第2話『女子会からの2ショットで水族館』

文字数 3,797文字

「菜々はさ、今まで付き合ってた人って、どんな感じ?」
 女子だけで話している時に、かりんがささやいてきた。
一瞬沈黙してしまう。
「か、彼氏自体……、いたことないんだよね……」
「ええっ! それって年齢=彼氏いない歴ってこと?」
 ずけずけと聞いてくるかりんは、そんな態度も嫌に感じさせないくらいに可愛らしい。
「う、うん……。来週で、もう16年になるかな」
 自嘲気味に言って、悲しくなる。
 隣にいた、もう一人の女子メンバーのみきは興味深そうに聞いているけど、特に口出しはしない。背中まで伸びたストレートの髪をかき上げ、クールに微笑んでいるだけだ。

 私達は昨日から、高校生が恋するために週末を過ごすイベントに参加している。最初に恋チケットが渡されて、その枚数によってみんなと過ごせる期間が変わる。チケットは何枚渡されるかわからないし、その数によっては、好きになった相手が次の週には帰ってしまうかもしれない。
 そんな中、想いを伝えたり仲を深めたりするには、かりんくらいの積極性がないとダメかもしれない、と思う。もしかしたら、かりんの恋チケットは4枚──2週間しか居られないのかもしれない。
 せっかくの恋のイベントなのに、こうやって女子だけで固まって話しているのも、女子側も男子側も2ショットデートに自ら誘えず、なんとなくみんなで行動してしまっているからだ。そこで、かりんが「30分だけ女子会しよっ!」と誘ってくれたのだった。
「菜々って、すごくモテそうなのに、どうして?!」
 かりんは、卑屈になっている私をフォローするかのように言葉をかぶせる。
「意外すぎる!」
 心底驚いたって顔をして、かりんはくったくなく笑う。メイクを落とした私の顔を知らないから、意外なんて言えるんだよ、と私は思う。この顔を作るのにだって、2時間もかけてしまった。ナチュラルに見せるメイクは時間がかかるのだ。
 短い期間で仲良くなろうと、せっかくかりんが話しかけてくれているのに、ちょっぴり面倒くさく感じてしまう。私は自分に自信がない──だから、かりんの明るさが自分にはまぶしかった。
 ため息をつきかけていたら、背後の視線に気がついて振り向いた。私達の後ろには、いつのまにか、男子メンバー全員がいた。
「2ショットしない?」
 その呼びかけに、その場にいた女子全員がどよめいた。

 今日のデートスポットは、水族館だった。
 水族館は子ども向けの場所だと思っていたけど、エントランスを抜けると、吹き抜けの空間が広がっていて、壁や天井は真っ白。踊り場に続く階段部分には南国の植物があしらわれていて、まるでリゾート地みたいな雰囲気だ。
 あの後、男子メンバーが次々に女子を2ショットに誘っていった。男子同士でじゃんけんして誘う順番を決めていき、その結果、大地くんがかりんを、健太くんがみきを、そして残された私をユウリくんが連れだした、ということらしい。
 さっきの話聞かれてたかな……。不安がよぎるけど、まぁ、彼みたいなイケメンが私のこと気になるなんて、そんなわけないよな。誘われた時に、にょっきりと生えてしまった、期待の芽をそっと摘み取った。
 歩いていくと、トンネルのようになっている水槽が見えて、その輪の中に二人で入る。見上げると、ガラスにおおわれた水槽の先は、空に繋がっている。雲の隙間から太陽が顔を見せたのか、頭上から光が降ってくる。零れ落ちる日差しが、ユウリくんの顔を照らす。

 亜麻色の髪、琥珀色の瞳、長いまつ毛。
 彫刻みたいにキレイな顔。でも、左目が髪で隠れて見えない。髪の毛はわざと伸ばしてるのかな? と不思議に思った。

 私の高鳴り始めた鼓動をよそに、館内放送が流れた。「もうすぐイルカのショーがはじまります」
 ユウリくんは、「行ってみようか!」と目をキラキラさせて、私に呼びかける。
 プールの客席に足を踏み入れると、期待感に満ちた子どもの声で溢れている。階段状になった客席はほぼ満席で、前列5段目の右側の端っこだけが空いていた。
 まず私を座らせて、次にユウリくんが座る。その様子がとてもスマートで感心してしまう。そして、ひしめきあっている客席に腰を降ろす。
 男の子とこんなに至近距離で座るのって、はじめてかもしれない。学校の机と違って間がないから、肩が触れ合ってどきどきしてしまう。地下鉄で知らないおじさんと隣合うのとは訳が違うな……。
 そうやってソワソワしていると、軽快な音楽とともに、係員の女性がホイッスルを鳴らしてショーがはじまる。
 イルカ達がホイッスルに合わせて水面からジャンプする。
 水しぶきがかかって、喜びの悲鳴を上げる子ども達をみて笑ってしまう。ステージの向こうに見える海がキラキラと光る。なんて解放感があるんだろう。
「緊張、とけた?」ユウリくんが私に言う。
 ユウリ君自身も、慣れない環境とメンバーなのにな。「あまりもの」の、私のことを気遣ってくれるなんて、本当に優しい。エスコートの仕方もさりげなくて素敵だった。
 もしかしたら、ユウリくんは、顔立ちやたたずまいから考えても、ハーフかクォーターなのかもしれない。レディファーストなのも、お国柄なのかもしれないと思った。
「ユウリくんの、第一印象は誰?」
 私の口から自分でも思っていない言葉が出てしまった。
答えを聞く前に、ショーの進行役のお姉さんが叫ぶ。
「最後の輪は4m!成功したら皆さん盛大な拍手を!」
 ショーはクライマックスだ。聞きたかった言葉が聞けないままに、イルカは見事に輪くぐりを成功させた。そして着水した瞬間に、

「きゃああああああああ!」
 思わず声を上げてしまった。水しぶきが私の顔を直撃したのだった……。
 目に水が入ってしまったのか、視界がぼやけている。顔を拭くものを探そうとするけど、混乱していて、バックの底にあったはずのハンカチをすぐに取り出せない。
 すると、ユウリくんが、ポケットに入れたタオルハンカチを取り出した。そのまま彼自身を拭くのかと思っていたけど……。その手で、私の濡れた髪をそっと拭いてくれた、
「菜々、大丈夫?」心配そうな目で私を見るユウリくん。
「わ、私は大丈夫だから......!それよりユウリくん、すごく濡れてる。風邪引いちゃうよ。」
 ユウリくんはもう、イルカじゃなくて私をじっと見ている。左目は、少し前髪がかかってはっきりと見えないけど、その右目の長いまつ毛と琥珀色の瞳に飲み込まれそうになる。左利きなんだな……思ったこと全てが一気に私に押し寄せる。「ちかっ……」と心の声が呟く。
 ユウリくんは私の動揺に気がついていないのかもしれない。髪から顔に手を移動して、頬についた水滴を丁寧に拭きとってくれている。その指は細くて長い。
 ハンカチ越しに、触れられた部分がどんどん熱くなる。酸素が足りない魚みたいに、口をパクパクさせて固まってしまう。こんなこと自然にできるなんて、よっぽど優しいの? それとも慣れているの?
「菜々といると楽しいよ」
 私を見て、心配そうに、でも楽しそうに微笑む。さっきの質問に時間差で答えてくれたのかな……? それってどういうこと…?
 何度かまばたきして、投げかけられた言葉の意味を受け止めるべく、息を飲んだ。

ってそんなことを考えている場合じゃない! 今日、5時起きして作りこんだメイクはどうなってるのか気になりすぎる……!
「ごめんっ! トイレ行ってくるね!」
 私は、タオルハンカチを彼に返して、逃げるように席を立った。
「カフェで待ってるね」という彼の声が聞こえた。フィナーレの大拍手の音に包まれながら、プールの脇の階段を降りてトイレに駆け込んだ。
 さっきまでのアクシデントを10倍速ぐらいで頭の中に再生して、メイクも高速で直した。ユウリくんのまなざしとその声、触れられたときの感触が体中にリフレインする。
 動画サイトみたいに、停止ボタンを押してずっと眺めていたかった。

 足早にカフェに戻ると、ユウリくんと、大地くんとツーショットに行ったはずのかりんがいた。二人は私を目にすると手を振ってくれたけど、なんだか胸がチクチクする。
 かりんがユウリくんに声をかける。「次は私とお茶しよう!」素直に気持ちを声に出せるかりんが羨ましい。
 私は、二人がカフェに向かっていくのをそっと見送った。
 心も体も行き場所がなくなった私は、みきや他の男子達と合流して、その日の終わりを迎えた。そして次のスポットに行く前に、私だけ、重いトランクを抱えてみんなの前で、別れを告げることになった。家が遠くて飛行機で帰らないと、月曜日からの学校に間に合わない。
 楽しくて、落ち込んで、どきどきした週末。まだ、気持ちが整理できていないけど、帰らないと。
ユウリくんは優しい。でも、それは、水族館で感じた日差しのように誰にでも注がれているもの。私が特別な訳じゃない。そうわかっているけど、彼の太陽のような笑顔が向けられるたび、私の胸はじりじりと焦げていく。みんなが見送ってくれる中、その後どうなったのか気になって仕方がない。
 そうしてもやもやしたまま一週間が過ぎて、あっというまに2回目の恋ステを迎えてしまった。
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登場人物紹介

菜々


高校一年生。もうすぐ16歳。

一重で地味な顔立ちを気にして、ナチュラルに仕上げたメイクで盛った状態で恋ステに参加。

恋に臆病で、やや受け身。

ユウリ


ハーフを彷彿とさせる彫りの深い顔立ち。

誰にでも優しく礼儀正しい。ミステリアスな雰囲気を持っている。

前髪を伸ばしていて左目が見えない。

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