第6話 こたえ探し

文字数 1,129文字

野沢と飲んだ翌日、かなでは吹き荒ぶ木枯らしで、すっかり葉の落ちた銀杏並木を歩いていた。
住宅地にあるこの道を、凛子はどんな想いで歩いたのだろう? 愛する息子と夫と一緒に最期に訪れた土地は、彼女にとってどんな場所なのだろうか?
かなではそれを知りたかった。
さいたま市南区にある別所沼公園は、凛子の生活圏内にあって、保育園やスーパーの行き帰りに必ず通る場所だった。
銀杏並木もその一角あった。
沼の周囲には、メタセコイアなどの高木が生い茂っていて、そこを抜けるように造られたジョギングコースを市民ランナーが走っている。
他にも、釣りを楽しんだり、広場で寛ぐ親子や笑い合う学生達の姿があった。
憩いの空間で、最期の家族の時間を過ごした凛子は、死とは無縁であろう人々を、どう見ていたのだろうか? 瞳にかかるフィルターは、何色だったのだろう? 
そして私は、木山凛子を演じきることが出来るのだろうか?
かなでは、胸にそっと手をあてて、想像以上のプレッシャーに潰されそうな自分を不甲斐なく思った。

「声ってのはな。バレやすいんだぞ!」

と、言っていた野沢の声も頭から離れないでいる。
かなでは、憂鬱な気分を振り払おうと、公園近くのレンタルウェアショップへ向かい、ジャージとスニーカーを借りてジョギングコースへ向かった。
重たいコートと、慣れないヒールの取れた身体は身軽で、しばらく走り続けると、気持ちも次第に落ち着いていった。
これまでに、様々なこともわかっていた。
木山凛子というひとりの女性は、今でもこの世界に存在していて、多くのモノを残している。想い出や言葉や息子や家族。
容姿や仕草、そして声。

「この役は、自分にしか出来ない」

かなでは、歩幅に合わせながらリズミカルに呟いて、凛子の人生を心の中で追いかけた。
都内の女子高校では陸上部。
ポップカルチャーに詳しく、趣味はイラストと神社仏閣巡り。
短大を卒業後に、イタリアンレストランでアルバイトをしながら、レイヤーとして活動。好きなアニメのキャラクターに扮し、撮り溜めた画像はスマホに保存されてある。

「黒歴史だよ」

と、恥ずかしそうにこぼしていたと言うが、友人曰く、満更でもないらしい。
ハープティーや温泉も好きで、江國香織や三浦綾子の小説を愛していた。
幼い頃に飼っていた猫の名前は鈴吉。
普段着ではスカートは履かない。
ジーンズにこだわりがあって、特にボブソンがお気に入り。
GRMブランドを好んで、行きつけのショップは浦和のバルコ。
酒に弱くて、絶叫マシンが嫌い。
お化け屋敷は大嫌い。
家族写真はいつでも笑顔。
息子は翔太君。
夫婦は名前で呼びあっている。
写真を撮るのはパパの役目。
だから、家族写真はいつもふたり。
かなでは、ふと思った。
凛子に会ってみたかったなと。
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