第15話 vs.Zombie

文字数 2,216文字

「あれは……軍のサーモバリック爆弾で破壊されたはずなのに!」

 ベロニカが驚き、声を上げた。
 巨躯(きょく)を揺らしながら、それはゆっくりと、わたしとベロニカの(ほう)へ近付いて来る。
 ここから見える限りでは、その体に傷は無いようだ。一歩一歩、確実に四肢を動かし、その度に地が震え、低い音が木々に反響する。

 別の方向からも何かが走って来る音がすることに気付いた。
 そちらに顔を向けると、おそらく先ほどの建物から出てきたであろう、大量のゾンビの姿があった。

「ベロニカ! 30くらいはいるよ!」
「挟み討ちなんて、そんな知能が(むし)にあるっていうの?」

 川の上流からはトリケラトプスのような巨大なものが、下流からは多くのゾンビがこちらに向かって来るという状況。ベロニカが森に逃げたとして、体力の落ちているわたしはついて行けるだろうか。それに、あの巨体が本気を出して追ってきたらどうしようもないかも知れない。

 わたしは(すが)るようにベロニカを見る。

「もう逃げるのは無理だ。岩の上に登ってきな!」

 岩肌に手と足をかけ、わたしは踏ん張りながら大きな岩に上がる。
 ベロニカは、ショットガンを構える。どう考えてもあの巨大な奴には効かないから、岩を上がってくるであろうゾンビを撃退するためだろう。

 大きな岩の上で、ゾンビと巨体を交互に見る。だが、巨体の方は、わたしたちには目もくれず、そのまま直進してゾンビの方に向かって行く。

「ねぇ、あの子、人間には興味が無いんじゃない?」

 わたしが()くと、ベロニカも首を(かし)げてその動向を見守る。

 ゾンビたちがトリケラトプスの脚に(まと)まりつくと、その太い脚を蹴り上げて、邪魔者を吹き飛ばしていく。さらに、逆の前脚でたくさんのゾンビを踏み潰す。

「やっぱり、戦ってるよ。……あれは!」

 小さなゾンビたちの後ろから、ひと回り大きな、20フィートもあろうかという気味の悪い形状の物体が現れた。
 まるで、幾つもの人間を取り込んだように、頭が5個も6個も付いていて、皮膚が溶けてなくなり筋肉や血管がそのまま表層に出たような色をしている。近くで見たら間違いなく吐きそうだ。

 その怪物が、巨体に長い爪を立てて引っ()く。脚に傷をつけられたそれは、しかしながらすぐに泡のようなものを噴出して、何事もなかったかのように傷口を(ふさ)いでしまった。

 頭から生えた長い角で、怪物の体を突き刺すと、頭を激しく振って宙高く飛ばす。高い所から堕ちた怪物の体は四方に弾け飛び、それぞれの欠片(かけら)は溶けるように泥に変わっていった。

 そいつは、次々と襲い来るゾンビを粉砕していく。呆然とするわたしたちの目の前で、ゾンビの大量破壊が繰り広げられた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 辺りは静まり返った。
 さっきまでの異様な戦いは終わり、トリケラトプスのような巨体がそこに(たたず)んで空を見上げている。

「アイツ、研究所から(あふ)れた奴らを全部、泥に変えちまった。でも、なんで私らには目もくれないんだろう」
「呼んでみようか、おーい!」

 ベロニカが驚いて、気軽に声を掛けたわたしを制する。

「何やってんだ。角でひと突きにされるぞ」

 巨体の頭がこちらを向く。目がほんのりと(あか)く光る。

『ちょっと疲れたから、休んでるんだ。しばらく放っておいてくれないかな』
「しゃ、喋った」

 ベロニカが不思議そうな表情で、わたしの顔を(のぞ)いてくる。

「私には何も聴こえなかったが。なんて言ったんだ?」
「疲れたから休む。放っておけって……」
「疲れてるのはあなたの(ほう)じゃないか? 幻聴が聴こえてるのでは」

 わたしはその言葉に反抗するように、もう一度、声を掛ける。昔、飼っていた犬の名前で呼んでみる。

「クーパー! キミはクーパーって呼んでも()いかな!」

 また目を(あか)く光らせ、それは応えた。

『クーパー……。ボクはクーパーか。面白いね』

 クーパーは四肢をゆっくりと動かし、体を震わせる。それが喜びの表現かは分からないが、怒りでないことはなんとなく分かった。

「あんなデカい奴にその名前、何かの皮肉か?」

 ベロニカの問いに、わたしは悪戯(いたずら)な笑みで答える。

「わたしが大好きだった飼い犬の名前。だって、あの子も可愛(かわい)いじゃない」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夜が明け、朝陽が山の端から射し始める。
 夜の間は伏せていたクーパーに声を掛ける。

「ねぇ! 行き先が決まってないなら、一緒に行こうか!」

 特に言葉は返ってこなかったが、四肢を動かしてこちらを向いた。どうやら、その気になったようだ。
 ベロニカが慌てた様子でスマートフォンを取り出し、何かを打ち込み送信した。

「また爆撃されないように手を打っておいた。信頼できる男に、今から現れるとんでもなくデカい奴に爆撃は効かないから()めるよう、軍へ忠告してもらうよう手配したよ。そうしないと、アイツは大丈夫でも私たちが一瞬で灰になっちまうからな」
「ありがとう。でも、なんでわたししか話せないんだろう」

 ベロニカは少し(うつむ)いて考える。

「……あなたは、粉塵を浴びた町の方角から来た。特殊な体質か、あるいは(むし)が何らかの理由であなたを選んだのか。いや、考えて分かるものではなさそうだ。とにかく、地下の避難所を目指そう」

 ベロニカが歩き出し、わたしも、ちらちらとクーパーを見ながら歩く。クーパーが、わたしたちに従うように四肢をそっと動かし、ゆっくりと歩き始めた。

 果てしなく続く深い森の中で、どこからともなく血の匂いを乗せた風が吹き、闇の中へ溶けていった。
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