第2話 帚木(ははきぎ)

文字数 2,141文字

 光源氏は、質素な心持の青年であった。異性との交渉はずいぶん内輪にしていた。好色小説の交野少将などは笑われることと思われる。中将時代には宮中の宿直所に暮らし、舅の左大臣家へは偶にしか行かなかった。梅雨の頃、帝のご謹慎日が続き、近臣は家に帰らずにみな宿直する。
 左大臣の子息たちは源氏の宿直所へ勤める。源氏の桐壺へ左馬頭と藤式部丞が来て、女についての感想を語り出す。貴族の娘の品評をする。金持、家柄、地位に相応なすぐれたお嬢さん。「世間人として無難でも、じっさい自分の妻にしようとすると、合格するものは見つからないものです」左馬頭は言う。「こどもらしくおとなしい妻を持った男は、だれでもよくしこむことに苦心するものです。たよりなく見えても、しだいに養成されていく妻に多少の満足を感じるものです。教えられただけの芸を見せるにすぎない女に、妻としての信頼をもつことはできません」とも言う。
 「階級も容貌もどうでも良いとして、偏った性格でなく、真面目で素直な人を妻すべきと思います。少し見識でもあれば、満足して少しの欠点はあっても良いことにするのですね。立派な態度などとほめ立てられると。図にのって尼さんになったりします。悪くても良くても一緒にいて、どんなときもこんな時もゆるし合って暮らすのが真実の夫婦でしょう」中将はうなずいた。  
 「現在の恋人で、深い愛情を覚えていながら、その女の愛に信用がもてないということはよくない。自身の愛さえ深ければ女のあやふや心もちもなおして見せることができるはずです」と頭中将はいって、自分の妹と源氏の中はこれにあたっているはずと思うのに源氏は目を閉じて何も言わぬ。左馬頭は膝を進めた。源氏も目を覚まし、頬杖をついて正面から相手を見た。
 各自の恋の秘密を持ち出されることになった。「私に愛人が居ました。容貌はとても悪い女で妻と情人を持っていました。とても嫉妬すされるのが嫌でした。女は自分の出来ぬものでも、この人のためにと努力する。教養の足りなさを自身で務めて補う。行き届いた世話をしてくれました。同棲してるうち利口さに心惹かれました。が嫉妬癖だけはどうにもならず厄介でした。冷酷にすると怒りだした。『そんなあさましいことを言うなら、私は分かれる決心をする。将来まで夫婦でありたいなら、少々の辛いことは忍んで、嫉妬のない女になったら私はまた愛するかもしれない』と利己的な主張をした。『あなたの多情さを辛抱は出来ません』とこちらを憤慨させるのです。女は自制できないで、私の手を引き寄せ一本の指に嚙みついた。私は『痛い、痛い』と大げさに言い『こんな傷をつけられ社会に出られない。『これが別れだ』と言って指を痛そうにして家を出てきたのです。幾日も手紙もやらず私はかってな生活でした。賀茂の臨時祭の調楽が御所であり、更けて霙が降る夜。宿直室で寝るも侘しい。局の女房を訪ねても寒い。様子がてら雪の中、きまり悪いがこんな晩に行って見た。暖かそな柔らかい綿のたくさん入った着物を、大きな炙り籠に掛けてある。私を待っていたように見えた。妻は居ず何人かの女房が留守をして、妻は父親の家へ今晩移っていったという。自分が別れた後まで世話をしていった。親切だった。
 手紙で交渉したが、『一夫一婦の道をとろうとお言いになるのなら』というが、そのうち負けてくるだろうと、懲らしめようと思った。そのうち精神的に苦しんで死んでしまった。私は自分が責められてなりません。家の妻はあれほどの者でなければならないと今でも思いだされます。風流ごともまじめな問題にも話相手になりましたし、染め物の立田姫にもなれ、七夕の織姫にもなれました」と語った左馬頭は、亡き妻が恋しそうである。「織姫も立田姫、そんな人が早く死ぬのだから、良妻は得難いということになる」中将は指を噛んだ女をほめちぎった。
 「その時分にもう一人の情人がいました。身分よく才女で手紙も書き音楽もでき、容貌もよし。焼きもちの世話女房を家に置き、時折通っていたのです。面白い相手だったが、あの女が亡くなった後でたびたびいきました。体裁屋で、風流女を標ぼうする点が気に入らなく、一生の妻にはしたくなかった。あまり通わなくなったころ、別の恋愛相手ができたらしい。私が御所から帰る時、ある殿上役人が私の車に一緒に乗った。私は父の大納言の家に泊まろうと思っていた。その人が『待っている女の家に寄りたい』という。男がおりた所へ私も降りた。男は縁側に座り笛を吹く。中では倭琴を弾いて合わせる。律の調子は女の柔らかに弾くのが御簾の中から聞こえるのも、はなやかな気がする。月夜にしっくりあっている。男は面白がり琴を弾く前に行き『紅葉の積もり方をみると、あなたの恋人は来ていないようですね』と嫌がらせを言う。彼女は私が覗いて憎らしがっているのも知らないで、今度は十三弦を派手に弾き出しました。時折、愛人として通って行く女でしたが、その晩のことを口実に別れました。風流好みの多情な女にはお気をつけなさい。三角関係を見つけた時、夫の嫉妬で問題をおこしましす」左馬頭は二人の貴公子に忠言を呈した。中将はうなづき、源氏は微笑んだ。中将が馬鹿な話として語り出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み