岩殿紫乃(いわどのしの)、一三歳。複雑な年齢だけれど、学校でも家でも、内側のひねくれたところはひた隠す無口な少女。顔は特別に可愛いわけではないが、成績は悪くない。友達もいるけれど、休校期間中に会いたい人はいなかった。そんな彼女には、一つだけ秘密の趣味がある。
　某質問サイトで、毎日たくさんの人の「人間関係、その他人生相談」カテゴリーの質問に答えることだ。一年前にスマホを買ってもらってから、日に四十件以上のベストアンサーを叩き出す彼女の、回答文最初の一行はいつも同じ。「はじめまして。東大卒の三十後半、男です」。
　匿名だからこそさらけ出される見ず知らずの人々の悩みに、偽りの姿で説教を垂れる女子中学生。彼女がこのサイトを利用するときのルールは三つ。「専門知識のいるものは答えない」「持論ではなく、相手の喜ぶ答えを書く」「素性は明かさない」である。

　ある日、いつものようにベストアンサーにいくつ選ばれたかチェックしていた紫乃は、三年前に忽然と失踪した、血の繋がらない祖母・美智子と同じセリフを書く回答者を見つけてしまう。調べられる限りの情報を集め、謎の回答者「笑子」が美智子なのかを探る紫乃。その過程で、美智子の行きつけだった鍼灸療院の女医から、美智子には「しょうこ」という絶縁した娘がいると聞かされる。
　
　ー…いまはもういない、家族だけれど他人だった美智子を求めながら、紫乃の記憶の引き出しは次々と開く。そして、自分がどこにいるのかを見つけるのである。