第3話

文字数 1,275文字

 ずっと引っかかっていた問題を解決できそうな相手だとコメントから思っていたし、ダイレクトメールが来た時は、罠だと分かっていてもハマってみたい気になった。罠かもしれない、嘘かもしれない、騙されるかもしれない、無駄になるかもしれない。しかし、期待して待つというのは、それらの負を吹き飛ばすほど、興味深く、面白さに満ちている。

 「今日は雨が降らなきゃいいけど。」
 カフェの外、初夏の炎天下、ジリジリと照りつける日差しに対峙する水色のワンピース姿の長原寧が、カフェの中で待つ池上の様子を見ながら、一方で、通りからやってくるだろう若草を待っていた。若草が池上と会うだけだから、放っておけばいいのだが、若草は不安定なところがあるし、池上も気難しいところがある。あの二人は自分たちのことを普通と思っているらしいが、あの二人は、自分たちの事と、自分たちが考えていることしか見えていない。暗闇の中で勝手に思いつくまま想像した景色の中を走っているような二人であり、無事に落ち合えるか心配なので見にきてしまう。それに若草から「立ち会うのは一人でするけどさ、出来たらアテンドお願いね。」と頼まれてしまったからには、断るわけにもいかず、炎天下での待ち伏せと観察を請け負ってしまった。それと、池上と若草の面談に同行出来るのが楽しみなところもあった。若草は狂った中年だが、クレバーだし、面白いことを考えている。だが、何も持っていない。一方の池上は、一時代を築いた有名人だ。ファンとスターが遠くに位置していたのを、スターの周りにファンがいる小さな宇宙を作り出した。小さな宇宙は至る所に出来上がり、長原寧もその恩恵に預かった。小さな頃から聞いていて、自分を勇気づけてくれた「雨上がり」を歌ったマキノと小さな宇宙で身近な存在になれた。実物のマキノは小さくて、思った以上に老けていたけど、抱かれるまでの仲になれた。テレビの向こうで歌っていて、一方的に憧れた存在だったマキノがヨレヨレになりながら自分の中に入ってくれた。それまでの自分の人生の不遇が吹き飛ぶぐらい嬉しかった。そんなきっかけを作ってくれた池上と会えるチャンスを逃したくなかった。
 時間になったが、若草は来ない。まだ梅雨が明けてないから、遠くで空がゴロゴロ言い出した。こんなに明るかった世界が、数分後には、光が弱まり灰色になる。若草がこなかったら、私は雨に打たれ、ワンピースは体に張り付き、身動き出来ないほど、びしょ濡れで、恩人である池上を遠くで見つめるだけになってしまう。
 「自分のためって、思ったから、バチが当たったのかな?」
 雨が容赦無く降り始めた。若草はまだ来ない。

 「今日から働かんといけんのか。」
刑務所からようやく出られた茶谷雄介は、相変わらずの街並みに、違いを見つけていた。街ゆく人たちはほとんどがスマホの小さな画面を見ていた。それと街の人通りは減っていた。特に学生が減っている。車の数は減ってないが、尖った形ばかりになっている。看板が地味になっている。十年前から寂れた感じがした。いや、十年前から寂れつつあった。
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