第118話 雨宿り

文字数 579文字

 和臣に肩を抱かれるようにして、桜花は漁師小屋へ向かう。
 建付けの悪い戸をきしませながら和臣が開け、二人は中へ入った。粗末な小屋だが、雨宿りくらいはできそうだ。
 ……寒い。
 桜花は自分の腕を抱いて身震いした。雨に打たれたせいだろうか、夏だというのに身体がひどく冷たい。
 和臣はそんな桜花を見て、懐から布を取り出した。
「どうぞ、これを使ってください」
 自分も濡れているにもかかわらず、すっと桜花に白い布を差し出す。
 一瞬ためらったが、桜花は素直に好意を受けることにした。
「ありがとうございます、和臣さま」
 桜花のそんなもの言いに、和臣はふっと寂し気に笑った。
「わたしはいつも、和臣さま、なのですね。伊織は名だけを呼ぶのに」
 突然に言われ、桜花は言葉に窮した。自分にとっては、今まで考えてみたこともないほど自然だったのに。
「えっと、伊織とわたしは同い年で、和臣さまは年上なのですから……」
「本当に、それだけですか」
 まっすぐな視線を受け止めきれず、うつむいてしまう桜花に、和臣はまた寂し気に笑う。
「桜花どのは正直ですね。嘘がつけない。みんな顔に出てしまう」
「そ、そうでしょうか」
 桜花は借りた布を握ったまま、赤くなって頬に手を当てる。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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