第129話 ゆらめき

文字数 591文字

 数日の後。ようやく桜花は床を出て巫女装束の前に座っていた。
 守護石と祖父の薬湯のおかげだろう、体調はすっかり良くなっている。
 体が治れば出仕して今回の件を隼人に報告しなければならない。
 封印が破られ、鬼が出現したこと。
 その鬼は九条家を憎んでおり、今もどこかで誰かに憑いているかもしれないこと。
 しかし着慣れた衣装を前に、桜花はなかなか袖を通せないでいた。
 いかなる理由があろうと、人々を護るはずの巫女が和臣と伊織を傷つけてしまったのは、まぎれもない事実だ。
 自分はこの装束を身にまとうのに、本当にふさわしい者なのだろうか……。
 躊躇して動けないでいる桜花の懐のあたりがぽうっと輝いた。祖父から渡された守護石だ。
 柔らかな光が迷いをぬぐい去り、そっと背中を押してくれる。
 そうだ。今は個人的な事情にかまけている場合ではない。
 行かなくては。隼人に真実を伝えなくては。
 うつむいていた桜花はしゃんと顔を上げ、白い上着を手に取った。

 海ぞいを少し歩き、途中から夏草の茂る小道をまっすぐに進む。ほどなく九条の館が見えてくる。
 だが、館を目前にしながら桜花は足を止めた。
 暑さのせいではない。館から瘴気が陽炎のようにゆらめいて立ち上っている。
 まさか── !?




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登場人物紹介

天宮桜花(あまみやおうか)


始祖が天女と言われる家系に生まれた巫女。

破魔の力を受け継ぐ可憐な少女。

大切な人たちを守るため、鬼と対峙していく。

桐生伊織(きりゅういおり)


始祖が龍であったと言われる家系に生まれる。桜花とは幼馴染。

桜花を想っているが、異母兄への遠慮もあり、口にできない。

九条隼人(くじょうはやと)


草薙の若き聡明な領主。趣味は学問と錬金術。

心優しい少年で藤音を案じているが、どう接してよいかわからず、気持ちを伝えられないでいる。

藤音(ふじね)


和睦の証として人質同然に嫁いできた姫。

隼人の誠実さに惹かれながらも、戦死した弟が忘れられず、心を閉ざしている。

鬼伝承が残る海辺の村で、いつしか魔に魅入られていく……。

浅葱(あさぎ)

愛しい姫を奪われた鬼。世を呪い、九条家に復讐を誓う。

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