(十六・一)チャンス到来

文字数 1,238文字

 再び現れた三上に、朋子は動揺した。しかも矢張り、自分のレジに……。
 どうして、また来たのよ、あの人!
 しかしその言葉とは裏腹に、朋子は嬉しくてならなかった。その感情に抵抗する術はない。頬が紅潮した、丸で女学生のように。胸の底から湧き上がる喜びを、抑え切れなかった。
 わたしって、何てばかなんだろう。本当にわたしは、この人が好きなんだ……。
 朋子はそう悟った。悟りはしたが、でも矢張り三上のことは、諦めなければならない。その思いは変わらなかった。

 しかし三上の方は、もう挫けなかった。朋子を諦めようなどとは、もう二度と思わなかった。
 きっとこれが、俺の最後の恋だから。朋子さんが……。だから今迄みたいに、簡単に諦めるのだけは、もう止めよう。こうなったら当たって砕けろ。俺なんか思いっ切り、木っ端微塵に砕け散ってしまえ!
 三上は逐に決意した。チャンスあらば、絶対に朋子さんをデートに誘うぞ。毎日毎日そして三上は朋子のレジに並び、チャンスを待った。
 しかしチャンスは、中々巡って来なかった。どうしても、他の客や店員の目が気になった。それに相変わらず、朋子の態度はつれなかった。それも正直辛い。改めて見れば、朋子はやっぱり若いし、かわいい。チャンス到来と思っても、いざ声を掛けようとすると怖気付き、二の足を踏んだ。
 くっそー!今度こそ、絶対諦めないぞ。明日こそ、きっと……。
 チャンスを逃す度に後悔し、へこたれもした。それでもただひたすら明日に夢と希望を抱き、立ち直る三上だった。
 こんな調子で朋子と三上、出会ってから半年が夢のように過ぎていった。季節は既に、秋の中旬を迎えていた。

 十一月。そんな三上の前に、遂に絶好のチャンスが到来した。しかも場所はダイエーのレジの前ではなかった。御稜威ヶ原公園であった。
 その日は、日本晴れの日曜日。秋深い公園では落葉が舞い、金木犀の天国のような甘い香りが漂っている。昼休み、朋子はいつものように、ひとり公園のベンチに腰掛けランチ。その後のんびりと、読書に耽っていた。そこへばったりと、三上が現れたのである。
 それは偶然だった。日曜日といえば普段の三上は休日で、アパートでゴロゴロしていた。だがその日に限って会社からの要請で、早朝から工場に休日出勤していたのである。作業はあっさりと片付いて、お昼前には終わってしまった。
 さて、昼飯どうしよう?工場の社員食堂は休み。仕方なく工場を後にした三上は、ダイエーに寄って弁当を購入。その時レジに、朋子の姿は見当たらなかった。アパートに帰って食べようか。しかし良い陽気である。誘われるように三上は、買った唐揚げ弁当を片手に、御稜威ヶ原公園へと足を向けた、という訳である。
 公園に入った三上は、空いているベンチはないかと、公園の中をキョロキョロと見回した。しかしどのベンチも塞がっていた。今は葉桜になった桜並木沿いのベンチには、行楽の家族連れやら老人連中。仕方なく三上は、公園の奥へと歩を進めたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み