後日談

文字数 816文字

「だいぶ復興してきましたね。烏森はすっかり変わってしまいましたが。」
 店を出ると二人は当たりを見渡し感慨にふけったが、この再会では無力感を共有しただけだった。
「結局、日本はルビー・シルバーの幻影にかき乱されただけだったのかな。」
 ヘンリーは力なく言葉を絞り出した。
「知らなかったんだよ。外国の事もルビー・シルバーの事も。そして、日本は輝きを外に放そうとしながらも、内側に淡く儚い色を湛えたルビー・シルバーそのものだったんだ。」
「そうですね。」ヘンリーは、恒雄の言葉に力なく同意したが、新たな情報を付け加えることを忘れなかった。「日本が事業から撤退した後、へーレンはカラワクラを含めた鉱山を友人に売却して、相当の売却収入を得たようです。そのへーレンの友人は、カラワクラで銀だけではなく亜鉛も採掘し、事業を軌道に乗せました。そして最近、英国資本のヴォルカン鉱山会社に売却され、ヴォルカン鉱山会社が亜鉛、銅と鉛を産出したようです。是清が低品位鉱の採掘を長期に亘って事業化することで投下資本を回収するということは結果として間違いでは無かったです。それは後の祭りでしかないですが...」
 恒雄は視線を落として、ただ敗戦国の者として傾聴しているだけだった。
「そうそう、僕の出した本もそうですが、ベネディクトの『菊と刀』のように、アメリカでは戦争開始の直後に日本研究のブームが起きたんですよ。何とも言えない皮肉な話ですが、それはつまり、双方にとって遅すぎたという事ですね。」
 恒雄はヘンリーの方を向いて、いつあるかわからない再会を願う言葉を発しながら手を振った。ヘンリーの去っていく姿を見つめながら、ヘンリーの書いた本を今一度読んでみようと思うのだった。

(ルビー・シルバー)
 濃紅銀鉱は、実際には、空気に晒されていると黒色に変化し、紅色を保つことはない。日本の鉱山でかつて取れた濃紅銀鉱の標本では、もはやその綺麗なルビー色を見ることはできない。

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