第33話 それから1年後 2
文字数 1,614文字
懇親会から2ヶ月ほど経過したころ、新型ウイルスが横浜港に停泊する予定だった大型クルーズ船の乗客にも発症者が出て、世界的な関心を独り占めするようになっていった。まだまだ転職市場ではそれほど顕著な影響は出ていなかったが、一部の企業で新卒採用の見送りが発表され始めていた。
これまでは超売り手市場と言われる人財不足の時代だったが、12年前のリーマンショックを経験している石原は、これまでの好景気を冷静に見ていた。いつかその揺り戻しが来る、と。そうしたことも見越しての業務委託スタッフの活用であり、求職者からお金をもらう転職の個別指導塾のサービス化でもあった。またどれだけ不景気になっても、人財募集をし続ける会社があることを石原は知っていた。そして超売り手市場においても、奢らず、真摯に対応し続けることで、超買い手市場が来ても乗り越えられると確信を持っていた。実際には多くの人材紹介会社は超売り手市場にかこつけて、強気で利己的な営業スタイルをとっていた。手数料のつり上げや、最低手数料を200万円に設定などをし、応じない企業には人材の紹介をしない、という事例も多々あったのだ。特にピープルワークという会社の方針は顕著で、人材紹介事業を行うピープルワーク、派遣事業を行うピープルリソース、その他のグループ会社も軒並み業界内での評判は極めて悪いものだった。
桜井と金城はと言うと、社会人になってから初めて経験する経済の大転換期で、不安もあったのだが、石原の姿勢や、今後の展望を聞くことで、なんとか乗り越えていけそうな未来を描けていた。
特に桜井は前職時代の卑劣な上司、仙波のことを思い出さされた直後だったこともあり、GEARで働いていて、石原と共にこの変革期を迎えられて良かった、と心から思っていた。そうした安堵感から、より一層頑張ろうと意気込んでいたある日の朝、この日も在宅勤務を始めようと自宅のパソコンに向かった時、インターホンの音が鳴った。
「郵便局でーす。内容証明郵便でーす。」
内容証明?なんのことだと思いながらも封筒を受け取ると、鬼塚弁護士事務所からの封筒だった。その中には「訴状」と書かれた書類が入っていた。
それとほぼ同時刻、GEARのオフィスに一本の電話が鳴った。いつも通り2コール目がなるより早く石原は受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。株式会社GEARでございます。」
「そちら株式会社GEAR様で間違いないでしょうか?」
「はい。」
「こちら大阪労働協需給調整課の山内と申します。そちらで職業紹介法違反の密告がありましてお電話をさせて頂きました。」
さすがの石原も頭が真っ白になった。人材紹介業は職業紹介法に基づく免許のもと運営しており、違反行為があると免許はく奪の可能性が出てくるからだ。
頭の整理をしながら山内という労働局の人間の話を聞いた。どうやら人財紹介事業を行う上で、業務委託の人間に実務を任せたことが法律違反にあたる、というものだった。その実態のヒアリングのために監査をさせてもらいたい、という主旨の連絡だった。
電話を切った後、慌てて石原は職業紹介法の条文を見直した。そこで石原は驚くべき条文を見つけた。職業紹介法第32条の10、名義貸しの禁止についての条項だ。趣旨としては雇用契約下にない人間に、職業紹介事業を行わせてはいけない、というものだった。石原は業界内で当たり前に行われている手法ということもあり、全く法律違反をしているという認識はなかった。完全に認識が甘かったのだ。
今後の事業運営が継続できなくなるかもしれない、、、さすがの石原も頭が真っ白になっていた。胃がキリキリと締め付けられ、心臓をギュッっと握られているような気分だった。そしてその時、石原の携帯に着信があった。
ディスプレイには「桜井」と出ていた。
第一章 完
これまでは超売り手市場と言われる人財不足の時代だったが、12年前のリーマンショックを経験している石原は、これまでの好景気を冷静に見ていた。いつかその揺り戻しが来る、と。そうしたことも見越しての業務委託スタッフの活用であり、求職者からお金をもらう転職の個別指導塾のサービス化でもあった。またどれだけ不景気になっても、人財募集をし続ける会社があることを石原は知っていた。そして超売り手市場においても、奢らず、真摯に対応し続けることで、超買い手市場が来ても乗り越えられると確信を持っていた。実際には多くの人材紹介会社は超売り手市場にかこつけて、強気で利己的な営業スタイルをとっていた。手数料のつり上げや、最低手数料を200万円に設定などをし、応じない企業には人材の紹介をしない、という事例も多々あったのだ。特にピープルワークという会社の方針は顕著で、人材紹介事業を行うピープルワーク、派遣事業を行うピープルリソース、その他のグループ会社も軒並み業界内での評判は極めて悪いものだった。
桜井と金城はと言うと、社会人になってから初めて経験する経済の大転換期で、不安もあったのだが、石原の姿勢や、今後の展望を聞くことで、なんとか乗り越えていけそうな未来を描けていた。
特に桜井は前職時代の卑劣な上司、仙波のことを思い出さされた直後だったこともあり、GEARで働いていて、石原と共にこの変革期を迎えられて良かった、と心から思っていた。そうした安堵感から、より一層頑張ろうと意気込んでいたある日の朝、この日も在宅勤務を始めようと自宅のパソコンに向かった時、インターホンの音が鳴った。
「郵便局でーす。内容証明郵便でーす。」
内容証明?なんのことだと思いながらも封筒を受け取ると、鬼塚弁護士事務所からの封筒だった。その中には「訴状」と書かれた書類が入っていた。
それとほぼ同時刻、GEARのオフィスに一本の電話が鳴った。いつも通り2コール目がなるより早く石原は受話器を取った。
「お電話ありがとうございます。株式会社GEARでございます。」
「そちら株式会社GEAR様で間違いないでしょうか?」
「はい。」
「こちら大阪労働協需給調整課の山内と申します。そちらで職業紹介法違反の密告がありましてお電話をさせて頂きました。」
さすがの石原も頭が真っ白になった。人材紹介業は職業紹介法に基づく免許のもと運営しており、違反行為があると免許はく奪の可能性が出てくるからだ。
頭の整理をしながら山内という労働局の人間の話を聞いた。どうやら人財紹介事業を行う上で、業務委託の人間に実務を任せたことが法律違反にあたる、というものだった。その実態のヒアリングのために監査をさせてもらいたい、という主旨の連絡だった。
電話を切った後、慌てて石原は職業紹介法の条文を見直した。そこで石原は驚くべき条文を見つけた。職業紹介法第32条の10、名義貸しの禁止についての条項だ。趣旨としては雇用契約下にない人間に、職業紹介事業を行わせてはいけない、というものだった。石原は業界内で当たり前に行われている手法ということもあり、全く法律違反をしているという認識はなかった。完全に認識が甘かったのだ。
今後の事業運営が継続できなくなるかもしれない、、、さすがの石原も頭が真っ白になっていた。胃がキリキリと締め付けられ、心臓をギュッっと握られているような気分だった。そしてその時、石原の携帯に着信があった。
ディスプレイには「桜井」と出ていた。
第一章 完