第9話 Conference

文字数 2,367文字

 計算室に所員のほとんどが集まる。椅子が足りないので、壁にもたれて立つ人もいた。明日人(あすと)甲斐(かい)さんは、リモートでテレビのインタビューを受けるから遅れると言っていた。

 コウさんが扉を開けて入る。ディスプレイの前に進み振り返り、報告を始める。ディスプレイの近くに座っているアイラを手で指し示す。

「ここにいるアイラの紹介は後にして、まずは3つ。屍人の粉と、機体(マキナ)、あとは敵の正体ね。ああ、それと……」

 コウさんは一度、天井を見上げて、その(あと)部屋を見廻(みまわ)した。

「残念ながら、アメリカの本部は音信不通のままよ。幹部たちは地下の予備施設に避難してるんだろうけど、結局、何があったのかすら分からない。辺鄙(へんぴ)な場所にあったから誰にも気付かれてなくて、動画投稿サイトにも何もアップロードされてないみたいだし。とりあえず私たちは、私たちだけで動くしかない」

 教室の黒板の大きさくらいの横長のディスプレイに、(あお)い球体が映し出される。

「これが屍人の粉の拡大写真。花粉より少し小さい。インドではピシャーチャと呼ばれているわ。発生は海底からと考える。なぜなら、ベヒモスは出発時点では粉を(まと)っていたけれど、港では粉はひとつも検出されなかった。つまり、機体(マキナ)自体は粉を発生させてないってこと」

 次に、(むし)(うごめ)く姿が映し出される。ベヒモスの外皮の中で動いていたものと、ディスプレイの中の(むし)の動きは似ているような気がした。

「活性化した状態の粉を吸った人間の脳の中で動いていた(むし)よ。粉を吸って数秒で活動を始める。だから、耐性のない人間は、運が悪ければ活性化した粉を数粒取り込んだ瞬間から人ではなくなる。そして、宿主が死ぬと、この(むし)は泥みたいに溶けて、無くなる」

 五十嵐さんが手を挙げる。

「ちょっと待て。それを知るためには、生きた人間の脳みそをほじくる必要があるんじゃねぇのか。コウ、お前……」
「人体実験をしたわけじゃない。インドの人たちは、事態の解決のために、たくさんの犠牲を余儀なくされた。そしてインドの科学者はとても優秀だった。信じてもらうしかないわ。ああ、あと、会見で御堂(みどう)くんが言ったように、3日程度で粉自体が崩壊する。消えるわけじゃないけど、吸っても大丈夫」

 五十嵐さんは腕を組んで、憮然(ぶぜん)とした表情でコウさんを(にら)む。おそらく、納得いってないのだろう。声に出さないだけで、この部屋の中には同じことを思っている人も少なからずいるはずだ。

「……機体(マキナ)についてだけど、ベヒモスを破壊した(あと)に残った(どろ)は、本当にただの泥だった。あと、アウルの吹き飛ばされた右腕も、同じ成分だったわ。つまり、あれらは泥、というか粘土(ねんど)(かたまり)よ」

 にわかに計算室の中が(ざわ)つく。アウルは、粘土……。

「最初にアウルが星宮(ほしみや)さんの学校に出現してから、たった二日(ふつか)であの巨大な(たこ)が現れた。ミサイルで吹き飛ばされたけど、あれもおそらく機体(マキナ)。それから五日(いつか)でベヒモスが港に()がった。これは日本の話で、今も海の中では他の機体(マキナ)がウロウロしてる可能性があるし、私たちが知らないところで、どこかの小さな島国が滅んでるって可能性もある」

 扉が開き、明日人、続いて甲斐さんが入ってきた。それを見ながら、コウさんは続ける。

「最後に、敵の正体だけど、ベヒモスが発生した場所と、アウルや、インドに現れた機体(マキナ)は……」
「アナンタ、な」

 アイラが笑顔で声を出した。

「……インドのアナンタ、(ドラゴン)の形の機体(マキナ)も含めて、(みんな)、同じ場所から出現したと考えているわ。それが、この場所」

 ディスプレイに、日本の近海の地図が映し出された。
 赤い色の点から、何度も赤い色の円が広がるようなアニメーションが再生される。

「この、相模トラフと日本海溝が合流する地点の近く。ここが全ての起点。おそらくこの場所の海底の、さらに下層から、自分の意思か、それとも別の何かの意思あるいは事故で機体(マキナ)は放出され続けてる」

 甲斐さんが、ぶっきらぼうに声を上げる。

「俺たちの観測艦も、爆破した(あと)そこに沈んだかもな」
「そこに(ぬし)みたいなのがいたら、今頃は怒っているかも知れないわね」

 今度は、明日人が手を挙げて質問する。

「もし鮎保(あゆほ)少佐(しょうさ)の言ってることが正しいとして、僕らは何をすべきなのでしょうか」
「そこで、この子。アイラを紹介するわ。まずはこの映像を見て」

 ディスプレイに、低い解像度の荒い映像が流れる。
 アイラと、アイラにそっくりの少女が、ふたりで(ドラゴン)の形をした機体(マキナ)を操っている姿が映る。(ドラゴン)は、まるで水族館のイルカショーのように、ふたりの大げさな合図で、飛び上がったりくるくると回ったりしている。さながら大道芸の様相だ。

「アナンタは、インドに蛇の機体(マキナ)と同時に出現して、なぜか蛇と戦った。破壊はできなかったけど、蛇を退(しりぞ)けた。ただ、アナンタも蛇も、屍人の粉、ピシャーチャを(まと)っていたから、最初は別の(ひど)い名前で呼ばれていたけどね。軍はアイラとダーシャがアナンタを操ることができると偶然だけど気付いた。日本での星宮(ほしみや)さんとアウルのように。それで、軍は次の機体(マキナ)の襲来に備えて、双子とアナンタを大事に(かくま)っていた」

 聴いていたアイラが、変なイントネーションの強い口調で否定する。

「ダイジにされてたんすかなぁ? ずっと暗いへやにいて、ワタシは外に出たかったよ。ダーシャはあーいう暗くてせめぇトコが好きみたいだけど」

 コウさんが、私を見ながら話を続ける。

「アイラはずっと日本のアニメを見て、独学で日本語を覚えたらしいわ。だからちょっとおかしな日本語なのよね。日本に来たのは、私と彼女の希望が一致したから。私はこの計画にどうしても彼女の手助けが必要だったから、頑張って連れてきたの」

 ディスプレイに計画の名前が映し出されると、また計算室の中に(ざわ)めきが起きる。

『アウルによる、超深海層(ヘイダルゾーン)への潜入』

 私とアウルの、新しい戦いが始まる。
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