第58話 恋情か愛情か
文字数 4,371文字
陽女とのデートは彼女の希望もあって海に向かうことになった。
俺たちが住んでいる紀和県瑛願市 は海と山に恵まれた自然豊かな土地でもある。
観光になるほどの大きな山や登山客が訪れるような高い山があるわけではないが、なだらかに続く山脈は四季折々の美しさを感じさせてくれる。
そして海はといえば内湾なためか比較的波が穏やかで晴れた日にははるか遠くの陸地が見えることもあり、憩いの場として親しまれてもいる。
海と山に囲まれた……というと狭い平地の圧迫感のある土地をイメージするかもしれないが、評判のいい米を収穫できるくらいに広い平地も有しており、紀和県だけでも自給自足できる……と冗談半分に言われていたりする。
俺たちは神社から駅前に向かい、目的のバスに乗り込むと、海岸を目指した。
平日の昼間だからか、乗降客はすくなくて、車内は空席だらけだったので、俺と陽女は後ろのほうのシートに横並びで座る。
座ったとたんに陽女が、そっと手を重ねてきたのでドキッとしたが、動揺を悟られないように俺は努めて無表情を装い窓の外の景色を見ていた。
「こんな穏やかな時間……いつぶりでしょうか」
ふと懐かしむように遠くに視線を送った陽女がポツリとつぶやく。
長い歴史の中で果たすべき勤めを行い、心穏やかだった時間は少なかったのだろうかと、ふと思って陽女の横顔を見つめる。
「明日は……大変な一日になるのでしょうけれど、それでもこんな穏やかで幸せな時間が過ごせるのなら、それで十分……などと思える自分がいます。お慕いするお方と邪魔をされることなく過ごせる時間……これを幸せというのでしょうか」
重ねた手のひらに少し力を込めて、手つなぎのようにしながら陽女はそっと俺の肩に頭をのせる。
ふわりと花のような香りが彼女の髪から立ち上り俺の鼻腔をくすぐる。
彼女のふれた肩先がほんのりと温かくて、心臓が激しく脈打つのを感じて俺は再び顔を背けて窓の外を見る。
気の利いた言葉を返さなければと思うのだが、考えれば考えるほどに頭の中が真っ白になり、だけど鼓動の音だけはどんどん激しくなっていく。
「何も……仰らないでください。今は言葉はいりません。智春様から感じられる熱が、鼓動の音が……すべてを私に語ってくださいますから……、ですから大丈夫」
目を閉じて俺の方に頭をのせたまま、ささやくような小さな声で陽女はいい、少しだけ握り合っている手のひらに力を込めた。
その言葉と行動は、確かに万言を尽くすより雄弁に、そして詳細に陽女が俺に対して抱いてくれている想いを俺に伝えてくれているようで、俺はうれしい気持ちになるとともに、形の無い何か重いものが胃に落ちていくような感覚を覚える。
なぜそう思うのか……という問いに対しての答えは自分ではわかっている。
わかっているけれど、それを開示するのは今じゃないということも分かっている。
だから俺は、今のこの時間を最高のものにしようとだけ強く思った。
バスに揺られること20分余。
海岸からほど近い停留所にバスが止まり、俺と陽女はバスから降りた。
降りたのは俺と陽女だけだった。
季節は冬。
海風が寒さを際立たせるようなこの時期に、この場所を訪れる人など多くはない。
ましてや今日は平日の午前。
俺と陽女はどちらからともなくゆっくりと砂浜を歩き始める。
自然とその手は繋がれていた。
風が冷たくて、だからこそ余計に繋いだ手のぬくもりが強く感じられた。
陽女は何も言葉を発することなく、少し目を細めて寄せては返す小さな波を見つめていた。
「すべての生命は海から来て、海へ帰るとかいいますね。……この波の音を聞いていると不思議と安らいできます。これは私達が海から来て海へ帰る存在だからでしょうか」
「陽女は難しいことを聞いてくるな。哲学者でもないし俺にはそんなことはわからない。……けど、今がすごく安らぐ時間だってことはわかるよ」
恥ずかしさで頬が薄っすらと熱を持つのを感じて、俺は陽女を見ないようにしながら海を眺める。
無意識に繋いだ手に熱と力がこもる。
それは微かだけど確かに、俺と陽女の心のつながりが強くなった証のように感じられた。
「……私も美月も……そして咲耶さまも……、同じなのかもしれませんね」
不意にポツリと陽女が呟く。
「いつから始まったものかも分ら無い、昔から続く思いを今でも抱き続けてそれを智春さまへと向けている。でもその想いは……兼朋さまへの? 朋胤さまへの? それとも智春様へのものなのか……明確に答えることなんてできない」
不意に手が解ける。
陽女の葛藤と苦悩がそうさせたのか。
その行為は俺と陽女の心が急に途絶えたかのような錯覚を俺に覚えさせて、俺はとても頼りないような寂しいような感覚に襲われて無意識に陽女に向かって手を伸ばしかける。
だけど陽女はそういう意図で俺の手をほどいたわけではなかった。
少し遠慮気味に、だけどしっかりと陽女は俺の方へ向かって一歩踏み出して、その体を俺の身体に預けるようにしてきた。
そして躊躇いがちに俺の背中へをその細い腕を回して、力を込めてくる。
「私も……彼女たちも、その思いは誰へ向けたものなのか、恐らく解っていない。だけども確実に私達は智春さまに惹かれ、求めている。本当に心は曖昧でままならないものですね……こんなことをしている場合じゃないと頭では解っているのに、この甘美な時間をなくすことはできないのですから。本当に私は愚かな女になってしまいました」
独白するようにそういいながら陽女は背中に回した腕に、ひときわ力を込めてくる。
彼女のふくよかで柔らかい女性らしい弾力と熱が俺にも伝わってくる。
「智春さま……好きです。貴方さまをお慕いしております。たとえ貴方さまに心に決めた相手がいたとしても、それでも私はやはり今世でも諦めることができないのです」
涙混じりの声で必死にそういい、陽女は俺を見上げる。
そしてその目がそっと閉じられた。
俺もそこまで朴念仁ではないから、彼女の思いの一欠片でもすくい取りたいと、優しく唇を重ねた。
それは激しい高ぶりをぶつけ合うようなキスではなくて、そっと優しく唇を触れ合わせるだけのキス。
だけども、だからこそ俺も陽女も幸せな気持ちと安らぐ感覚を覚えていた。
俺と陽女二人だ唇を重ねている後ろで、規則ただしく繰り返す波音が聞こえる。
「やっと……言えました。思いはずっと抱いていたけれど……言葉にして伝えられたのは初めてのこと」
どのくらいそうしていたのかわからないが、やがてどちらからともなくゆっくりと唇を離す。
そんな俺を熱を帯びた瞳で見つめながら吐息混じりに陽女が言った。
「今まで胸の奥底に秘めて、けっして表にすることができなかったこの気持ちを、初めて言葉でお伝えできました……」
目尻に涙を浮かべて陽女は微笑んだ。
そして小さな声でうれしいと言った。
そんな陽女の一途で健気な思いを感じ取り、俺は自分から強く陽女を抱きしめた。
予想外の俺の行動に陽女は驚き、一瞬身体を固くしたけれどすぐに力を抜いて、その身を俺に預けてくれる。
出会う順番……出会うタイミング、出会う状況。
そのどれがだめだったのだろうかとふと思う。
陽女は俺のことを愛していて、俺も陽女を大切にそして愛おしく思っているのに、なぜ俺は違う答えを持っているのだろう。
「本当に……心は……気持ちは己の意志でどうにもならなくて、ままならないものだな……」
きつく陽女を抱きしめながら、俺は思わず心情を吐露してしまう。
いくら考えても出した答えを心が否定する。
そんな矛盾した気持ちを、俺はずっと抱えている。
「ね……智春さま。確かに恋は叶うことが幸せなのかもしれません。でもね……思いを告げることができる幸せというのもあるのです。私は今までこの思いを伝える機会さえなかった。だから今は幸せなのです。私はようやく思いを伝えることができて、智春さまはそれを拒絶することなく受け止めてくれた。そしてこうして抱きしめてもらうこともできた。これは幸せなことなんですよ」
その言葉が偽りでないことを証明するかのように、陽女は朗らかに笑った。
本当に幸せそうに、心の底から幸せを感じているように笑った。
●〇●〇●〇●〇●
「ねえ……」
二人の邪魔をしないように、けれども交代時間のロスを減らすため。
そういう理由であとを付いてきていた二人は、それでも可能な限り邪魔をしないために少し離れた堤防に腰を下ろしていた。
「なに……かしら」
遠目に寄り添う二人を見つめ、すこし心が波立ってしまっていた美月は、刺々しい口調で咲耶に答える。
「あらら……相変わらず月は素直すぎるわね。……そして陽はいいコすぎた……」
ため息混じりにそう呟いて、咲耶は手にしていた缶コーヒーを煽る。
「私達ってさ……ほんとに似てるよね……」
コーヒーを飲み干したのか、手持ち無沙汰げにその缶を手でもて遊びながら咲耶。
「似てるわけ……って、以前のあなた相手なら言っていたけど……そうね、今のあなたと私達は似ている……かもね」
「一途に直向に、智春が好きで……でもその感情の根源がなにかに迷ってしまって……そんな堂々巡りの考えの中で葛藤しながらでも彼への気持ちを抑えることなんてできない。そっくりじゃない?」
美月を見つめて子供のようにニカッと笑う咲耶。
「この気持ちが……兼朋さまへのものなのか、朋胤さまへのものなのか、それをただ引きずっていて智春さまをお慕いしているのか……今でも迷う。そして答えは出てない……。でも……でもね、それでも私は智春さまが……智春さまを愛している。だから……明日どうなるかわからないなら……この思いを伝えたいわかって欲しい、そう思う」
「そっか……」
美月の真摯な思いの発露に、咲耶は朗らかに笑いそっと手を美月の頭に伸ばす。
そしてその髪を優しく撫でながら言葉を続ける。
「私もね……この気持ちが陽奈美のものなのか、守藤の目的のための刷り込みなのかって迷うし、疑ってしまったときもある。でもさ心って完全に把握できるものじゃないの……たとえ本人であっても。だからね私もあなたも、そして陽女も……いま感じている気持ちに心に素直になればいいんだと、彼はそれを受け入れてくれると……そう思う。」
そこまで言うと撫でていた髪から手を離して、咲耶はゆっくりと立ち上がる。
「私達が惚れた男はさ……それを理解して、受け入れてくれるだけの器が有る。そう思わない?」
立ち上がり美月に向かってもう一度笑顔を向けると、咲耶はそういった。
潮騒の音が途切れることなく二人を包んでいる。
いつの間にか太陽が真上に差し掛かり美月と咲耶を優しく照らしていた。
俺たちが住んでいる
観光になるほどの大きな山や登山客が訪れるような高い山があるわけではないが、なだらかに続く山脈は四季折々の美しさを感じさせてくれる。
そして海はといえば内湾なためか比較的波が穏やかで晴れた日にははるか遠くの陸地が見えることもあり、憩いの場として親しまれてもいる。
海と山に囲まれた……というと狭い平地の圧迫感のある土地をイメージするかもしれないが、評判のいい米を収穫できるくらいに広い平地も有しており、紀和県だけでも自給自足できる……と冗談半分に言われていたりする。
俺たちは神社から駅前に向かい、目的のバスに乗り込むと、海岸を目指した。
平日の昼間だからか、乗降客はすくなくて、車内は空席だらけだったので、俺と陽女は後ろのほうのシートに横並びで座る。
座ったとたんに陽女が、そっと手を重ねてきたのでドキッとしたが、動揺を悟られないように俺は努めて無表情を装い窓の外の景色を見ていた。
「こんな穏やかな時間……いつぶりでしょうか」
ふと懐かしむように遠くに視線を送った陽女がポツリとつぶやく。
長い歴史の中で果たすべき勤めを行い、心穏やかだった時間は少なかったのだろうかと、ふと思って陽女の横顔を見つめる。
「明日は……大変な一日になるのでしょうけれど、それでもこんな穏やかで幸せな時間が過ごせるのなら、それで十分……などと思える自分がいます。お慕いするお方と邪魔をされることなく過ごせる時間……これを幸せというのでしょうか」
重ねた手のひらに少し力を込めて、手つなぎのようにしながら陽女はそっと俺の肩に頭をのせる。
ふわりと花のような香りが彼女の髪から立ち上り俺の鼻腔をくすぐる。
彼女のふれた肩先がほんのりと温かくて、心臓が激しく脈打つのを感じて俺は再び顔を背けて窓の外を見る。
気の利いた言葉を返さなければと思うのだが、考えれば考えるほどに頭の中が真っ白になり、だけど鼓動の音だけはどんどん激しくなっていく。
「何も……仰らないでください。今は言葉はいりません。智春様から感じられる熱が、鼓動の音が……すべてを私に語ってくださいますから……、ですから大丈夫」
目を閉じて俺の方に頭をのせたまま、ささやくような小さな声で陽女はいい、少しだけ握り合っている手のひらに力を込めた。
その言葉と行動は、確かに万言を尽くすより雄弁に、そして詳細に陽女が俺に対して抱いてくれている想いを俺に伝えてくれているようで、俺はうれしい気持ちになるとともに、形の無い何か重いものが胃に落ちていくような感覚を覚える。
なぜそう思うのか……という問いに対しての答えは自分ではわかっている。
わかっているけれど、それを開示するのは今じゃないということも分かっている。
だから俺は、今のこの時間を最高のものにしようとだけ強く思った。
バスに揺られること20分余。
海岸からほど近い停留所にバスが止まり、俺と陽女はバスから降りた。
降りたのは俺と陽女だけだった。
季節は冬。
海風が寒さを際立たせるようなこの時期に、この場所を訪れる人など多くはない。
ましてや今日は平日の午前。
俺と陽女はどちらからともなくゆっくりと砂浜を歩き始める。
自然とその手は繋がれていた。
風が冷たくて、だからこそ余計に繋いだ手のぬくもりが強く感じられた。
陽女は何も言葉を発することなく、少し目を細めて寄せては返す小さな波を見つめていた。
「すべての生命は海から来て、海へ帰るとかいいますね。……この波の音を聞いていると不思議と安らいできます。これは私達が海から来て海へ帰る存在だからでしょうか」
「陽女は難しいことを聞いてくるな。哲学者でもないし俺にはそんなことはわからない。……けど、今がすごく安らぐ時間だってことはわかるよ」
恥ずかしさで頬が薄っすらと熱を持つのを感じて、俺は陽女を見ないようにしながら海を眺める。
無意識に繋いだ手に熱と力がこもる。
それは微かだけど確かに、俺と陽女の心のつながりが強くなった証のように感じられた。
「……私も美月も……そして咲耶さまも……、同じなのかもしれませんね」
不意にポツリと陽女が呟く。
「いつから始まったものかも分ら無い、昔から続く思いを今でも抱き続けてそれを智春さまへと向けている。でもその想いは……兼朋さまへの? 朋胤さまへの? それとも智春様へのものなのか……明確に答えることなんてできない」
不意に手が解ける。
陽女の葛藤と苦悩がそうさせたのか。
その行為は俺と陽女の心が急に途絶えたかのような錯覚を俺に覚えさせて、俺はとても頼りないような寂しいような感覚に襲われて無意識に陽女に向かって手を伸ばしかける。
だけど陽女はそういう意図で俺の手をほどいたわけではなかった。
少し遠慮気味に、だけどしっかりと陽女は俺の方へ向かって一歩踏み出して、その体を俺の身体に預けるようにしてきた。
そして躊躇いがちに俺の背中へをその細い腕を回して、力を込めてくる。
「私も……彼女たちも、その思いは誰へ向けたものなのか、恐らく解っていない。だけども確実に私達は智春さまに惹かれ、求めている。本当に心は曖昧でままならないものですね……こんなことをしている場合じゃないと頭では解っているのに、この甘美な時間をなくすことはできないのですから。本当に私は愚かな女になってしまいました」
独白するようにそういいながら陽女は背中に回した腕に、ひときわ力を込めてくる。
彼女のふくよかで柔らかい女性らしい弾力と熱が俺にも伝わってくる。
「智春さま……好きです。貴方さまをお慕いしております。たとえ貴方さまに心に決めた相手がいたとしても、それでも私はやはり今世でも諦めることができないのです」
涙混じりの声で必死にそういい、陽女は俺を見上げる。
そしてその目がそっと閉じられた。
俺もそこまで朴念仁ではないから、彼女の思いの一欠片でもすくい取りたいと、優しく唇を重ねた。
それは激しい高ぶりをぶつけ合うようなキスではなくて、そっと優しく唇を触れ合わせるだけのキス。
だけども、だからこそ俺も陽女も幸せな気持ちと安らぐ感覚を覚えていた。
俺と陽女二人だ唇を重ねている後ろで、規則ただしく繰り返す波音が聞こえる。
「やっと……言えました。思いはずっと抱いていたけれど……言葉にして伝えられたのは初めてのこと」
どのくらいそうしていたのかわからないが、やがてどちらからともなくゆっくりと唇を離す。
そんな俺を熱を帯びた瞳で見つめながら吐息混じりに陽女が言った。
「今まで胸の奥底に秘めて、けっして表にすることができなかったこの気持ちを、初めて言葉でお伝えできました……」
目尻に涙を浮かべて陽女は微笑んだ。
そして小さな声でうれしいと言った。
そんな陽女の一途で健気な思いを感じ取り、俺は自分から強く陽女を抱きしめた。
予想外の俺の行動に陽女は驚き、一瞬身体を固くしたけれどすぐに力を抜いて、その身を俺に預けてくれる。
出会う順番……出会うタイミング、出会う状況。
そのどれがだめだったのだろうかとふと思う。
陽女は俺のことを愛していて、俺も陽女を大切にそして愛おしく思っているのに、なぜ俺は違う答えを持っているのだろう。
「本当に……心は……気持ちは己の意志でどうにもならなくて、ままならないものだな……」
きつく陽女を抱きしめながら、俺は思わず心情を吐露してしまう。
いくら考えても出した答えを心が否定する。
そんな矛盾した気持ちを、俺はずっと抱えている。
「ね……智春さま。確かに恋は叶うことが幸せなのかもしれません。でもね……思いを告げることができる幸せというのもあるのです。私は今までこの思いを伝える機会さえなかった。だから今は幸せなのです。私はようやく思いを伝えることができて、智春さまはそれを拒絶することなく受け止めてくれた。そしてこうして抱きしめてもらうこともできた。これは幸せなことなんですよ」
その言葉が偽りでないことを証明するかのように、陽女は朗らかに笑った。
本当に幸せそうに、心の底から幸せを感じているように笑った。
●〇●〇●〇●〇●
「ねえ……」
二人の邪魔をしないように、けれども交代時間のロスを減らすため。
そういう理由であとを付いてきていた二人は、それでも可能な限り邪魔をしないために少し離れた堤防に腰を下ろしていた。
「なに……かしら」
遠目に寄り添う二人を見つめ、すこし心が波立ってしまっていた美月は、刺々しい口調で咲耶に答える。
「あらら……相変わらず月は素直すぎるわね。……そして陽はいいコすぎた……」
ため息混じりにそう呟いて、咲耶は手にしていた缶コーヒーを煽る。
「私達ってさ……ほんとに似てるよね……」
コーヒーを飲み干したのか、手持ち無沙汰げにその缶を手でもて遊びながら咲耶。
「似てるわけ……って、以前のあなた相手なら言っていたけど……そうね、今のあなたと私達は似ている……かもね」
「一途に直向に、智春が好きで……でもその感情の根源がなにかに迷ってしまって……そんな堂々巡りの考えの中で葛藤しながらでも彼への気持ちを抑えることなんてできない。そっくりじゃない?」
美月を見つめて子供のようにニカッと笑う咲耶。
「この気持ちが……兼朋さまへのものなのか、朋胤さまへのものなのか、それをただ引きずっていて智春さまをお慕いしているのか……今でも迷う。そして答えは出てない……。でも……でもね、それでも私は智春さまが……智春さまを愛している。だから……明日どうなるかわからないなら……この思いを伝えたいわかって欲しい、そう思う」
「そっか……」
美月の真摯な思いの発露に、咲耶は朗らかに笑いそっと手を美月の頭に伸ばす。
そしてその髪を優しく撫でながら言葉を続ける。
「私もね……この気持ちが陽奈美のものなのか、守藤の目的のための刷り込みなのかって迷うし、疑ってしまったときもある。でもさ心って完全に把握できるものじゃないの……たとえ本人であっても。だからね私もあなたも、そして陽女も……いま感じている気持ちに心に素直になればいいんだと、彼はそれを受け入れてくれると……そう思う。」
そこまで言うと撫でていた髪から手を離して、咲耶はゆっくりと立ち上がる。
「私達が惚れた男はさ……それを理解して、受け入れてくれるだけの器が有る。そう思わない?」
立ち上がり美月に向かってもう一度笑顔を向けると、咲耶はそういった。
潮騒の音が途切れることなく二人を包んでいる。
いつの間にか太陽が真上に差し掛かり美月と咲耶を優しく照らしていた。