[6]エレメントの不思議 ▼ 隠す対象
文字数 4,088文字
言われた通り完璧に修理されて、あんな大きな空洞が開けられたことなど嘘のようだ。
格納庫は完全に隔離されていて、『ツール』を持たないシドも此処までは足を踏み入れることが出来た。何より下界へ戻るのには、何の認証も要らないという。庫内の端にある
自動操縦でシド邸を離れてのち、あのだだっ広いソファの真ん中に鎮座したクウヤは、窓辺に佇み無言で進行方向を見守るメリルに問いかけた。
「なぁ? ガブ達は探さないのか?」
見つけたとしても、マザーシップのように修繕が進んでいるとは思えないが。
「疑惑は残りますが、シド様の「無事に不時着させた」というお言葉を、今回は信じたいと思います。船の修理をお手伝いしたい気持ちはございますが、結局わたくしの傍におりますと、また危険な目に遭わせてしまうだけかと思われますし……」
「今回は珍しくお宅の案件だったけどな。今後はまた俺の方だろ? 俺って言うか『エレメント』なんだけどさ……まぁどちらにしても危ない旅路なのは間違いないよな~」
こうしている間にも、またあの「蠅」達に群がられないとは限らない。クウヤは自分には見えない『エレメント』に指先を触れ、「そう言えば」と或ることを思いついた。
「……今更思ったんだが、あいつだったらこいつを摘出出来たんじゃないのか?」
ちなみにクウヤの言う「あいつ」は「シド」のことで、「こいつ」はもちろん『エレメント』である。
「シド様の技術とメンテナンス・ルームの設備を考えますに、おそらく可能かと思われます。ですが……」
「ですが?」
「だったら早々に採ってもらいたかったのに」と喉元からクレームが出掛かったが、メリルが渋る理由にしばし時を譲ってみた。
「ですが現状クウヤ様がシド様に気に入られていらっしゃるかが気になるところでございましたので、今回は見送らせていただきました」
「確かになぁ……」
「こちらの方が殴りたいくらいだ」とボヤかれるくらいなのだから、幾らメリルの監視下であったとしても、施術中シドがクウヤに何をしでかすかは分からなかった。
「わりぃ、アホな質問をした」
「いえ……一刻も早く除去したいお気持ちは分かりますので。お力になるどころか、わたくしが障壁になっているとしましたら、大変申し訳ございません」
「いや……まぁ……」
シドがクウヤを気に入らない理由は「メリルに気に入られている」からなのだから、直接的な原因はメリルにあるということになる。しかし実際クウヤは気に入られているのだろうか? メリルのご主人様の目的はこの『エレメント』であるのだから、採ってしまえば正直クウヤは用なしなのだ。いや……そうなれば「用がないなら殺してしまえ」とばかりに、適当な施術をされる可能性を感じて、メリルはシドの施術を敬遠したのかもしれない……メリルに気に入られていようがいなかろうが、とりあえずシドに手術されずに済んで良かったと、クウヤは心から安堵した。
「そろそろ問題の起こりそうな雲行きになってまいりましたね……」
「雲行き?」
メリルが窓の外のずっと先を見据えて呟いた。
ソファの正面を陣取る大きな窓からは、初夏の暖かな陽射しが降り注ぐだけで、雲一つ見えない。それでもメリルが「雲行き」と称したのは、おそらくクウヤの言うところの「蠅」のことに違いなかった。
「蠅がたかり始めたのか?」
クウヤはメリルの元へ寄り、同じく視線の先へ目を凝らしたが、特には何も見えなかった。
「こちらからどうぞ」
メリルの背後に置かれたレーダー・パネルへ案内する。まだまだ距離はあるが、確かに前方に三機、後方に五機が迫っていた。
「まったく厄介だな……どうする?」
「我が主人の地には時間が掛かりますので、最終手段を講じようと思います」
「最終手段?」
クウヤの質問にメリルは一つ
「……そいつをどうするんだ?」
「お手数ですが『エレメント』をお出しいただけますか? 余り頻繁に使用したくはないのですが……今回も『エレメント』の力が必要なものですから」
「あぁ……うん」
『ツール』にクウヤの情報を移し込む際「このサイズであれば億単位」利用出来るとメリルは言った。つまりそれは「数億使えばなくなる」ということで、『エレメント』には限りがあるということなのだ。
メリルの主人がこの『エレメント』を今後どうするのかは知らないが、もしも転売するとしたらかなり価値を下げてしまうことになるのだろう。
「『ツール』登録時とは移行エネルギー量が比ではありませんので、おそらくそれなりの衝撃があると思います。ご迷惑をお掛け致しますが、何卒ご辛抱くださいませ」
「え……何っ!?」
理解に苦しんでいる内に、メリルは聴診器の先端部──「チェストピース」と呼ばれる肌に当てる部分に似た器具を、露出した『エレメント』に覆い被せた。途端電流のような刺激がそこからクウヤへと流れ、一瞬全身が激しく
「ご無事ですか? クウヤ様」
「はぁぁ~いきなりはやめろよ……死ぬかと思った!!」
首元をさすりながらクウヤは深い息を吐き出した。
エレメントのエネルギーを注入したことで、マザーシップがどのような変化を遂げたのかは今のところ分からない。操舵室のレーダーでも、依然先程の三機と五機が前後から迫っている。メリルは一旦自動操縦を解除して、船を右へ旋回させた。しかしレーダー上の追尾する敵機は不思議とついて来る様子はなかった。
「もしかして……ステルスか?」
「はい」
『エレメント』によってどのような作用があったのかは不明であるが、クウヤはこのマザーシップが敵機に見つけられないよう隠れ蓑を
「詳しくは上階でご説明致します」
二人は再び階上に戻って、今度はメリルもソファに着いた。
「この船の外装には『ムーン・システム』が使用されております」
「ふむ」
今まで余り情報提供してこなかったメリルが、今回は意外にも腰を据えて話そうとしている──クウヤもそれを汲み取って、しっかり話を聴く気になった。
「『ムーン・シールド』をはじめとして『ムーン・システム』が様々な分野で用いられておりますのは既にご承知だと思います。特にホログラム等、映像を投影することに長けているのはもうお気付きでございますね?」
「ああ」
啓太とシドが提供した衣料用も、ネイや襲ってきた敵のハリボテロボットも、果てはメリルの表皮にまで使われている。自分達を隠してくれたあのカプセルの透明シールドも、おそらくそれだったのだろう。クウヤは過去を巡りながら頷いた。
「『エレメント』と地中の鉱物スピネルが、化学反応を起こして結晶化しました『スピネル・ムタチオン』──通称『ムーン』は、通常淡い白色をしておりますが……」
「実際には『エレメント』とスピネル同様、多種多様な色素が含まれている」
「……その通りでございます」
『エレメント』も『ムーン』も本格的に研究対象にはしてこなかったクウヤだが、スピネル自体は専攻の一つにもしていたれっきとした地質学者なのである。何しろ『エレメント』の第一発見者として、それくらいのことはさすがにクウヤも知っていた。
「特に『エレメント』はそっくりそのままに表面を擬態出来る変な鉱物だからな……スピネルもカラーチェンジがある訳だし、どちらの特性も兼ね備えた『ムーン』なら、含有する色素を活用して、表面に映像を浮かび上がらせることが出来るのも説明がつく」
メリルは再び「その通りです」と相槌を打ったが、その時微かに顔色が明るくなった──気がした。
「『ムーン・シールド』上の住宅が下界から透けて見えないのは、その性質を利用しているからでございます。そしてこのマザーシップにも同じ機能が搭載されております」
「だったら『ムーン・システム』だけで隠れられるんじゃないのか? 『エレメント』のエネルギーが必要だったのは何でだよ?」
あんなに痛い思いをしてまで『エレメント』の力を移行させた意味が、クウヤには皆目見当もつかなかった。
「住宅のように見えなくするだけでは、レーダーに感知されてしまうからです」
「ああ、そうか……確かに! 『ムーン・シールド』は全ての波長を通すが……『エレメント』は全てを遮断するからな。レーダーに至ってはほぼ反射しない」
その時クウヤは「なるほど」と思うことに一つぶち当たった。
この長い旅路、明らかに敵の襲来を避けられないとなれば、『エレメント』を所有するメリルがステルスの機能を使いたいと思うのは必至であるのだ。が、使えば通信等電波の必要な外とのやり取りは一切出来なくなる。シドはそれを見越してウサギを出張させることまでは躊躇したのだろう。
「んじゃぁ~誰にも盗聴されない訳だし、メリル、そろそろ教えろよ」
「……な、にをで、ございましょうか……?」
クウヤが意地悪そうな笑顔を見せたせいで、メリルはいつになく狼狽したが、
「お宅の主人の居場所だよ! 俺はヨーロッパだってことしか聞かされてないんだ! いい加減何処の国だか白状しろって!!」
「それは……大変失礼を致しました」
何を詰問されるのかと懸念を示したメリルであったが、これから行こうとしている場所なのだから、さすがに困るような質問ではなかったらしい。安堵というより拍子抜けしたという様子で目を丸くしたが、改めて背筋を伸ばしこう答えた。
「クウヤ様、主人はミュンヘンの上空です」
「ミュンヘン……やっぱりドイツなのか……」
ドイツ南部に位置する第三の都市ミュンヘン──マリーアはその空の上で、今も天井を見つめているのか──?
第五章・■Ⅴ■ON INDIA■・完結