第23話 命の火

文字数 498文字

 だから。九条から縁組の話が持ち上がった時、藤音は決意したのだ。この手で、形見となった懐剣で弟の仇を 討とうと。九条隼人を殺し、自らも命を断とうと。
 だが、所詮は浅はかな考えでしかなかったと思い知らされた。
 自分たちが死ねば、和睦は破れ、戦になる。また罪のない多くの者が犠牲になる。
 藤音ひとりの命であがなえるものではないのだ。
 さらに、白河からついてきてくれた如月たち、侍女も無事ではすむまい。
 長い沈黙の後、藤音は途方に暮れたように問いかけた。
「……では、わたくしはどうすればよいのですか」
 生きてください、と隼人は穏やかな、しかしきっぱりとした口調で告げた。
「わたしを憎んでいてもいい。とにかく、生きていてください」
 命を狙われたというのに、隼人は藤音を死なせたくないと思った。盟約が破れるから、という理由だけではない。彼女の命の火を消したくなかった。
 ただ、その気持ちが何から来ているのかは、自分でもよくわからなかった。情なのか、憐憫なのか、贖罪(しょくざい)なのか……。




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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