第65話

文字数 1,428文字

「指摘を遠慮しないでほしい。僕も明日はプレゼンターとして出るから、演出側に回るってことだから、手を抜きたくない。」
 ヒマキンは真摯な訴えをする。言葉は熱意を帯びて仕事の方へ向いてるが、心は寂しさの嵐が吹き荒れている。本心では「僕に構ってください。」と言っているのだ。タクミはそれをすぐに察してしまった。天辺は狭いのだ。誰も彼もが高みに登り詰めることはできない。自分はどこにいるんだろう?頂上が遠くに見えるところにいると思っていたが、実際に頂上に住む人を近くに感じると、自分がまだ低い場所にいることを思い知らされる。いいねと大勢に評価されることで、愛が溢れると思っていたが、たぶん、逆なのだ。いいねと評価されることで、自分とは別物の評価で覆われた偶像の自分の影に追い込まれるのだ。それも、自分の思い込みによって。
「ヒマキンさん、じゃあ、遠慮なく指摘しますが、明日はあくまでもプレゼンターで、脇役です。でも、ヒマキンさんが出ると、ひめにゃんへの注目が削がれます。明日の評価は、ひめにゃんに集中させなくてはならないんです。そのために寧さんは頑張りました。なので、目立たないようにお願いします。」
 訳のわからぬ振付師に「お前は主人公ではない!」と言われてしまった!
 ヒマキンの心が騒めいた。なんで、評価のキングである俺が、裏方に徹しないといけない!俺のおかげでひめこは人気者になったんじゃないのか?俺が、このヒマキン様が見つけたという権威、俺の評価があるからひめこは人気者なんだろうが!俺が主役のプレゼンター、ひめこは余興だ。ヒマキンはムッとした顔で顎を突き出す。
「確かに、ひめにゃん人気はヒマキンさんのおかげではあるんですが、若草さんが言ってたように、今回はチームで評価を集めているんです。一人一人の評価が集まって大きな評価を作るんでなくて、集団で評価を作ろうとしているんです。烏滸がましいのは承知で話します。例えば、大きな駅の看板を作ろうとします。それをたった一人でするのなら、おそらく一文字も作ることなく生涯を終えることになります。一人の力って知れているんです。集団で、チームですれば、デザインして製造チームが機械で作って、施工チームがトラックで乗り付けて足場組んで、クレーンで吊ってとかして二週間で駅に看板が付くでしょう。社会が高度化すればするほど、チームワークは重要になり、一人の力が弱くなります。いいねが飛び交う表現の場も、一人の才能で成り立っていましたが、ここまで市場規模が大きくなると組織でないと勝てないんです。単純にパフォーマーか何かをして、見てる人がいいねと評価する時代は過ぎてしまいました。それを踏まえての、目立たないようにの、お願いです。だって、そうでなくても、ヒマキンさんは特別な存在なんですから、もっと、どっしり構えていてもいいんですよ。ヒマキンさんが思っているより、世間はヒマキンさんを大きく評価しているんです。今回の評価交換で、ご自身の評価が大きく膨らんだのを体験されていると思ってます。あなたは大きな影響力を持っているし、それは膨らんでいます。評価されつつ、大きな評価をする立場になっているんですよ。」
ヒマキンは顎を突き出し言葉を失う。タクミのことを振付師如きと思っていたが、思ってもない思想を説明され、圧倒されてしまった。ヒマキンは見ている側、評価している側が、自分が思っているより、ずっと深く考えている、賢いと思い知らされた。
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