第1話 桐壺

文字数 2,358文字

 女御とか更衣とか言われる後宮が大勢いた中、深い寵愛を受けている人がいた.他の女御から妬まれた。夜の御殿の宿直所から下がる朝、その人ばかり召される夜、恨まれ身体が弱り実家に下がりがち。帝はこの人ばかりに惹かれがちの様子。父の大納言は故人となり、母の未亡人が生まれの良い見識のある女。前世の縁が深かったのか、美しい皇子がこの人から生まれた。帝の第一皇子は右大臣の娘の女御から生まれ、未来の皇太子として尊敬されている。しかし第二皇子の美貌には劣る。この人が住んでいる御所は桐壺であった。帝が屡々そこへお出でになる。他の女御が意地悪い仕掛けをする。更衣が苦しめを受け、滅入るのを帝は憐れみを感じられ桐壺を休息所としてお与えになった。
第二皇子が三歳の袴着の式が行なわれ、第一皇子に劣らない派手だった。息子の美貌と聡明さは類のないもので帝も可愛がられた。皇子の生母は病気になり実家へ下がろうとした。帝は御所で養生せよと引き留める。病が重体になり帰宅する。皇子は宮中にとどめられた。「限りとて別れる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」と言って女は帰っていった。暫くして女は亡くなった。帝は非常に悲しまれた。母の喪中の皇子は穢れがあると、更衣の実家へ退出することになった。父子の別れは帝に大いなる悲しみであった。
宮中のお使いが葬儀へ来て、更衣に三位を贈られた.三位は女御の位で有る。七日七日の仏事が行なわれ、帝からその都度、弔いの品々が下された。愛人が死んだ後も、帝はどうしようもない寂しさを覚えになった。「死んでからまでも人の気を悪くさせる寵愛ぶりね」と、右大臣の娘の女御は今さえ嫉妬をする。肌寒い秋の朝、帝は靫負の命婦を故大納言家に使いに行かせた。「若宮を早く宮中へ来させ、未亡人も一緒にお出で下さい」と帝の仰せを伝えた。「宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩が上を思いこそやれ」と歌があった。未亡人は涙を湧き出し「夫も娘もなくし不幸づくめの私がお一緒にいるのは若君の為にも縁起が悪いでしょう」などと言う。そのうち若君もおやすみになった。若宮と別れることは苦痛に耐えきれないと、結局若宮の宮中入りは実効性に乏しかった。
御所へ帰った命婦は帝へこまごまと報告した。帝は「死んだ大納言の遺言を実行した未亡人への報いは、更衣を後宮の一番高い位置にすえたいと思っていた。なにもかも夢になった」と仰った。「しかし、あの人はいなくても若宮が天子になる日がくれば、個人に后の位を贈ることもできる」とも。
数か月後、第二の皇子が宮中へお入りなった。美貌と才気にあふれていた。翌年、立太子のことがあった。帝は第二の皇子にあったが、若宮の前途を危うくすると思われ東宮になったのは第一親王である。女御も安心した。外の未亡人は落胆し、亡くなった。帝は若宮の祖母を失われたことでお悲しみになった。
それから若宮は宮中においでになった。七歳から書初めの式があり学問をお始めになった。皇子は類まれな聡明さに帝は驚かれた。美しい小童であり女御も愛を覚えた。音楽の才も豊だった。
帝は第二の皇子を四品以下の無品親王にはしたくない。臣下の列に入れ国家の柱石にしたい元服後は源姓を賜って源氏の何某としようととお決めになった。
年月経過も帝は桐壺の更衣との死別の悲しみをお忘れにはならなかった。先帝の后の宮様の第四の内親王が亡くなられた御休所のご容貌に似ておられた。お后もお崩れになり姫宮が一人で暮らしているのを帝がお聞きになり「女御というより自分の娘たちの内親王と同じように思って世話がしたい」と入内をお勧めになった。お付きの女房や兄の兵部卿親王も御賛成になり、それで先帝の第四の内親王は当帝の女御におなりになった。御殿は藤壺である。姫宮の容貌も身のおとりなしも桐壺の更衣に似ておいでになった。この方はご身分に非の打ちどころがない。立派なものであった。帝にまた楽しいご生活が返ってきた。
源氏の君は帝のおそばをお離れにならないのであるから、自然と女御の御殿へも従って行く。宮もお慣れになり隠れてばかりではない。源氏の君は、母のことは覚えていないが、よく似ていると典司がいうので、母に似た人として恋しく、いつも藤壺へ行きたくなって親しくなりたい望みがあった。帝には二人とも最愛の妃であり、最愛の御子であった。「彼を愛してやりなさい。この子とあなたを母と子とみてよい気がします」と帝がおとりなしになった。子供心にも花や紅葉の美しい枝は、まずこの宮へさしあげたい、自分の好意をを受けていただきたいという態度をとるようになった。源氏の美貌を世間のひとは「光君(ひかりのきみ)」といった。
十二歳、元服。華麗を極めたものだった。帝は加冠役の大臣に「元服した後の彼を世話する人も要るから、その人を一緒にさせればよい」と仰せられた。加冠役の下賜品は、白い大袿(おおうちぎ)に帝のお召料のお服が一襲で、酒杯をたまわるとき「いときなき初元結いに長き世を契る心は結びこめつや」と大臣の娘との結婚までおいいになった。左馬寮のお馬と蔵人の鷹をその時賜った。
その夜、源氏の君は左大臣家へ婿になって行った。姫の方が少し年上だった。姫の母の夫人は帝のご同胞であった。源氏の君は帝がおそばを話しにくくしてあそばすので、ゆっくり妻の家に行っていることが出来なかった。源氏の心には藤壺の宮の美が最上のものと思われていた。元服後の源氏は、もう藤壺の御殿の御簾の中へ入れていただけなかった。五日御所に行き三日大臣家へ行く通い方をした。御所では母の更衣のもとの桐壺を源氏の宿直所にお与えになり、御休所の女房をそのまま使わせておいでになった。
光の君という名は、前に鴻臚館へ来た高麗人が源氏の美貌と天才を誉めてつけた名だという。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み