第32話 それから1年後
文字数 2,330文字
GEARの業績は絶好調だった。桜井と金城もすっかりGEARの文化に馴染み、驚くほどの成果を上げるようになっていた。1日6時間勤務、週休3日の業務体制にも関わらず、桜井も金城も年収に換算すると1000万円に手が届くほどの活躍を見せていた。
石原はと言うと、それまでのように自分が最前線に立つのではなく、現場の仕事はほぼやらなくても良い状態にまでなっていた。そうして空いた時間で、これまでにも取り組みたかった仕組みを実現するべく、色々な戦略を実行していった。そのうちの1つが、業務委託社員の活用だった。この業界では当たり前のように業務委託のスタッフを活用しながら、事業を進める文化があった。特に中小人材紹介会社でその傾向は顕著だった。石原は未来の会社の組織作りとして、正社員がいない社会が来ると確信をしていたので、今のうちから業務委託スタッフのマネジメントの手法を確立しようと取り組んでいたのだ。
その計画は思いのほかうまく進み、桜井の担当企業でも驚くほどの成果を出すことに成功していた。その企業は大手製造業で、社員規模1500名に対して、毎年10名~12名ほどの中途採用の計画があった。そのうちの過半数を桜井が斡旋することが出来たのだ。多くの人材紹介会社を使う同社にとって、1社が過半数を占めることは異例中の異例だった。
この日はその大手製造業が主催する、人材紹介会社を集めての情報交換会と懇親会の日だった。年間の採用計画の共有を行い、懇親会では直近1年間での貢献度の高い人材紹介会社を表彰される場が用意されていた。これまでは1年で2名~3名ほど斡旋していれば最優秀賞として表彰される傾向にあったが、今年は実に7名を桜井が斡旋していた。表彰者にはスピーチの機会を与えられ、成功事例としてなぜうまく行ったのかを話すよう促されるのが通例だった。求人企業側からすると、事例共有をしてより一層の成果を求めるためのものなのだが、人材紹介会社からするとノウハウの公開にもつながるため、これまでは各社ともに企業秘密に関わるところは避けながら共有するのが通例だった。
「では、株式会社GEARの桜井様、壇上におあがりください。」
懇親会で乾杯のシャンパンを勧められた桜井はほろ酔いのまま、壇上に向かった。
「はい、ただいまご紹介に預かりましたGEARの桜井です。今年は例年以上に多くの方をご紹介させて頂くことが出来ました。これもひとえに未熟な私たちにも関わらず、多大なご協力を頂いた人事担当者の方々おかげです。」
当たり障りのない内容でのスピーチをしようとしていた桜井だが、司会を務める人事担当者はなかなかそれでは終わらせてくれない。
「いえいえ、驚くべきことに桜井さんからのご紹介の方は今年度10名いらっしゃったのですが、全員書類選考は通過されて、お見送りになったのは面接や適性検査の結果の3名だけでした。この精度を出す秘訣は何でしょうか?」
踏み込んだ質問に、ほろ酔いの頭をフル回転させながら桜井は言葉を精いっぱい選んで答えた。
「それは御社からの適切な情報開示のおかげです。その頂いた情報を適切に社内で共有をさせて頂いて、求職者の方々との面談に臨むようにさせて頂きました。」
「なるほど、もちろんその精度だけでなく、失礼ながら少数精鋭でされている貴社で10名もの方を弊社にご紹介頂けたことも感謝させて頂いていますが、人集めの秘訣はありますか?」
企業秘密とも言えるノウハウに関わることまで突っ込んで来られた桜井は苦笑いを浮かべながらも続けた。
「それは弊社では積極的に社外のパートナーの方々、そして業務委託という形で貢献してくださる方々のお力をお借りすることで、実際の社員規模以上のパフォーマンスを出せるように、工夫させて頂いております。」
「なるほど、色々な工夫をされて素晴らしい成果をご提供頂いているんですね。ありがとうございました。あらためて株式会社GEARの桜井様に拍手をお願い致します。」
「パチパチパチパチ」
桜井はなんとかソツなくスピーチをこなせた想いで、ホッとしていた。ほろ酔いを収めるべくテーブルのウーロン茶をコップに注ごうと、コップを手にした時だった。ウーロン茶のペットボトルを持って笑みを浮かべながら近づいてくる存在に気付いた。
「素晴らしい活躍を見せているみたいやね。」
そうして嫌味な笑顔を浮かべていたのは、前職である人材紹介会社、ピープルワークの元上司の仙波だった。
ソフトドリンクを飲む前に、一気に酔いが覚めた。
「そっちは調子いいみたいやな。うちを辞めて良かった、ってとこかな?」
「いえ、そんなことは。たまたまです、、、」
仙波はもはや桜井の上司でも何でもないのだが、前職時代に築かれたパワーバランスはそうそう変わるものではなかった。
「まぁまぁ謙遜すんなや。どうや、来期も同じように行けそうなんか?」
「いえいえ、そんな単純なものでは、、、中国で新型のウイルスも見つかったみたいで、社会もどうなるかわからないですし、、、」
折しも新型ウイルスが発生し、中国では感染者が増えているというニュースが出始めていたが、まだまだ国外での症例がなく、中国以外の国ではそれほど現実味がない状況だった。
「あぁ、アレな。SARSん時みたいに日本は大丈夫やろ!そんなビビリでよーあんだけの人間当て込みよったな!!そんなんよりも気にせなアカンことあるやろうに。」
そういうと仙波は下品な笑いを浮かべながら、満足そうに別のテーブルにいた人事担当者に媚びを売りに消えて行った。
石原はと言うと、それまでのように自分が最前線に立つのではなく、現場の仕事はほぼやらなくても良い状態にまでなっていた。そうして空いた時間で、これまでにも取り組みたかった仕組みを実現するべく、色々な戦略を実行していった。そのうちの1つが、業務委託社員の活用だった。この業界では当たり前のように業務委託のスタッフを活用しながら、事業を進める文化があった。特に中小人材紹介会社でその傾向は顕著だった。石原は未来の会社の組織作りとして、正社員がいない社会が来ると確信をしていたので、今のうちから業務委託スタッフのマネジメントの手法を確立しようと取り組んでいたのだ。
その計画は思いのほかうまく進み、桜井の担当企業でも驚くほどの成果を出すことに成功していた。その企業は大手製造業で、社員規模1500名に対して、毎年10名~12名ほどの中途採用の計画があった。そのうちの過半数を桜井が斡旋することが出来たのだ。多くの人材紹介会社を使う同社にとって、1社が過半数を占めることは異例中の異例だった。
この日はその大手製造業が主催する、人材紹介会社を集めての情報交換会と懇親会の日だった。年間の採用計画の共有を行い、懇親会では直近1年間での貢献度の高い人材紹介会社を表彰される場が用意されていた。これまでは1年で2名~3名ほど斡旋していれば最優秀賞として表彰される傾向にあったが、今年は実に7名を桜井が斡旋していた。表彰者にはスピーチの機会を与えられ、成功事例としてなぜうまく行ったのかを話すよう促されるのが通例だった。求人企業側からすると、事例共有をしてより一層の成果を求めるためのものなのだが、人材紹介会社からするとノウハウの公開にもつながるため、これまでは各社ともに企業秘密に関わるところは避けながら共有するのが通例だった。
「では、株式会社GEARの桜井様、壇上におあがりください。」
懇親会で乾杯のシャンパンを勧められた桜井はほろ酔いのまま、壇上に向かった。
「はい、ただいまご紹介に預かりましたGEARの桜井です。今年は例年以上に多くの方をご紹介させて頂くことが出来ました。これもひとえに未熟な私たちにも関わらず、多大なご協力を頂いた人事担当者の方々おかげです。」
当たり障りのない内容でのスピーチをしようとしていた桜井だが、司会を務める人事担当者はなかなかそれでは終わらせてくれない。
「いえいえ、驚くべきことに桜井さんからのご紹介の方は今年度10名いらっしゃったのですが、全員書類選考は通過されて、お見送りになったのは面接や適性検査の結果の3名だけでした。この精度を出す秘訣は何でしょうか?」
踏み込んだ質問に、ほろ酔いの頭をフル回転させながら桜井は言葉を精いっぱい選んで答えた。
「それは御社からの適切な情報開示のおかげです。その頂いた情報を適切に社内で共有をさせて頂いて、求職者の方々との面談に臨むようにさせて頂きました。」
「なるほど、もちろんその精度だけでなく、失礼ながら少数精鋭でされている貴社で10名もの方を弊社にご紹介頂けたことも感謝させて頂いていますが、人集めの秘訣はありますか?」
企業秘密とも言えるノウハウに関わることまで突っ込んで来られた桜井は苦笑いを浮かべながらも続けた。
「それは弊社では積極的に社外のパートナーの方々、そして業務委託という形で貢献してくださる方々のお力をお借りすることで、実際の社員規模以上のパフォーマンスを出せるように、工夫させて頂いております。」
「なるほど、色々な工夫をされて素晴らしい成果をご提供頂いているんですね。ありがとうございました。あらためて株式会社GEARの桜井様に拍手をお願い致します。」
「パチパチパチパチ」
桜井はなんとかソツなくスピーチをこなせた想いで、ホッとしていた。ほろ酔いを収めるべくテーブルのウーロン茶をコップに注ごうと、コップを手にした時だった。ウーロン茶のペットボトルを持って笑みを浮かべながら近づいてくる存在に気付いた。
「素晴らしい活躍を見せているみたいやね。」
そうして嫌味な笑顔を浮かべていたのは、前職である人材紹介会社、ピープルワークの元上司の仙波だった。
ソフトドリンクを飲む前に、一気に酔いが覚めた。
「そっちは調子いいみたいやな。うちを辞めて良かった、ってとこかな?」
「いえ、そんなことは。たまたまです、、、」
仙波はもはや桜井の上司でも何でもないのだが、前職時代に築かれたパワーバランスはそうそう変わるものではなかった。
「まぁまぁ謙遜すんなや。どうや、来期も同じように行けそうなんか?」
「いえいえ、そんな単純なものでは、、、中国で新型のウイルスも見つかったみたいで、社会もどうなるかわからないですし、、、」
折しも新型ウイルスが発生し、中国では感染者が増えているというニュースが出始めていたが、まだまだ国外での症例がなく、中国以外の国ではそれほど現実味がない状況だった。
「あぁ、アレな。SARSん時みたいに日本は大丈夫やろ!そんなビビリでよーあんだけの人間当て込みよったな!!そんなんよりも気にせなアカンことあるやろうに。」
そういうと仙波は下品な笑いを浮かべながら、満足そうに別のテーブルにいた人事担当者に媚びを売りに消えて行った。