ふたつ

文字数 786文字

 冬になると寒いのに何故かアイスが食べたくなる。特段、暖房の効いた部屋で食べるアイスは最高の贅沢だと思っている。私は毎年大晦日の買い物ついでに、アイスを買っていた。歌合戦のときに夕食後のデザートとして食べるのだ。
 お気に入りはふたつで1パック入りのアイス大福。バニラの甘さと求肥の食感がなんとも冬らしい。妻は「年末だからいいわよね?」なんて言いながら、少し高めのカップアイスを買う。だが、娘は「アイスを選んでいいぞ」と言っても「私はいい」といつも言っていた。何度も繰り返しているダイエットだ。その結果は相変わらず出ない。
 それなのに、歌合戦が中盤に入ってきて私たちがアイスを食べ始めると、物欲しげな顔で見てくるからたまったもんじゃない。

「やっぱりアイス、買えばよかったじゃないか」
「太るもん。でもひと口ほしいかも」
「お母さんはあげないよ。さっき選ばなかったあんたが悪い」
「むう……」

 妻に無碍にされた娘を見ると、どことなく可哀想になってくる。ひと口かぁ……。

「お父さんの、ひと口いるか?」
「え、いいの?」
「ひと口だけだぞ」
「わーい」

 そう言って娘は、私の大福の1つをかっさらっていった。娘よ、それは「ひと口」じゃない、「1個」だ。……まあ年頃の娘が父の口をつけたものを食べたいなんて普通は思わないもんな。わかっていたことだけど、「ひと口」が大きすぎるんだ。ダイエットはどうした、ダイエットは。
 この賑やかな夜が、我が家の年の暮れだった。そんな娘も結婚して家を離れたが、また今度の大晦日に家族を連れて戻ってくる。
 今度は私の大福を取られないように、アイスを2つ買おう。いや、今度は孫たちの分もあるか。
 もう娘はさすがに「ひと口」とは言わなくなっただろう。むしろ今度はひと口あげる側になったんだから。
 そんな楽しみな年末に思いを馳せながら、私は帰り道を歩く。
 雪が降ってきた。
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