第74話 甲斐性

文字数 621文字

 あれこれ悩んだところで仕方がない。魔を封じる者であろうとなかろうと、降りかかってくる火の粉は払うまでだ。
 ふと気づけば、あたりはすっかり宵闇に包まれている。さっきまでは静かだったのに、海の方角から風も吹いている。
 波頭を眺めていた隼人が藤音の方を向いた。
「そろそろ戻りましょう。風が出てきました。お体にさわるといけません」
「はい……」
 宵闇の中、まだかすかに鬼封じの岩が見える。波音の中、奇妙な大岩の光景はなぜか藤音を惹きつけ、心をざわつかせる。
 まるで誰かに呼ばれているかのような……。
 返事はしたものの、魅入られたように藤音はなかなかその場を動けなかった。如月に手を引かれ、ようやく歩き出す。
 藤音を辛抱強く待っていた隼人の隣まで連れていくと、如月は後ろに下がり、内心ため息をついた。
 やれやれ、世話の焼ける……。
 この殿は人柄はすこぶるよいのだが、どうも甲斐性に欠ける。
 夜這いに来いとまでは言わないが、仮にも夫婦(めおと)なのだから、さっさと手ぐらいつないで歩き出せばよいのに。
 待つだけでは、静かに見守るだけでは、だめなのだ。
 相手を気づかいすぎて遠慮ばかりしていては、いつまでたっても先に進めない。
 ええい、じれったい、もっとがっつりいかぬか!
 地団駄踏んで、発破(はっぱ)をかけてやりたいくらいである。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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