第5話『告白』

文字数 1,828文字

 今日、私は恋チケットを使って告白しようと決めていた。たとえ、旅が終わってしまっても、この気持ちを伝えたい。
 公園で彼を待っていると、向こうからユウリくんが現れる……。ついに、想いを言葉にする時がきた。
「昨日は、ホントにごめんね……。びっくりしたけどホントに嬉しかった」
 手のひらが汗まみれになっているのがわかる。
 私は、メイクをして、可愛くしていればいいって思ってた。でも恋ステに来て、メイクしたって敵わないくらい可愛くて、キレイな女の子達に囲まれて。みんなから選ばれないのは自分の顔のせいだって思ってた。でも違う。
 私に足りなかったのは、自分の気持ちを周りに伝える努力。
「最初はこんな短い期間じゃ恋なんてできないし、高校生活の良い思い出になればって気持ちですごい軽い気持ちで参加してた」
 けれど、いまは。振りしぼるようにして私は伝える。

「ユウリくんのこと……好きです」
「大好きです」私は壊れてしまったオルゴールみたいにその言葉を繰り返す。
 あの日、水槽からもれ出た光のように、ユウリくんの顔を日差しが照らす。相変わらずキレイな顔だ。
「気持ちを打ち明けてくれて、ありがとう」
 あ、このパターン見たことある。「ありがとう」からの断られるパターンだ。
 ユウリくんが次の言葉を発する前に我慢できなくなって、私の目からは涙がこぼれてしまう。

 ──どうせまたメイクが崩れて、パンダ目をさらすことになるんでしょ?
 でも、私はユウリくんから、もう目をそらさない。自分の目が一重でも二重でも関係ない。しっかりと見つめることなら私にだってできる。好きという気持ちに向き合って一生懸命になることから逃げないようにしたい。涙と一緒に鼻水まで出てきた。あの時は水しぶきでぐちゃぐちゃになった顔が、今は自分の出した液体でにじんでる。
「僕も、隠してることがある」
 いつも穏やかだったユウリくんの顔がほんの少し歪んでいる。
 ユウリくんは、左側にかかっていた髪の毛をかきあげた。髪の毛で隠された下から出てきたのは青い色の目だった。
 右は茶色。左目は青色。よく見ると左右の目の色が違う。
「生まれつきなんだよね、この目がすごく嫌いで。普段はカラコン入れてるんだけど、それでもまだ気になるから髪の毛で隠してる。人にはイジられるし、話したら話したで詮索されるし……だから、恋愛にも臆病になってた」
 物語から出てきた王子様のようなたたずまいのユウリくん。まさか、彼も同じように見た目のことを気にして、悩んでいたなんて。驚き、そして親近感が沸き起こる。
「でも、この旅に参加できて良かったよ、みんないいやつで……何より菜々に会えたし」
 そして、ユウリくんは私に視線を合わせて言う。
「昨日はあんな大変な目にあわせちゃって、ごめんな」
「ううん。みんなの気持ちがとても嬉しかったよ」
 昨日の嬉しくて苦い想い出。そして、つい気になって聞かれてもいないのに問い返してしまう。
「ユウリくん、私の素顔、昨日見たよね……?」
 すると、ユウリくんは私の目をまっすぐに見て言った。
「今日の菜々も、可愛いよ。メイクを落とした菜々も、可愛い」
 私は太陽のように微笑むユウリくんしか知らなかった。でも、今の彼の顔には、私と同じ必死で不安そうな表情が見える。
「だから、告白させて」
「菜々の一生懸命さが、僕は好きです」

 驚きと幸せのあまり、私は公園にあった空気ぜんぶをその場で吸ったような気がした。過呼吸に陥りそうになる。
 彼はそんな私を包み込むように抱きしめた。
「ずっと、こうしたかった」
 背中に回された手に力が入ったのがわかる。恥ずかしさと嬉しさが混ざりあった感情で胸が熱くなる。
「菜々になら自分を見せられる」
 耳元でユウリくんがそう呟いて、髪の毛が私の顔にそっと当たる。
 私は汗をかいて真下に降ろしていた自分の手の緊張を緩めて、彼の背中にそっと手を回した。
 いつも優しかったユウリくん。これからは、彼が傷ついた時は私が抱きしめてあげられたらいいな。「ときめき」という感情が「愛おしい」という感情に変わっていく。
 今日で旅は終わる。まだ、お互いに隠していたこと、装っていたこと。きっと打ち明けられていない何かが私達の中にはある。

 でも、ゆっくりと知っていけばいいよね。
 これからも、私達は日常という旅を二人で続けていけるんだから。
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登場人物紹介

菜々


高校一年生。もうすぐ16歳。

一重で地味な顔立ちを気にして、ナチュラルに仕上げたメイクで盛った状態で恋ステに参加。

恋に臆病で、やや受け身。

ユウリ


ハーフを彷彿とさせる彫りの深い顔立ち。

誰にでも優しく礼儀正しい。ミステリアスな雰囲気を持っている。

前髪を伸ばしていて左目が見えない。

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