愚痴ろう、酩酊の夜

文字数 2,978文字

 今宵も私は一人でカウンターに座っていた。耳に心地よい音楽が流れ、ほろ酔い気分で酒を啜っていた。
「おかわりいかがですか?」
 ママさんが笑顔で声を掛けてくれた。そうだ、もう一杯ずつ頼もうと思っていたところだ。

「じゃあ、ビールで。そして角ハイボールも」
「かしこまりました」

 そうして二つの酒器が私の前に置かれた。かぐわしい匂いに酔いしれながら、静かに一口づつ味わっていく。

「ふう……」
 一仕事終えての晩酌は、なんとも贅沢な時間だ。ゆっくりと呼吸を整え、五感に酒の味を染み渡らせる。こうしてストレス解消できるなんて、幸せなことだ。

「やあ、一人で呑んでいるのかい?」
 横からの声に気づいてはっとした。私の隣の席に中年の男性が座っていた。

「ああ……はい、ちょっと一人呑みを楽しんでおりまして」
「そうかそうか。悪い、邪魔したかな?」
 男性は笑みを浮かべながら、私の顔を伺っていた。

「いえ、別に構いません。むしろ、一緒に呑めば楽しいかもしれませんね」
 こう言って私は微笑み返した。一人よりも二人、きっと酒が進むはずだ。

「ありがたい。それではご一緒させてもらおうかな」
 そう言うと男性は、元気よくママさんを呼んだ。

「お姉さん! ビールとハイボールで頼む。最初は控えめに行くとするか」
「かしこまりました!」
 ママさんも慣れた様子で二つのグラスを用意し始めた。

 やがて酒が運ばれてくると、私たちはグラスを合わせ、乾杯の声を上げた。
 そして談笑を交えながら、ゆっくりと飲み始めた。

 酒が進むにつれ、私たちの会話も弾んできた。

「そういえば、あなたはどんな仕事をいるんだい?」
 隣の男性が訊いた。仕事の話になると、つい熱くなってしまう私だ。

「私は広告代理店で働いているんですよ。新しいキャンペーンの企画立案が主な仕事なんです」
「ほう、なかなか大変そうだ。クリエイティブな仕事は想像力も必要だろうし」
「ええ、頭を悩ませる毎日ですが、逆に言えばやりがいもあります。新しいアイデアを出し続けるのが楽しいんですよ」

 男性は頷きながら、私の話に耳を傾けていた。それから自身の仕事を語り始めた。

「俺は貿易商を営んでいてね。海外からいろんな品物を仕入れて、国内の企業に卸す仕事さ。体力的にはきついけど、いろんな人と出会えるのが醍醐味だよ」

 そう言って、グラスを空けた。まだ早い時間ではあったが、それでも私たちはもう三杯目に突入していた。

「ははは、お疲れ様です。それは大変そうですね」
 私も笑いながら、自分のグラスを啜った。

「ところで、呑みにきているということは、きっとストレスが溜まっているんだろう?」
 男性がちらりと私を見た。

「ええ、なかなか厳しい仕事なものですから。でも、このように呑んでストレス解消できれば、また頑張れますよ」
「なるほどなるほど。それが一番大事なことかもしれないな」
 そう言いながら男性は、カウンターを手で叩いてママさんを呼んだ。

「お姉さん! 今夜はずっと呑むつもりだ。おつまみもたくさん出してくれ!」
「かしこまりました!」
 ママさんはにこやかに頷いて厨房に向かった。やがて、さまざまなおつまみがテーブルに並び始めた。

「さあ、もう一杯やろう! これからゆっくり呑めそうだ」
 男性が私に勧めた。確かにストレス発散が必要だ。私もグラスを掲げて応じた。
「はい、もう一度乾杯といきましょう!」
 その後、私たちはおつまみをつつきながら、ますます盛り上がっていった。

「そうそう、さっきの話なんだけどさ。今、一番のストレスってのは、役員から無理難題ばかり押し付けられることなんだよね」
 男性が苦笑しながら語った。

「ほんとですか。私の場合は、クライアントの無茶な要求に振り回されるのがツラいですね。予算オーバーになりそうでも文句ばかり」
 私も同意してうなずいた。

「おっしゃるとおり。そういう上から目線の奴らが一番うざいよな」
 男性はストレートにこぼした。お酒の力かもしれないが、なんとなく開放的になれた気がした。

「でも、そういう奴らに負けちゃならないですよ。こうして呑んで発散するのが一番ですからね」
 私も積極的に同調した。こうしてストレス発散できるなんて、まさに酒に救われているようなものだ。

「そうだそうだ! じゃあ、また一杯行くか!」
 男性が元気よくグラスを掲げた。私もすかさずグラスを合わせた。
「かしこまりました! 乾杯でございます!」
 そうしてカランカランと何度も乾杯の音が響いた。私たちの気持ちが高ぶるのと同時に、お酒の味も一層美味しく感じられた。

 そのまま談笑を重ね、私たちはあっという間に7、8杯と重ねていった。体の芯から温かくなり、頬は赤らんでいった。

「ふう……最高の一夜だね」
 男性がくしゃくしゃになった頬を掻きながら言った。
「ええ、素晴らしい夜です」
 私もにっこりと頷いた。そしてふと、時計を見ると午前様になっていた。

「おやおや、かなり遅くなりましたね。そろそろ閉店ですかな?」
「ああ、そうだろうな……」

 男性が大きく伸びをした後、ママさんを呼んだ。
「お姉さん! 会計を済ませるからよろしく頼む!」
「かしこまりました!」

 会計を済ませようとしたその時、ドアが勢いよく開いた。

「おっ、父ちゃん、ここにいたのか!」
 入ってきたのは、男性の息子らしき青年だった。しかし、よく見ると着ているのは作業着で、汗びっしょりだ。

「お前!? なんでそんな汚い格好でここに……」
「実はさっき職場で大変なことになってね。機械が突然故障して、みんなで今までかかって修理していたんだ」
 青年は疲れた様子で言った。男性は目を丸くして聞いていた。

「そうだったのか……」
「で、ようやく修理が済んで、帰る途中で店にいる父ちゃんを見つけたから来たんだ」
「ほう、なるほど……」
 男性は複雑な表情で私を見つめた。その目には、あることに気づいたような光があった。

「おい息子よ。さっきから俺はこの人といっしょに呑んでいてな……」
「そうなんだ。で、会計は済ませたのか?」
「え? ああ、そうそう! ママさん、会計お願い」
 ママさんがレジに向かうと、男性はしれっと私に耳打ちした。

「なあ、実はさっきから喋っていた内容、あれ、全部嘘だっんだ」
「!?」
 私は驚いた。しかし、今更否定しても遅い。こうして嘘の世界に引きずり込まれてしまった後では。
「はは……見事に騙されたなっ」
 男性は得意げに笑った。確かにこの夜の出来事は、全てが嘘と本当が入り混じった奇妙なものだった。

 ママさんが会計金額を告げると、男性は私の会計分まで支払った。そして私に向き直り、意味ありげに言った。
「本当はあんた、何も仕事はしていないんだろう? ただ、人生が嘘くさくてつまらないだけなんじゃないか? それでこうして酒に酔い、嘘の人生を楽しんでいるだけだろ?」

 その言葉に私は思わず黙ってしまった。

「じゃあまたいつか嘘を言い合おう。今夜は楽しかったよ、ちょっとしたお仲間さん!」
 そう言うと、親子揃って外に出て行った。私は一人残され、ただ溜め息を付くばかりだった。

 嘘にまみれた、でっかい嘘の夜だった。しかし、それが本当に嘘であったかどうかは、もはや誰にも分からなかった。


(使用AI:Claude 3 Sonnet)


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