたは何者ですか?」
 どうにも思考を先読みされている節がある。この人物は何者なのか? 見覚えがあるのにそれが判らない。
「我々が誰か判らない程、君は耄碌している訳だ」
 我々? 心に一抹の不安が過ぎる。
「ありえない」
 思わず否定の言葉を放つ。老人は然して驚く気配も見せず淡々と答える。
「ありえないと言う幻想こそありえない。我々の存在が君の中の理屈とどう矛盾すると言うのか」
「ジ・オーダー……」
 萌芽として今ここに存在する世界最大の敵対者。滅びの秩序を持つ者。
「生憎として我々はパーフェクト・スリー・ペアを強欲に奪うものでね。理念こそ『憎め』と単純だが、破滅の手段は様々なものを構築する」
「何故私に接触を図る?」
 素直に訊ねる。
「君は馬鹿だが狡猾だ」
「………………」
 こちらの沈黙を見ると老人は滑舌になる。
「貧しさや己の愚かさを理由にして無能を主張するのは実に狡猾だ。一方で君は環境破壊の方法を心得ている。秩序の破壊方法も兼ねてね」
 言葉にしないこそジ・オーダーの思考が何となく読める。環境を破壊するのは単純な話だ。肉を食べ、魚を食べれば良い。貴重なものは育てるのは費用が掛かる。それを消費すれば尚更だ。各人が環境問題に無関心でビニールを消費するのも結局海洋生命に絶大な影響を与えてしまうことだ。空調を使うなどはより効果的だろう。電力を消費し、且つ温暖化を悪化させる。
ジ・オーダーはこれらのことを情報統制により意図的に推進すれば良いだけだ。敢えて理由を付けるとしたら憎しみを絡めていくことで人々の背中を押しているのだ。
 これらの問題は最終的に人類に跳ね返ってくると見越していて敢えてやっているのだ。
「子冬卿、君は馬鹿だが愚か者ではない。神の視点からすれば愚かそのものかも知れんが、我々の視点から見て実に賢い。自らの手を汚さず、世界の破壊者たる執務を黙々とこなす。時の政権が軍事上の拡張を狙えば一定数の評価を下す、その一方で日和見主義の平和論者も一定数ではあるが支持する」
「政治の世界で大切なのは均衡です。ある勢力が極端に力を持ち過ぎてもいけないだけです」
「実に狡猾だ。我々を前にしても己を弱った羊に魅せる術を心得ている。その心は空虚で憎しみに満ちていると言うのにな」
「ジ・オーダー、それは核心の答えになっていない。何故私に接触した?」
「君が少年と親しんでいる者と話がしたい」
「何を言っているのか? 先程から私の横にいるではないか」
 すると老人は眼を戦慄かせた。
 一体何を恐れていると言うのか? 少年の力か? なら最初から敬意を以って接すれば良いだけの話だ。
「やはりか。我々には大天使長を見ることを叶わないか」
 今度はこちらが驚かせられた。
「見えていなかったのか?」
「成程、君の落ち着いた態度には納得する。大天使長が傍らにいるなら怖れる事態が起きようとも問題ないであろう。すると君が先程から移動させている視線の先に大天使長がおわす訳だ」
 何の脈絡もなく銃を取り出し、少年に向けて連射する。それは少年を貫通することなく素通りで壁に衝突して壁下に落ちて行った。
「ふむ、認識出来ない者に対して一切の反応をしない力を有しているのか?」
「どうなのかな?」
 質問に返す質問で答えた少年。それを視ても老人に反応はない。
 もしかして聞こえてすらいないのか?
「喜び給え、子冬卿、君にも戦略的価値が存在する様子だ」
「通訳ですか?」
「そうだ。我々と大天使長の仲介を務めて欲しい」
「そうですか」
 しかし、ジ・オーダーが少年に何の話があると言うのだ? 『破滅の秩序』と『平和の秩序』が話し合うのは何とも奇妙な組み合わせかも知れない。
「何、大した質問ではないよ。すぐ終わる」
「どうぞ」
「どうぞ、だそうです」
「それでは単刀直入に言おう。何故我々ではなく子冬卿だったのかね?」
「それはお父様の御心であって僕の窺い知るところじゃないよ」
「神のみぞ知ることであり、本人には解らない様子です」
「ふむ、第二にフィア・パーパだが、あれは我々に対する灰色の皇帝の差し金かね?」
「言ってしまうのもなんだけど、未来からの脅威に対抗する為に急ごしらえで産まれた存在だね」
「未来からの脅威に対抗する為に産まれた急ごしらえの存在だそうです」
「ふむ」
 老人はそれから暫く黙した。
「皆が全能感に酔い痴れている。これは悪魔の差し金かね?」
「そうだね」
「そうらしいです」
「では、誰がこの滑稽な劇の筋道を描いているのだろうな。ああ、答えんでも構わんよ」
 質問はそれ切りだった様で老人は上の空だった。
「少年」
 自分の言いたいことが解ったのだろう。少年ははっきりと断言する。
「うん、このお爺さんは恐らく誰かに操られている」
「誰に?」
「そこまではどうかな?」
 少年が口を濁すとは背後にはそこまで強大な存在が関わっていると言う訳か。『使徒』達もそうだが、ジ・オーダーさえも全能感に酔い痴れさせる存在とは何者なのだろうか?
 世の支配者。それは誰のことを指している? サタン? 最も俗物的支配者か?
「敢えて言うと雰囲気なのかな」
「雰囲気?」
「場の空気と言っても良いよ」
「そんなもので強大な支配者が覆るかね?」
「子冬、君は歴史を勉強している筈だよ。何故民主主義が荒廃したかも。何故世界大戦が生み出されたかも」
「ナチスか……」
 第一次大戦後、ドイツは荒廃していた。それを経済的に立て直したのがヒトラー達だった。アウトバーンの建設。テレビ、自家用車の普及、これらによってドイツは再び一等国として君臨したのだ。
 だが、一方でナチスはイスラエル人を虐殺し、強固な経済基盤の下、国民に高い支持と共に合法的に独裁権を確定した。
 これらの原動力の一つにヒトラーのカリスマ性がある。彼の政治理論は単純だが効果は大きいものだ。
 嘘も百万回言えば真実となる。
 幾らイスラエル人が本当のことを言ってもナチスが何百万回も喧伝すれば大衆はそれを真実と看做してしまうのだ。それを成り立たせる為、真実と虚偽を織り混ぜ喧伝するのだ。
 これは何も過去の話ではない。現代の自分達も同じなのだ。自分達も虚偽の報道に惑わされ正義感から迫害を始める。これは近現代の病である。信用がある人間が「あの民族はとくでもない」と一挙に声を挙げることで大衆は迎合する。
 何故なら自分達は自分達に都合の良い話しか耳を傾けないからである。
「我々はとんでもない時代にいるのかも知れない。同盟国の覇権体制が終わり、次に暗黒の時代が来ているのを目の当たりにしているのかも知れない」
「フィア・パーパを擁護するみたいな言い方だね」
「擁護するつもりなどない。今の時代が危機的でどうしようもない、唯それを確認しただけだ」
 南米大陸で起きた大火災は人類史に一つの分岐点を与えているかも知れないのだ。
 統合されたシステムが守護者を気取らなければならない理由も少しは判る。たとえ、どれ程偽りの守護者だとしても彼女の本能なのだ。彼女が護ろうとする人類は危険な存在である。人類はあらゆるものを破壊する。
 ジ・オーダーはそれより過激な滅びを求める。ありとあらゆるものが悪手に収まっている気がしてならない。

 戦争の、戦争による、戦争の為の戦争。

 現代社会はこの病に執り付かれている。人々が平和を望もうとも何者かがそれを阻害している様に。
 それは雰囲気と言ってしまえばそれまでかも知れない。だが、自分達は何か見落としているのだ。少年はそれに気付く様に暗に促している。まるで世界そのものの問題だと訴える様に。
「誰かが戦争を望んでいるのか?」
「そうだね。それは君も例外じゃない」
 その時、携帯音が鳴った。老人は虚ろながら携帯を取る。
「……ああ、遺伝子操作の件か。旧教会が何と言おうとも構わん。人体実験を続け給え。そうだ、幾ら人の遺伝子を操作しても構わん。我々が神の領域に到達する為にはな」
 不可思議なことに老人はこちらを意識していない。認識出来ていない様子だった。
 その隙にそそくさと少年と別の場所に移動する。
「奇妙な符号だな」
「そうだね」
「『決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ』」
「まあ、受け止め方は人それぞれだよね」
「ふむ」
 フィア・パーパも似た様なことを言っていた。中華国で行われている遺伝子実験についてだった。
「聖典と進化論は相性が悪い。だが、代替案として高度な知性が進化に関わったと言う説がある。我々が真にアダムの子孫ならば進化論もそれを証明してくれる。純粋な人類がいるかなど判らんが、成程我々は何度目かの文明かも知れんな」
 尤も、それが正答なのかは判らないが。フィア・パーパは恐らくそんな仮説を立てたのだろう。成程、それならば『方舟』の存在意義も説明し易い。
「それともアダムの物語は隠喩の類であって歴史ではないのか?」
「その答えは君達が掴むものだよ。啓示と科学が融合する時が来るのを待つしかないね」
「そうか」
 あっさりした答えで済ませた。この様な壮大な歴史は自分の分野ではない。歴史学者達が解き明かすべきだ。
 往々にして真実は表に姿を見せないものだ。ネフィリムの骨は進化論者達に都合悪しとのことで裏では大量に処分されている。トロイア戦争の歴史も良い証明だ。かつては神話の一つにしか考えられていなかった伝説をシュリーマン博士が現実のものだと証明した歴史があった様に。
 アダムの系譜も何れ誰かが明らかにするのだろう。尤もシュリーマン博士の様に学会では当面異端扱いだろうが。
 世の中はある意味不変だ。どれ程技術が進歩しても自分達は憎しみの中に包まれている。人間は真理を好まない。真理よりどうでもよいものに固執するのが人間なのだ。
 自分も同じだ。
 パピが死んだ時点で自分も死んだ。今ここにいるのは虚無に服した狂者。聴ける者は聴くが善い。

 我が復讐は成就せり。

 既に世界は自分達の汚染してきた秩序を回復し切れない段階にまで来ているのだ。貪欲な獣が世界を喰らい尽くす未来は酷く無秩序で一握りの存在の為だけに存在する。
 そして、彼らは己自身が暗い尽くした世界に最期喰らい尽くされるだろう。
 だが、自分は環境を護ろうと宣うつもりなどない。
 そう、これは神への復讐なのだ。ジ・オーダーの様な破壊活動の他に世界を追い詰める手段がある。

 無関心こそ最大の破壊なのだ。

 産業で産まれる廃棄物など気にせず、自宅で唯冷蔵庫を使っているだけでも地球温暖化は成し遂げられるのだ。
 恐らく現代のオーダーは人々に無関心を喧伝しているのだ。我々が努力しなくとも未来の人類が問題を解決してくれると言う楽観論を広めているのだろう。彼らは共産国の宣伝方法を用いて巧みに世界を破滅に近づけている。
「ああ、だからなのか」
 だからシステムが統合されてしまったのか。一つの希望が消え失せ、巨大な虚無が闊歩する時代だからこそ世の支配者達は危機感を抱いているのかも知れない。
「子冬、とても怖い顔をしているよ」
 少年が尋ねた。
「そうか」
 怖いか。そうかも知れない。虚無と憎悪に包まれた者の表情など同じものだ。あらゆる神秘が感じられた時代もあったが、今痴愚しか感じない。眼を閉ざされた様に何も見えない。偉大な神秘も自分には無機質だ。暗い暗い仄暗い感情が底に澱んでいる。
 パピ、我が愛犬よ。
 最期には生き絶え絶えになりながら母の元で苦しみから解放された。母はあれから涙脆くなった。よく世話出来たものだ。その点において母は称賛されるべきだ。
 だが、パピなき世に意義が見出せなくなった自分は神と世界に悪意を向けている。
 システムのことを露見したのも人類に対する復讐の一環だったかも知れない。システムは必ず人間を支配する。
 恐らく、たった一握りの人間が全てを支配する時代は目前だ。もう既に訪れていて誰も気付いていないだけかも知れないが。
 システムがオーダーを怖れているのは本当なのだろうか?
「殲滅圏、憎悪の原理、命令者原理、超克思想。オーダーは世界と相容れないか」
「君を見ていると時折優しかった誰かを思い出すよ。彼も又愛犬家だった。僕には今でも信じられない、子供の頃にあんなに優しかった彼がイスラエルの人々を殲滅しようなんて考え出すなんて。世界に地獄を体現した人物になってしまったんだよ」
「人間だけが心の中に神と悪魔を共存させるのだ」
「その道は駄目だよ、子冬」
 少年が心配そうにこちらを覗っている。
「それだけは駄目なんだ、子冬。憎しみに支配されないで。君にとっては神も灰色の皇帝も復讐の為にしか存在しない。でも、駄目なんだ。憎しみは何も産み出せない」
「憎しみそのものなら産み出せる」
「それは君の許を去った人達が望むの?」
「望まないだろう。だが」
 一拍置いて少年に宣言する。
「私の復讐は成就したも同然だ」
「一千億を超える生命を滅びに晒すのかい?」
「私がやらなくても誰かがやっているさ」
 少年は哀しそうに呟く。
「子冬はジ・オーダーであり、ジ・オーダーは子冬なんだね」
「理想の糸口は垂らした。後は人々がそれをどう使うか歴史に任せるさ。全共生社会が実現するか、それとも滅びるか、選択肢は多様にある。意外な道もあるかも知れん」
「それが君の望むことなのかい?」
「私の望みなど幼稚なものだ」
 唯、生きて欲しかった。大切なものらに。
 大切なものらが去るなら自分の人生に何の意義があったと言うのか? のうのうと生きている自分が何様だと言うのか? 
 
 本当に大切なものは教義ではない。もっと単純なものだ。単純だがそれ故に難しい。何より難しい。当たり前だと思うこと程難しいものはない。

 生きるとは最高の奇跡だ。だが、死も避け得ない運命だとしたら、その最高の奇跡は。自分にはどうしようも出来ないのだ。祈るだけだ。全てのものが天に召される定めにあること。
「ああ。だから私は『全てに救い』を求めたのか……」
「君には『全てに救い』を手放す覚悟がないよ。君は自身の人生を汚泥と感じた。でも、本当に汚泥だったのかい。誰かに愛されたから、愛することを知ったから『全てに救い』に行き着いた筈だよ」
「神は愚者を選び給う。愚者とは無力な無学な民達なのだ。だが、神はその愚者を賢者と看做し、逆に世の賢者達を低くされるのだ」
 『狭き門より入りなさい。滅びに至る門は広く、その道は広々とし、そこから入って行く者は多い』
 命に至る門の何と狭きことか。全ての者に開かれた門でもありながらその門は尚狭い。
 だが、罪人の自分が至った答えは。
「私は大罪人だ。救いを望む一方で多くの悪しき思いに抱かれて生きた。その私がのうのうと天の門を潜るは赦されないことなのだよ。確かに私は『全てに救い』を蒔いた。だが、『全てに滅び』も蒔いた。生きる上で多くの人間を犠牲にした。私にはそれらを償う覚悟が欠けている。自らの怖れに怯え、言い訳を理由に義を行わなかった最たる罪人だ。良く言えば信仰がない。悪く言えば臆病者だ」
「たとえ、君がどう自身のことを思おうとも僕達の家族には変わりはないよ。臆病が悪いことかい? マルコは旅を止めた。ペテロは神を否定した。臆病だったからだよ。でも、彼らは天のお父様に限りなく近い人々なんだ。臆病の何が悪いの?」
「危うい弁だな。彼らの偉大さは弱さにあるのではない。弱さを知りながら尚皇帝に立ち向かった意志こそ」
 或いはその一歩を踏み出したからこそ、彼らは殉教したのだが。それでも尚世界に語り紡がれるクオ・ヴァディスこそが神の意志の顕現に他にならないのだろうか。最も大いなる聖伝。聖典に次ぐ神性なる歴史。教皇の権威を正当化出来る偉大な正史。神の独り子の代理とは何を意味するか。受難と栄光の統一。生ける神の王国こそがそこにあるのではないか。
「神の御意志なのだ、と言いたいのかい?」
「それ以外考えられないだろう? 弱さは栄光を顕す為にこそ存在する」
「その事実を知っても復讐に身を託すのかい?」
「愚問だな。罪人は真理を解せずだ。豚に真珠と言うことだ。私はその程度の凡庸以下にしか過ぎん。歴代の信徒達が願った平和への意志を持ち合わせる器ではない」
「意志はないけど、糸口だけ垂らしておくんだよね。それも二つの」
「何度も言うが、人の『自由意志』に委ねるしか方法がないのだ。私の場合は特にな。フィア・パーパはその点は大した存在だと感じる。灰色の皇帝に支配されながら、それでも運命の支配者として君臨しようとする意志そのものが強い」
 そう、大した女性だと感じる。あれは間違いなく強い。かつて出会った少女とは又違った意志の強さを想像させる。圧倒的力。戦略眼。持っている器が違う。邪悪ではあるが、感嘆する時もある。
 フィア・パーパには少年とは明らかに異なる柔和さがある。聖典の語る柔和とは馬を上手く制御することから来ている。日本語的な柔和さより制御の一面が強いのだろう。問題は誰を制御するか。自分をか、それとも他者をか、もしくはその両方か。
 フィア・パーパは明らかに世界そのものを駒としか認識していない。守護者と僭称し、秩序の為なら犠牲を辞さない姿勢だ。あれはあれで超克思想の一種の到達なのだろうが。
「なあ、少年。フィア・パーパはどうしてオーダーを見過ごすのだろうな? 私も含めて将来の危険因子は排除した方が手っ取り早いのにな」
 少年は困った様子で微笑んで言う。
「それは問題の解決になっていないよ。子冬を殺したって世界の問題の解決にならないんだ。だってオーダーの出現は世界そのものの問題なんだから」
「そうだな、確かにそうだ」
 憎しみの連鎖が止められない限り、技術が進歩すれば世界を滅ぼそうと言う輩は必然的に出て来る。しかも我々は憎悪の問題において感情を棄てないで解決に取り組まなければならない。
 感情の問題は神に頼るしかない。自制出来ると宣言する人間程自制は出来ていないものだ。こういった問題には必ず神と言う安全弁が必要不可欠なのだ。
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登場人物紹介

語り手……肉体も衰え、心も荒んだ状態の語り手。『全てに救い』と『全てに滅び』の狭間を彷徨っている。

少年……『全てに救い』の信条を持つ者。語り手に助言する。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

ソロモン……『使徒』の一人にしてシステムの構築者。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

マルティン・ルーサー・ウォリアー……『使徒』の古参の一人。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

ジョシュア・エイブラハム・ノートン……最古参の『使徒』の一人。(アイコンはあくまで参考用イメージ像です。読者様のお好みの姿で物語をお楽しみ下さいませ)

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