第6話 暗転
文字数 1,705文字
「昨晩は無事にお努めを果たしましたこと、お慶 び申し上げます」
翌朝、気持ちよく目覚めた私は、いつの間にか浴衣を身に着けていた月音を伴い寝室から出た所で、三指を突いた陽奈美 に出迎えられた。
心なしか顔色が悪く、表情も硬い。何が有ったのかと気になり声をかけてみる。
「大変恐れ多い事でございますが、主様に朝餉 の後、お時間をいただきたいと」
真剣な表情で、私の目をまっすぐに見て言う。
その真剣な表情に否ということも出来ず、私は判ったとだけ告げる。
私の返事を受けて、陽奈美は一礼をするとその場から離れたので、私は傍らで控えていた月音に声をかけて朝餉の用意されている部屋へと向かうのだった。
しばらくの後、ゆっくりと朝餉を堪能して月音に少しの間、陽奈美と共に動くことを伝えると、私は正殿の門に向かった。
果たしてそこには巫女装束を身に着けた陽奈美が私を待っていた。
「待たせてすまなかった。用件はなんだろうか」
私の問いかけに陽奈美は目を伏せて、軽く会釈の姿勢になりながら小さな声で答える。
「ここには眼がございます。散策をするように振る舞い私に着いてきて下さい。ご案内いたしますので」
この場所では話しづらい内容の様子、私は目で了解の旨を伝えると、わざとゆっくりと歩きはじめる。
正殿の周りの風景を堪能しているかのように、視線を左右に向けつつ陽奈美の背中を見失わないように注意する。
陽奈美は一度も私を振り返ることなく、黙って歩みを進める。
正殿からどんどんと離れ、森の中へ足を踏み入れても、その速度をいささかも緩めることはなかった。
(一体何処へ向かうというのだろうか、この先は確か黄泉坂祭 の祭場があるはずだが)
森はどんどんと深くなっていき、差し込む日差しは遮られて薄暗くなっていく。
そろそろ行き先を問うべきかと悩み始めた頃、一本の大きな木の前で陽奈美は漸くにして足を止めた。
此方を振り返ることなく、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「また…月を選ぶのですね…」
静かな声、しかしその声音には複雑な感情が込められているようだった。
その言葉に疑念が湧き上がる。
また…とはどういう意味なのだろうか、私は今回が初めての祭りであり、初めての主役のはずなのだが。
「貴方様はもう20回、その全てで月を選んでおられます」
「20回?どういう意味だろうか。私は今回が初めてのはずだ、だいたい祭りは50年に一度のはず。私が何度も経験できるはずがないだろう」
「もう、お忘れですか。仕方がありません…前回、そう燈月媛 の時に、貴方様はあまりにも深い傷を負い、その魂を失いかけておられたのですから…」
話の内容はとても理解できるものではなかったのだが、何故かはわからないが燈月媛という名前を聞いた時、胸が締め付けられるような苦しさと、身体から血の気が消えてしまったかのような脱力感を覚えた。
「祭りは、語られている表の儀式が全てではありません。明かされていない本当の儀式があることだけ…そして、契りを結ぶことが本当の儀式の下準備になっていることを…知っておいて下さい」
陽奈美がゆっくりと私の方を向いた。
私の知っている日奈美ではない女性がそこには立っていた。
いや、それは正しくはない。見た目は間違いなく私の知っている陽奈美だ。
しかし纏 っている雰囲気がいつもの、柔らかくて何処か安心する彼女のものではなかった。
どこか力強く、そして畏 れを感じる雰囲気を醸 し出している。
「貴方様が、本当に妹を…月音を大切に思ってくださっているなら、今宵どうか月音とともに、もう一度ここを訪れて下さい。必ず今宵に」
日奈美はそう言うと、深々と頭を下げた。
話はこれで終わり、そう言う意図なのだろうと思った。
今は与えられた情報があまりにも突飛で、予想もしていなかったことであったた め、私も考える時間が欲しいと思っていたし、だからこれで終わりというのは私にとっても願ったり叶ったりではある。
(一度、月音にも話すべきか、それとも話はせずただここに連れてくるべきだろうか)
陽奈美の告げた期限は今宵。
早く決断しなければならないなと、正殿に戻りながらそう思った。
翌朝、気持ちよく目覚めた私は、いつの間にか浴衣を身に着けていた月音を伴い寝室から出た所で、三指を突いた
心なしか顔色が悪く、表情も硬い。何が有ったのかと気になり声をかけてみる。
「大変恐れ多い事でございますが、主様に
真剣な表情で、私の目をまっすぐに見て言う。
その真剣な表情に否ということも出来ず、私は判ったとだけ告げる。
私の返事を受けて、陽奈美は一礼をするとその場から離れたので、私は傍らで控えていた月音に声をかけて朝餉の用意されている部屋へと向かうのだった。
しばらくの後、ゆっくりと朝餉を堪能して月音に少しの間、陽奈美と共に動くことを伝えると、私は正殿の門に向かった。
果たしてそこには巫女装束を身に着けた陽奈美が私を待っていた。
「待たせてすまなかった。用件はなんだろうか」
私の問いかけに陽奈美は目を伏せて、軽く会釈の姿勢になりながら小さな声で答える。
「ここには眼がございます。散策をするように振る舞い私に着いてきて下さい。ご案内いたしますので」
この場所では話しづらい内容の様子、私は目で了解の旨を伝えると、わざとゆっくりと歩きはじめる。
正殿の周りの風景を堪能しているかのように、視線を左右に向けつつ陽奈美の背中を見失わないように注意する。
陽奈美は一度も私を振り返ることなく、黙って歩みを進める。
正殿からどんどんと離れ、森の中へ足を踏み入れても、その速度をいささかも緩めることはなかった。
(一体何処へ向かうというのだろうか、この先は確か
森はどんどんと深くなっていき、差し込む日差しは遮られて薄暗くなっていく。
そろそろ行き先を問うべきかと悩み始めた頃、一本の大きな木の前で陽奈美は漸くにして足を止めた。
此方を振り返ることなく、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「また…月を選ぶのですね…」
静かな声、しかしその声音には複雑な感情が込められているようだった。
その言葉に疑念が湧き上がる。
また…とはどういう意味なのだろうか、私は今回が初めての祭りであり、初めての主役のはずなのだが。
「貴方様はもう20回、その全てで月を選んでおられます」
「20回?どういう意味だろうか。私は今回が初めてのはずだ、だいたい祭りは50年に一度のはず。私が何度も経験できるはずがないだろう」
「もう、お忘れですか。仕方がありません…前回、そう
話の内容はとても理解できるものではなかったのだが、何故かはわからないが燈月媛という名前を聞いた時、胸が締め付けられるような苦しさと、身体から血の気が消えてしまったかのような脱力感を覚えた。
「祭りは、語られている表の儀式が全てではありません。明かされていない本当の儀式があることだけ…そして、契りを結ぶことが本当の儀式の下準備になっていることを…知っておいて下さい」
陽奈美がゆっくりと私の方を向いた。
私の知っている日奈美ではない女性がそこには立っていた。
いや、それは正しくはない。見た目は間違いなく私の知っている陽奈美だ。
しかし
どこか力強く、そして
「貴方様が、本当に妹を…月音を大切に思ってくださっているなら、今宵どうか月音とともに、もう一度ここを訪れて下さい。必ず今宵に」
日奈美はそう言うと、深々と頭を下げた。
話はこれで終わり、そう言う意図なのだろうと思った。
今は与えられた情報があまりにも突飛で、予想もしていなかったことであったた め、私も考える時間が欲しいと思っていたし、だからこれで終わりというのは私にとっても願ったり叶ったりではある。
(一度、月音にも話すべきか、それとも話はせずただここに連れてくるべきだろうか)
陽奈美の告げた期限は今宵。
早く決断しなければならないなと、正殿に戻りながらそう思った。