[7]◇優しさの向こう側
文字数 5,401文字
「やっぱりそうなのかなぁ? と言ってもアタシじゃ何にも出来なかったし~」
「え?」
首を正面に戻す。見下ろした先で、ネイが神妙な顔を俯かせていた。
「多分だけど、ポーは誘拐されちゃったみたいだねー」
「ええ?」
──誘拐!?
「ポーはさ~クウたんの『ツール』を探しに行ったんだと思うんだ。だから、ね? ほら、クウたん狙われてる訳じゃん?」
「あ……」
『ツール』が手に入らなければ、クウヤは『上』に行くことは出来ない。この『エレメント』を狙う
「お、俺もっ!」
クウヤはいきなり立ち上がった。メリルが飛び出していった透明扉に慌てて駆け寄るが、何故だか鍵が掛かったように閉ざされてビクともしなかった。
「ダメだよ、クウたん」
「え!?」
ドアノブを引っ張ったまま背後のネイに目をやれば、椅子に腰掛けたまま小さな身体を振り向かせていた。ついでに意地悪そうな笑顔も向けて。
「クウたんはココにいないとダメ~ってメリたんが言ったでしょ!」
「そんなこと言ったか!?」
しつこく扉を引っ張るクウヤ。ネイは困ったようにポリポリと髪を掻き、
「言ってないかもしれないけど! アタシにメリたんがクウたんを「守ってー」って言ったのはそういうことでしょー?」
諦めさせるようにほんの少しばかりノブに電流を流した。
「いでっ!」
あの監視用
「分かってるけど! 探すのに人手は多い方がいいだろ? 俺の所為で誘拐されたんなら、尚更此処で落ち着いてろって言われてもいられるかよっ! いいから早くそこ開けろ! んで『ムーン・ボード』があるなら貸してくれ。それとポーとやらの写真もだっ」
「ありゃ~意外に熱血漢」
扉を指さしてまくしたてるクウヤに、ネイは両腕を広げておどけてみせた。
「大丈夫だよーメリたんがちゃんと見つけて助け出してくれるから」
「ああ? 何でそんな分かったようなこと言えるんだよ?」
「分かってるからだよーポーがちゃんと生きてることも、メリたんが必ず救出してくれるのも。だからまぁまぁ落ち着いて」
ネイは自信満々のウィンクを一つ、元の席に着けと言い、クウヤは渋々腰を降ろした。
「メリたんはポーの居場所が分かる「技」を持ってるから心配ないない! それよりさ~クウたん、そろそろメリたんのことが知りたいでしょ?」
どうしてこんなに悠長にしていられるのか。まだまだ噛みつきたい気分は抜けなかったが、ネイが気持ちを切り替えるように提供してきた話題は、クウヤにとってそれなりに魅力的だった。
「そ、そりゃあ……現状俺はあいつがいなけりゃ何も出来ない状態だからな。知っておく必要はあるだろう」
「なに真面目ぶっちゃってんのさ~もう回りくどいなぁ、本当は惚れちゃってるくせにー」
ネイの幼い顔にまたあのいやらしい眼差しが戻ってきて、その眼とその台詞にクウヤは身を乗り出さずにはいられなかった。
「ふざけんなっ、何で俺がアンドロイドなんかに惚れなきゃいけない!?」
「ココに来るまで人間だって思ってたくせに~」
そう突っ込まれたら反論出来ない立場ではあるのだが、幾らあれ程の美貌とスタイルを持つとはいえ、あの冷酷無比な目つきに惚れることはないだろうと、乾いた笑いが溢れ出た。
「メリルとネイはいつ造られたんだ?」
それでも知りたい情報は幾つもあった。クウヤはネイの申し出に便乗して、まず一つ目の質問を投げた。
「アタシは『ムーン・シールド』に覆われる前からだから、もう四十七年も前だよ。メリたんは六年前」
「お前、意外とオバサンなんだな」
「オバサンって言うなー!」
クウヤのニタニタ笑いにネイは眉を吊り上げた。
「もちろんアタシは元々普通のコンピュータだったんだよ。でも『ムーン・シールド』発明後の技術革新は目覚ましかったからね。実際アタシの中枢はこのホテルの地下にあるんだけど、末端部を人型に改良して、こうして自由に歩き回れるようにしてくれたの。でもそうなれたのはまだ十年くらい前のことかな、それにさすがにホテルの外までは行けないけどね」
「ふうん……じゃあネイは、マザー・コンピュータのお使いアンドロイドってことか?」
「もうっ、もう少しマシな言葉選んでよね~お使いって何さーアタシはマザー・コンピュータそのものだし、この身体はマザーの手足!」
「やっぱりお使いじゃねぇか」
ああ言えばこう言うんだから~と、ネイはとうとうそっぽを向いてしまった。
「ああ……でもアタシはアンドロイドじゃないよ」
「え?」
戻ってきたネイの視線を、クウヤは意外そうに受け止めた。
「アタシの身体は頭と胴体と手足の塊をくっつけただけの、ほぼハリボテだから。そこにホログラムを投影してるだけなの。昔はお粗末なアンドロイドっぽいロボットだった時期もあるけどさ、こっちの方が断然人間らしく見えるから」
「ホログラム……」
クウヤはあの啓太が差し出した、スーツを投影するペンライトを思い出した。確かにあれ程のリアリティが作れるのだから、目の前のネイが同じ方式で出来ていてもおかしくはない。
「じゃあ……メリルもなのか?」
あいつも映像だとしたら──けれどクウヤは心の隅で、何故だか出来ればそうであってほしくないと願っていた。
「メリたんはちゃんとアンドロイドだよ。多少ホログラムにも頼ってるけどね」
「頼ってる?」
ネイの不思議な回答に、その台詞を繰り返す。
「手首とか足首とか、メリたんの関節は外すことが出来るんだけど、その継ぎ目が分からないように見せてるのはホログラムなの。メリたんが六年前に造られたのに最新型って呼ばれるのはその部分。あれのお陰で普通にしてたら、メリたんはまずアンドロイドだと思われないもんね」
「なる……ほど……」
メリルが自分の手首を手渡した時を思い返し、その感心がクウヤの言葉を途切れさせた。
「このホログラムって視覚だけでなく、脳からの信号を上手くキャッチして映像化してるんだよ。それを見ている相手の脳にも直接アプローチして、造られた映像をまるで本物みたいに見せてるんだ。だから使ってる本人が思い込めば思い込むほど、よりリアルに再現されるの。アタシやメリたんは元々そういうプログラミングがされてるから、まず映像がブレることはないけど、人間が使う場合には相当な努力が必要な筈だよ。だから──」
「──だから、今まで商品化されなかったって訳だ」
その刹那答えが導き出され、「繋がった!」という興奮がネイの続きを遮った。
「もしかして人体用にも商品化されたの?」
クウヤの言葉がネイにも新たな答えを導かせる。
「ああ。メリルに会った『グランド・ムーン』で俺の知り合いが試作品を持っていた。まぁ試作品だからまだ売り出されていないかもしれないけど、その内ちまたでも見かけるようになるんじゃないか?」
「人間でも使えるようになっちゃうと、それこそ何が本物で何が偽物だか分からなくなっちゃうねー」
確かに──ネイの意見に、クウヤはつい苦笑いをした。
だがそれも上手く使えば、自分にとって有益であることにも気付かされた。この鎖骨下の『エレメント』を欲しがる組織やら何やらから、隠すためには良い道具かもしれない。
──あ、いや……腸を引っ張り出してまで探すつもりの
やはり苦笑いしか出てこない自分のちんけなアイディアに、ガッカリせざるを得ないクウヤだった。
「どう造られてるかは何となく分かったけどさ、ネイは何で小さな子供で、メリルはあんなに色っぽいねえちゃんなんだ?」
次の質問に移行した頃には、既にリクライニングチェアの若者達も、応接で食後をまどろんでいたメンバーも、自室や夜のカオサンへ消えていた。
「アタシは単にポーの趣味かな? ポーには病気で亡くなった奥さんとの間に子供が出来なかったから、そういう対象が欲しかったんじゃない? メリたんの場合は基本警護用アンドロイドだから、情報収集のためのハニートラップとかを仕掛ける必要も兼ねてるらしいよ? まぁそれを命じられたことはまだないらしいけど」
「ハニートラップ!? あのおっかない能面でか?」
思わず笑いが込み上げていた。どう考えても冷酷極まりないあの表情で、甘えて枕営業なんて出来るとは思えなかった。いや……その前にどんな表情でも枕営業自体が出来ないだろう、アンドロイドなのだから。
「メリたんは成長型アンドロイドなんだよ。だからその内には普通に笑えるようになると思うよ? クウたんは何でも短絡的過ぎ! もうちょっと何事も良く噛み砕かないとねー」
「わーるかったな! 単細胞で!!」
以前誰かに同じようなことを言われた記憶がよみがえり、にわかに腹の中をグツグツと煮え立たせた。が、その裏側でクウヤは思う。それをいつ誰が言ったのか? そして六年も前に造られたメリルが、何故まだまともな笑顔を作れないのか? もちろんネイのように昔は表情のないロボットだった可能性は否めないが。
「人間だってアンドロイドだって、見た目で判断しちゃダメだって。メリたんが優しいの、まだ気付かないの?」
「えぇ?」
──メリルが優しい?
「メリたんから概要聞いただけだから、そこから推理しただけだけどさー、メリたんがマーケットでずーっとクウたんが狙われてることを言わなかったのは、クウたんが不安に思って楽しく買い物出来なくなるのを回避してあげたかったからでしょ?」
ネイの見解にクウヤは納得しつつも少し違和感を覚えた。アンドロイドの存在を知らなかったクウヤではあるが、ロボットと呼ばれるいわゆる人間をアシストする「機械の塊」は常に周りにひしめいている。それらはまがりなりにも掲げられた「ロボット工学三原則」にのっとり活動をしているのだから、アンドロイドでさえその括りの中にある筈だ。
「ロボット工学三原則」とは、簡単に言えば「人間への安全性・命令への服従・自己防衛」という三つの目的を意味するが、これが実は随分と曖昧だったりする。であるからメリルがクウヤに事実を明かさなかったのも、その内の「人間への安全性」には含まれなかったのか? だとすれば──だが、そうであるともないとも微妙なところだと思われた。
「んなのプログラミングでどうにでもなるんじゃないか? もう対話型のAIロボットが出来て何十年経つっていうんだよ?」
クウヤの反論にネイは思わせぶりな笑顔でフフフと笑った。
「まぁそれをどう取るかはクウたん次第かなー。もう一つメリたんがやってた優しい行為は、メリたんの秘密に繋がるから言わないけど、成長型っていうのがどういうことなのかはきっとこれから分かると思うよ?」
「何だよ、もったいぶって。それに秘密って何だ!?」
ネイは「どっちもそのうち分かるって~」とはぐらかし、もう一度笑ってみせた。
「ついでに話すとメリたんの語録プログラムは、かなり前にメイド仕様の物を入れられたまんまだから、あんなに礼儀正しかったりするんだよねー。まぁ警護以外の業務はお屋敷内でのメイドロボット同然だから、理にかなってるって言えばそうなのだけど」
「はぁ……」
警護用にメイド用とは随分間の抜けた感じもした。クウヤ自身も間抜けな返事をし、昔なら星々が煌めく筈の白けた夜空を再び見上げた。
「なぁ、メリルの主人て何者だ?」
夜空の向こう、『ムーン・シールド』の『上』に思いを馳せる。
「それってメリたんにも訊いた?」
「ああ」
見下ろせば、同じように『上』を見上げたネイがいた。
「んじゃあ、アタシも答えられないなー。此処だって誰が聞いているか分かったもんじゃないし、その名前を『ムーン・シールド』下で明かすのは基本ご
「そんなにヤバい人物なのか?」
クウヤはゴクリと唾を呑み込んだ。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。メリたんのご主人様だけでなく、『ムーン・シールド』上に住む人は、大抵地上で名を明かさないよ。だって世界レベルで選ばれた超VIPなんだもん。どこで狙われるか分からないでしょ?」
「うーん……」
どっかりテーブルに乗り出して頬杖を突き、唸るクウヤ。まったく正体の分からない人物の元へ連れていかれるなんて、自分はこのままで良いのかと不安になった。
「ネイはメリルの主人とやらに会ったことはないのか?」
「ないね~メリたんはいつも独りか、もしくはクウたんみたいにご主人様のお客人を連れてくるだけだから。その人達がどういう相手なのかも知らないし~」
「お客人……」
まさかそれが自分のように、『エレメント』を呑み込んでしまった人間ではないのだから、一体その「お客人」達が何の用で『上』へ行くのやら? と益々謎が深まってしまった。
「ネイってさ、メリルといつから──」
そこまで言いかけて刹那止めた。サッと首をエントランスへ向けたネイの横顔はやけに険しかった。
「クウたん、ココにいても、ちょっとは役に立てそうだよ?」
「んん?」
戻ってきたその