第4話(序章)杉政広

文字数 5,461文字


日曜日、斎藤に言われた通り桜と俺の二人は俺の叔母に会いに行くため校門でまちあわせていた。

四時に叔母と約束をしていたため、三時に二人で一旦集合する予定だったが、時間になっても桜は一向に姿を見せない。

普段学校生活では真面目な面を多く見せる桜にしては遅い。

何かあったのだろうかと思うものの、寮は男女で分かれていて男の俺は女子寮には足を踏み入れることが出来ない。



しかしここで待っていても時間の無駄でそれならいっそ、行けるところまで行ってみようと、女子寮と男子寮をつなぐ廊下まで様子を見に俺は来た道を引き返した。

日曜日というだけあって校庭にも校舎にも人は見当たらない。

下駄箱に着き、先ほど履き替えたばかりの靴を脱ぐと急に肩を叩かれ、俺は桜が来たのかと思い振り返った。



しかしながら振り返った先にいたのは桜ともう一人、ここにはいるはずの無い政広が立っていた。

二人の表情はそれぞれ違っており、桜は少し困惑した様子で、そして政広はというと、いかにも怒っていますという風に顔だけでなく、全身でそれを訴えているのを感じた。



「お前、どうしてここに。今日は三号室の遊び場に行くとかって言ってただろ」

「あぁそれね、嘘だよ嘘。こんな簡単なものに引っ掛かるなんて君のことちょっと心配になっちゃうな」

「嘘ってお前何でそんな嘘をついたんだよ」

「それ君が言うのか? 日曜日だというのに高田に呼び出しをくらった、とその口で告げたのを俺はちゃんとこの耳で聞いてる。激励の言葉を掛けた昨日の俺の気持ちを返してほしいところだ」

「別に嘘って訳じゃない。呼び出しを食らったのは本当さ」



「嘘をつくときは中に一割の真実を混ぜろというけどね。君は本当に高田の呼び出しを食らったけれども、それを無視して百乃と外出することに決めた、と」



斎藤は先日、今日のところは見逃してやると言ったものの、最後に気が変わったのか平然と高田に告げ口をした。おかげで俺は連日教室の清掃を一人でする目にあっている。

一応のところ清掃は今日までの約束だったが、今日はどうしても外せない用がある。

無視を決め込んで外に出ることに何の罪悪感も無かったが、予想外な政広の責めに上手いこと言い訳が出来ない。



「……まぁ大体あってる。というか外出といえば俺たちは必ず外出許可書をもらわないと門を出られない。俺と桜は持ってるけどお前は持ってないだろ」



外出許可書は前日までに申請をしないともらえることが出来ない。俺と桜はあの日すぐ申請をしに行ったが、今日のことを知らなかった政広にはもうどうすることも出来ないだろう。

なぁ、と同意を求めると桜は苦笑いを浮かべた。



「それがさ、この人取っちゃってるみたいなんだよね。外出許可書」



桜が指さす先には俺たちと同じ紙をひらひらとさせた政広がいた。



「その辺はぬかりなくやってるから安心してよ」

「安心って、何で今日外に出るって分かったんだよ」

「同室の俺に隠せるとでも思ったのか? こそこそと手紙を書いてたから君がいない間に覗いたら日曜日に雅子さんと落ち合うって書いてあったのが見えた。だから俺も久々に会いたいなと思って即、外出申請をしに行ったというところさ」



政広を巻き込むつもりは一切無かったため、妙なところで勘のいい政広にバレないように頑張って隠しているつもりだったが、無駄に終わったようだ。

しかしながら、どうしても政広は連れていくことはできない。

桜もこれ以上この話が広まるのは好ましくないだろう。



「……とりあえず、こそこそと隠れるような真似をしてたことは謝るよ。ただ、これはお前をそう簡単に巻き込んでいい話でもないんだ」

「だから手を引けって? そんな風に言われちゃ増々興味が出てきたよ」

「お前は時折頑固な面を見せるけど、今回の件だけは俺も譲れないんだ」



そう言うと政広は少し驚いたような顔を見せた後、俺をキッと睨みつけた。



「……君、何かこの事とは別に僕に隠してることもあるんじゃないか? そうじゃなきゃ君のその態度は説明できない」

「……お前の思い過ごしだ」

「へぇ、あくまでも白を切るつもりか……」



政広は俺と桜の顔を交互に見渡した。

三人とも何も言わないまま、時間だけが過ぎる。

しばらくすると、諦めたように政広がため息を吐いた。



「……まぁいいや。君の決意は固いようだし今回は諦めるよ。ただどういう話なのか聞くだけききたいんだけどそれも無理か? それ以上首は突っ込まないと誓う」



やっと諦めてくれたのは有難いが、この件の内容だけでもと言われても、それでも聞かせたくない話である。

これ以上政広に妥協させるのも心苦しく、助けを求め思わず桜に視線を送ると、桜もこちらを向いていた。



「椿君、私は政広に今日ついてきて貰いたい思ってるんだけど、君はどうかな?」



てっきり俺と桜の意見は同じだと思っていたがどうやら違っていたらしい。



「それってお前はいいのかよ。これ以上事を大きくしてもいいのか?」

「そうね……、政広ならいいかなって感じただけだからこれ以上他の人に広める気は無いよ。椿君はどう? 政広を巻き込みたくない?」



痛いところをつかれた。

曇のことをこれ以上広めたくないだろうという、桜を思いやる気持ちも勿論あるが、正直なところそれ以上に俺の私情が大きい。

じっとこちらを見つめる大きな桜の目は、俺の内心を見透かしているのだろう。

そんな気がしてならない。



「私は椿君の意志はちゃんと尊重したいと思ってる。だから遠慮なく言ってほしいな」



そう言う桜の目は澄んでいる。ここまで言われたら断るわけにもいかない。



「……分かったよ。政広も連れていく。それでいいか?」

「君がそれでいいなら」



二人で政広に向き合う。



「結局僕を連れていく気になったのか?」

「えぇ。ただこれは決して口外してほしくない話だから、ここだけの秘密にすること。それだけは約束して」

「もちろん」



政広はにこりと笑う。

俺たち三人は、約束した場所へと揃って歩き始めた。









「なるほど、ちょっと休んでる内にとんでもないことが起きてたんだな」

「そうなの。けど私たちもまだ何も把握しきれていない状態よ。くわしく聞きにいくために椿君の叔母さんを訪ねにいくっていうわけ」

「そもそも何で雅子さんに会いに行けなんて斎藤は言ったんだろうな。風雅何か知ってることはないのか?」



政広はそう尋ねてきたが、俺もそこはこの一週間ずっと疑問に思っていたことだ。

俺の母方の叔母、椿雅子は俺と同じ家に生まれた。

本家の人間はほとんどが家業をつぐが、叔母は研究を生業とする分家がもつ研究所の一つで働いている。

そのため、俺に話してくれたことはないが、きっと俺と同じく本家である椿家の思想に疑問をもっている人間だと密かに考えている。



そして俺が家の人間に耐えられず、家を出て寮のあるこの豪生学園の入学を決めた時からずっと俺の保護者替わりを努めてくれる人間だ。

何も変わったことが無いように見える叔母だったため、この件に関わっていると言われてもいまいちピンとこない自分がいた。



「いや、本当に何も思い当たらないんだよな」

「あなたとその叔母さんがどんな距離かは知った話ではないけど、寮生活をしていたら接点も少なくなるしこのことを把握しきれていなくてもおかしくはないわね」

「それもそうか。というか、あとどのくらいで約束の場所に着くんだ?」



隣から政広が俺の持つ手紙を覗いてきた。

この手紙にはおおまかな地図と最寄り駅から徒歩五分の文字があった。



「あとすぐそこの角を曲がれば着くみたいだ」

「案外早く着いたね。時間あと十分くらいあるしどこか店に寄るか」



俺たちは、叔母雅子の指定でこの辺りでは一番といっていい繁華街に足を踏み入れた。

老若男女、色んな人々が集まっている。

見渡す限り、煌びやかな装飾で飾られた店は校内で過ごすことがほとんどの俺たちにとっては眩しいものだ。



「確かにこんなこと滅多にないからいいかもな」

「賛成、気になる店とかあるか?」



政広が聞くと桜は多くの人で混み合っている方を指さした。



「私はちょっと向こうのお店見てこようかな」

「じゃあ十分後に叔母さんのところに集合な。これ、渡しておくから迷わず来いよ」

ずっと持っていた手紙を桜に渡す。

「ありがとう、じゃあまた後で」



桜は俺から手紙を受け取ると、小走りであっという間に人込みの中に消えてしまった。



「さて、俺たちはどうする?」

「十分しかないしな……。君たちもっと早くから行動すれば良かったのに。そうしたらもっとここで遊べただろ?」

「あのな、そんな朝早くから行動したらお前に感づかれると思ってわざわざこの時間にしたんだよ」



暗にお前のせいだと目線で訴えると政広は反論してきた。



「僕のせいだって言いたいのか? 大体あんなバレバレな行動で僕にバレてないって思ってる方がおかしいんだよ。最初から俺に話しておけばよかった話なんだ」

「そういう訳にもいかない話だったんだ。ったく、そもそも何で桜と合流してから俺のところに来たんだよ」

「あぁそれは……」



急に黙ったものだから隣を見ると、そこにはラーメンと書かれたのれんが掛かった店があった。



「ラーメン? さすがに十分じゃ食えないだろ」

「だよなぁ。分かっちゃいるけどラーメンの文字みたらなんだか食べたくなって」

「分からないでもないけど……。というか俺はいいけど、政広は急にラーメンなんて食べたら腹に悪いんじゃないか?」

「やっぱり今の俺が食べたらまずいか……。仕方ない、また夏休みに入ったら来るか」

「あぁ。また一緒に来ようぜ」

「そうだな。まだ時間早いけどもう雅子さんのところに行くか? また今度来るなら今見て回るところもないと思うけど」

「もう行くか。確かそこの角を曲がったらすぐだったはず」



俺と政広は一番人で溢れている大通りから少しはずれた角を地図に描いてあった通りに曲がった。

しかし、目的地に到着したものの、そこには叔母の雅子の姿はまだどこにも見えなかった。



「まだ来てないみたいだな。さすがに早すぎたか」

「みたいだね。というか場所って本当にこの通りであってるのか? 百乃に渡す前にちゃんと場所確認したか?」

「確かに確認したはずだよ。少し寂れた場所だけど間違いないはず」

「寂れたって言えばつい向こうはあんなに賑わってたのにここは全然だよな」

「あぁ。客全員あっちに取られてるんじゃねぇの」

「言えてるな」



しばらく政広と駄弁っていると、桜が俺たちが曲がってきた角からひょっこり顔を出した。



「ごめんごめん、待った?」

「いや、俺たちは見るのが無くて早くここに来たってだけさ」

「あぁそうだったの。なら良かった。じゃあ早速お店に行きましょう」

「お店?」



俺と政広は互いに顔を見合わせる。

視線を集めた桜もきょとんとした顔だ。



「え? 待ち合わせ場所ってほらここ、”お店の戸を開けて入ってきてね”って小さいけどちゃんと書いてあるわよ」



政広と二人、桜が見せるその手紙をよくよく見ると確かに、桜が言う通りそう書いてあった。



「おい風雅、君もっとよく読んでおけよな。どうりで雅子さんの姿が見えないはずだよ」



政広に脇を小突かれた。



「悪い、小さすぎて見落としてたわ」

「小さいったって普通にここは読めるだろ」

「冗談。お前だってどうせこんなの読むはずないだろ」

「君と一緒にしないでくれ」

政広はわざとらしく俺に向かって手のひらを向け、俺とは違うと主張した。

「その手やめろ」

「はいはい。百乃、もう一度その手紙見てもいいか?」

「いいよ」



政広は桜から手紙を受け取るとまじまじと見つめた。



「どうしたんだよ。まだ何かあるのか?」



俺が尋ねても「うん」といった、上の空の返事しか返ってこない。



「二人ともお店って言ってもどれだと思う?」



桜が言うと、政広は



「そうだよ、それなんだよ。僕もそれを探してたところなんだ」



と同意を示した。



「店? それなら……ってあぁそういうことか。店がここには並びすぎてるってことだな」

「そうなの。地図を見た限りこの通りなのは間違いないけど……」



政広は満足したのか俺に手紙を突き返してきた。



「よし、もうどれかわかんないからそれっぽい店を手分けして探そう」

「賛成。私はこっち側を回ってみるわね」

「じゃあ俺は反対側を」



俺は桜が回る方とは逆を回ることにした。



「僕は百乃の列を反対側から攻めてみるよ。まぁあの漬物屋とかはさすがに違うと思うけど」



政広が指さす先にはこの通りでも一番人気がないのではというほどには寂れた、漬物屋が店を構えていた。



「わかんないわよ。案外ああいう渋いところで椿君のところの叔母さんが売り子として働いているかもしれないじゃない」

「いや、だから叔母さんは研究員として働いてるんだって。急に漬物屋に職は変えないだろ」

「そうだった。そういえば研究員って言ってたわね」

「そうそう。じゃあとりあえず、各自持ち場にってことで」



俺たちは三手に分かれた。

しばらくしてから三人集まったが、結果はどこの店にも叔母さんの姿は見当たらなかった。

「おかしいな……通りを間違えたのか? 一番栄えてる向こうのところかもしれないな」



「いや、多分それはない。この通りなのは確実だ」

「となると、椿君の叔母さんがまだ来てないだけだとか」

「それも考えられるな……」

「それかもしくは、最初に話してたあの漬物屋だったりして」



桜は振り向いて先ほどの漬物屋を差した。



「結局あそこは回らなかったのか」

「だって君が雅子さんには漬物屋は似合わないって言ったから」

「俺はそんな言い方はしてねぇよ。とりあえず、ダメ元で行ってみるか」
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