第19話 守藤家
文字数 2,506文字
「とーもーはーるっ」
俺が入院してから2日目。9月も中頃
両親は父親が海外への長期出張中で、母親はそれに着いていったために、現在は俺は一人暮らしのために、見舞いに来てくれるような家族は居ない。
親しく付き合いのある親族というものも、特には居ないし少なくともすぐにこれる距離にも居ない。
学校ではそこそこの付き合いのある奴は何人かいるが、部活だデートだと忙しい中、ましてや平日に訪れてくれる奴も居らず、暇を持て余していた俺。
あまりにも暇すぎて、看護師さんに無理を言って売店で買ってきてもらったラノベを読んでいると、誰かが俺に声をかけてきた。
病室のドアの開く音にさえ気がつかないとは、よほどこの作品に没入していたのだろう。
『ヴァンズブラッド』
うん、熱い作品だなぁ。
主人公が、目的のために全てを力業で蹴散らしていく、泥臭く血なまぐさい戦闘シーン。
最近ありがちな、安易な無双で世界を自由に動き回るのではなくて、傷つき血を流しボロボロになりながらもひたすらに戦い抜く姿が、男の子心 を熱くさせる。
「ともはる?とーもーはーる!とっもっはっるっ!」
俺があまりにも本に没入していたから、反応するのを忘れていたお見舞い客 が、自分を気づかせようと大声で騒ぎ立てるので、俺は仕方なく本から顔を上げる。
「やかましい、ちゃんと聞こえてる。てかなんでお前が来るんだ」
声から誰が来たのかを容易に想像していた俺は、面倒くさそうに顔を顰めて相手を見る。
顔立ちは悪くない少女が、憤慨したように腰に手を当ててそこには立っていた。
守藤 緖美 。俺と同じ高校で、俺と同じクラス。
すなわちクラスメイト。
顔立ちは悪くないと思う。
薄く青みがかった黒髪はミディアム位の長さ、耳の下、肩の上くらいの長さで無造作に流されていて、髪と同じようにやや青みがかった黒い瞳はとても澄んでいて、その目で見つめられただけで恋に落ちた男子がいるという噂だ。
身長はやや低めなのか、小柄で華奢な体つきは、一部男子に守ってあげたくなると噂されているらしい。
ぱっちりした目ではないけれど、切れ長の割に目尻の下がった目は優しさとか柔らかさを感じさせて、友達も多いらしい。
だけど正直に言うと、俺はこの女子が苦手だ。
理由はいくつかあるが、一番大きいのは、何故か入学式で遭遇して以来、ずっと緖美 は俺につきまとい、しつこい位に告白というか、付き合えといってくるのだ。
正直にいうとウンザリしている。
顔を合わせると「付き合おうよ」とか「彼女いないんでしょ、じゃあいいじゃない」などいわれ続ける苦痛。
ましてやそれなりに……いや、訂正する。
かなり男子人気の高い彼女に、そういわれ続けるという事は、すなわち男子のヘイトをこれでもかというくらいに集めてしまうという事に他ならない。
男友達やクラスメイトには、顔を合わせるたびに「いい加減付き合ったら良いじゃん」とか「女の子にあそこまで言わせておいて、智春くんちょっと酷くない?」とかいわれ続ける側の気持ちも察していただきたい。
「緖美さんは大変お暇を持て余しておられるのですねぇ」
わざと嫌みを込めていってやる。
こいつが名家の子女らしく、様々な習い事をさせられている事は知っている。
だから遠回しに、こんな所で油を売ってるんじゃないよと言っているのだ。
「ん?私が最優先すべき事は、智春に関わる事だよ。それ以上に大切な事なんてないよ」
気のせいだろうか、緖美の目がスゥッと細められたような気がする。
何故かは解らないが、背中に冷や汗が浮かぶ。
「ね……何故私と付き合ってくれないの?私がまだ『ヒナミ』じゃないから?」
その言葉に俺は心臓を鷲掴みにされたような、そんな衝撃を受けた。
ヒナミ?そんな言葉初めて聞く、なのにこの胸を締め付ける衝動は何だ。
苦しい、辛い、切ない、だけどどこか懐かしい……そして暖かい…。
解らない、どれだけ記憶をたどっても、そんな言葉に聞き覚えはない。
「ヒナミを襲名すれば、守藤の全ては私の自由になる、そうすれば智春には好きな事を好きなだけさせてあげられる。だからね、私と付き合おう」
緖美はそう言って笑いかけてくる。
だけど俺の目に映る緖美は、何か暗く淀んだ気配を発しているように見えた。
「うーん、智春は一応は怪我人だしね、今日は大人しく帰る事にするね。あ、それとこれ差し入れというかお見舞い品だから、置いておくね。それじゃあまた来るからね。」
俺が妙な顔で緖美を見ていたからだろうか、突然そう言い、緖美は手にしていたビニール袋をベッドサイドの棚に置いて、慌ただしく病室を出て行った。
「いつも、よくわからん奴だが、今日はいつにも増して変だったな……。」
嵐のような出来事にあっけにとられた俺は、そのままゆっくりと体を横たえ天井を見上げると、先ほどからずっと引っかかっていた【ヒナミ】という言葉について考えを巡らせた。
――――――――――――――――――――――――――――
「……はい、お爺さま。ええ、やはり紫眼 でした……はい、必ず」
電話の相手にそう告げると、私は一度だけ息を吐いてスマホの終話ボタンを押した。
やはり彼だった、我々が長らく待ち望んだ主は。
守藤家が長きにわたり求め続け、けれども一度たりと叶わなかった、守藤家の因縁を解き放つ特殊な存在。
ようやく現れた。
私は今までに一度も感じた事のない興奮を覚えた。
初めてすれ違った時に感じた、あの感覚は誤りではなかった。
あの微小なサインを受け止められたのは、私が守 藤 の 女 だからだろうか。
今日たしかに確認した。
何度か心を揺さぶり、その結果ひどく微弱ではあったが彼の真っ黒な瞳の奥、わずかに光った紫色の光。
300年にも渡る時間を探し求めていた、紫眼に違いない。
(私の代で悲願を達成出来る……そして私は本当にヒナミになる……)
守藤の家で私を嘲り笑った奴らに、これで漸く立場の違いをわからせられる。
私は興奮を覚えながら、これからどのようにして彼を籠絡するかについて考え始めた。
「まっていてね……必ず貴方は手に入れるから……」
俺が入院してから2日目。9月も中頃
両親は父親が海外への長期出張中で、母親はそれに着いていったために、現在は俺は一人暮らしのために、見舞いに来てくれるような家族は居ない。
親しく付き合いのある親族というものも、特には居ないし少なくともすぐにこれる距離にも居ない。
学校ではそこそこの付き合いのある奴は何人かいるが、部活だデートだと忙しい中、ましてや平日に訪れてくれる奴も居らず、暇を持て余していた俺。
あまりにも暇すぎて、看護師さんに無理を言って売店で買ってきてもらったラノベを読んでいると、誰かが俺に声をかけてきた。
病室のドアの開く音にさえ気がつかないとは、よほどこの作品に没入していたのだろう。
『ヴァンズブラッド』
うん、熱い作品だなぁ。
主人公が、目的のために全てを力業で蹴散らしていく、泥臭く血なまぐさい戦闘シーン。
最近ありがちな、安易な無双で世界を自由に動き回るのではなくて、傷つき血を流しボロボロになりながらもひたすらに戦い抜く姿が、
「ともはる?とーもーはーる!とっもっはっるっ!」
俺があまりにも本に没入していたから、反応するのを忘れていた
「やかましい、ちゃんと聞こえてる。てかなんでお前が来るんだ」
声から誰が来たのかを容易に想像していた俺は、面倒くさそうに顔を顰めて相手を見る。
顔立ちは悪くない少女が、憤慨したように腰に手を当ててそこには立っていた。
すなわちクラスメイト。
顔立ちは悪くないと思う。
薄く青みがかった黒髪はミディアム位の長さ、耳の下、肩の上くらいの長さで無造作に流されていて、髪と同じようにやや青みがかった黒い瞳はとても澄んでいて、その目で見つめられただけで恋に落ちた男子がいるという噂だ。
身長はやや低めなのか、小柄で華奢な体つきは、一部男子に守ってあげたくなると噂されているらしい。
ぱっちりした目ではないけれど、切れ長の割に目尻の下がった目は優しさとか柔らかさを感じさせて、友達も多いらしい。
だけど正直に言うと、俺はこの女子が苦手だ。
理由はいくつかあるが、一番大きいのは、何故か入学式で遭遇して以来、ずっと
正直にいうとウンザリしている。
顔を合わせると「付き合おうよ」とか「彼女いないんでしょ、じゃあいいじゃない」などいわれ続ける苦痛。
ましてやそれなりに……いや、訂正する。
かなり男子人気の高い彼女に、そういわれ続けるという事は、すなわち男子のヘイトをこれでもかというくらいに集めてしまうという事に他ならない。
男友達やクラスメイトには、顔を合わせるたびに「いい加減付き合ったら良いじゃん」とか「女の子にあそこまで言わせておいて、智春くんちょっと酷くない?」とかいわれ続ける側の気持ちも察していただきたい。
「緖美さんは大変お暇を持て余しておられるのですねぇ」
わざと嫌みを込めていってやる。
こいつが名家の子女らしく、様々な習い事をさせられている事は知っている。
だから遠回しに、こんな所で油を売ってるんじゃないよと言っているのだ。
「ん?私が最優先すべき事は、智春に関わる事だよ。それ以上に大切な事なんてないよ」
気のせいだろうか、緖美の目がスゥッと細められたような気がする。
何故かは解らないが、背中に冷や汗が浮かぶ。
「ね……何故私と付き合ってくれないの?私がまだ『ヒナミ』じゃないから?」
その言葉に俺は心臓を鷲掴みにされたような、そんな衝撃を受けた。
ヒナミ?そんな言葉初めて聞く、なのにこの胸を締め付ける衝動は何だ。
苦しい、辛い、切ない、だけどどこか懐かしい……そして暖かい…。
解らない、どれだけ記憶をたどっても、そんな言葉に聞き覚えはない。
「ヒナミを襲名すれば、守藤の全ては私の自由になる、そうすれば智春には好きな事を好きなだけさせてあげられる。だからね、私と付き合おう」
緖美はそう言って笑いかけてくる。
だけど俺の目に映る緖美は、何か暗く淀んだ気配を発しているように見えた。
「うーん、智春は一応は怪我人だしね、今日は大人しく帰る事にするね。あ、それとこれ差し入れというかお見舞い品だから、置いておくね。それじゃあまた来るからね。」
俺が妙な顔で緖美を見ていたからだろうか、突然そう言い、緖美は手にしていたビニール袋をベッドサイドの棚に置いて、慌ただしく病室を出て行った。
「いつも、よくわからん奴だが、今日はいつにも増して変だったな……。」
嵐のような出来事にあっけにとられた俺は、そのままゆっくりと体を横たえ天井を見上げると、先ほどからずっと引っかかっていた【ヒナミ】という言葉について考えを巡らせた。
――――――――――――――――――――――――――――
「……はい、お爺さま。ええ、やはり
電話の相手にそう告げると、私は一度だけ息を吐いてスマホの終話ボタンを押した。
やはり彼だった、我々が長らく待ち望んだ主は。
守藤家が長きにわたり求め続け、けれども一度たりと叶わなかった、守藤家の因縁を解き放つ特殊な存在。
ようやく現れた。
私は今までに一度も感じた事のない興奮を覚えた。
初めてすれ違った時に感じた、あの感覚は誤りではなかった。
あの微小なサインを受け止められたのは、私が
今日たしかに確認した。
何度か心を揺さぶり、その結果ひどく微弱ではあったが彼の真っ黒な瞳の奥、わずかに光った紫色の光。
300年にも渡る時間を探し求めていた、紫眼に違いない。
(私の代で悲願を達成出来る……そして私は本当にヒナミになる……)
守藤の家で私を嘲り笑った奴らに、これで漸く立場の違いをわからせられる。
私は興奮を覚えながら、これからどのようにして彼を籠絡するかについて考え始めた。
「まっていてね……必ず貴方は手に入れるから……」