ほかほか

文字数 1,335文字

 僕は彼女のご飯をおいしそうに食べる姿が好きだ。「おいしい〜!」と言いながらぱくぱく食べる姿は、見ているこっちまで幸せにしてくれる。
 だからこそ僕は、彼女においしいものを食べてほしいと思って、都内のフレンチレストランを予約した。

「…………」
「どうしたの?」

 レストランに来たのはいいけども、彼女の様子がおかしい。食事をしていてもおいしそうに見えない。なんとなくだけど、窮屈そうというか。

 フルコースを食べ終えて店を出たあと、僕は彼女にたずねた。

「フレンチ、好みじゃなかった? それか、量が足りなかったとか」
「ううん、おいしかったよ! すっごく! お腹もいっぱいだし!」
「でも……どことなくいつもの君らしくなかった気がする。僕は、おいしそうにご飯を食べる君が見たかったんだよね」
「……おいしかったけどなぁ。あ! でもそれだったら、来週は私にごちそうさせてくれない?」
「え? う、うん、いいけど」
「決まりね!」

 彼女はそう言うと、軽くスキップして前を歩いた。

 ーーそして翌週。

 彼女と駅で待ち合わせすると、まず立ち寄ったところはレストランとかではなくスーパーだった。

「家で作るの?」
「うん、手伝ってね?」
「そりゃあ、もちろん」

 カゴをカートに乗せると、彼女はまず野菜コーナーに向かった。一瞬の見極めで良い野菜を選び、カゴに入れる。白菜、ネギ、にんじん、大根、えのき。これは……。

「もしかして、鍋?」
「ぴんぽーん。では問題です! 何鍋でしょうか?」
「えぇ〜?」

 次に立ち寄ったのは鮮魚コーナーだ。彼女は鱈を手にした。

「あ、わかった。鱈ちりだ」
「うーん、それはどうかな?」

 その次の精肉コーナーでは豚肉と鳥つみれを手にする。肉も魚も入っている。そして豆腐までカゴに入れた。

「一体何の鍋?」
「私特製、『何でも鍋』だよ」
「何でも鍋?」
「うん、好きな具材をたっぷり入れたお鍋。シメは雑炊でいいよね?」

 最後にゆずを手に取り、お会計を済ませると、ふたりで袋を持って彼女の家に向かう。
 部屋にはこたつが出ていて、中央にコンロが設置されていた。まず、ごま油を入れてにんにくを炒める。色がついたら魚と肉類、水をたっぷり。

「お野菜、切ってくれた?」
「こんな感じでいい?」
「……にんじん、切れてないよ?」

 ふたりで笑いながら料理する。根菜類は一度レンジで加熱し、その間に葉物ときのこ類を鍋に投入。チンしたら根菜も入れ、アクを取って塩コショウと醤油。これで彼女特製の『何でも鍋』は完成だ。

「本当になんでも入ってるね」
「そりゃあ、何でも鍋だもん。さあ、食べよ!」

 彼女によそってもらうと、ゆずを絞った。アクセントだろう。

「……いただきます」
「いっただきま〜す! んん〜……はふはふっ、やっぱりあつあつなのはおいしいね!」

 ああ、この顔だ。彼女の「おいしい」は、誰にも負けない。

「冬と言ったらやっぱり鍋だよね」
「それもだけど……一緒に作ったっていう味付けもあるからね」
「そっか」

 彼女の「おいしい」は誰にも負けない。それどころかお金でも買えないらしい。
 どんなに高級なお店の料理より、冬にふたりで作った鍋には勝てないのだ。

 僕は具材でたっぷりだしが出ているスープを飲んで、大きな感嘆のため息を漏らした。

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