第3話 Determination

文字数 3,937文字

 2台のクレーン車で吊るされて、宙に浮いたまま大きな工場の跡地に運ばれていく機体(マキナ)を、仮設の建物の2階の窓からひとりで眺める。
 既に学校でも洗われてからここまで運ばれてきたそうだが、これからアイツは改めて、念入りに全体を洗浄されるらしい。

 突然学校に墜落か何かで現れてから、アイツが動いたのは、私が修二と三宅くんに狙われた時だけ。あとは、私が眠っている(あいだ)も含めて、自力では全く動いていないということだった。

星宮(ほしみや)さん、貴方(あなた)の家族について話をするわ。計算室に来て』

 支給されたスマートウォッチから、コウさんの声が再生された。計算室っていうのは多分、あの大きな横長のディスプレイのある部屋のことだろう。

 私は風でバタバタと揺れる青いビニールシートで囲まれた廊下を通り、計算室の軽い扉を開けた。
 コウさんの横で、軍服を着た童顔で短髪の男の子が、神妙な面持ちで腕を組んでいる。私に気付いたコウさんが、彼を紹介してくる。

「星宮さんは初めて会うわね。彼は御堂(みどう)明日人(あすと)。若いけど、この研究所の筆頭研究者よ」
「星宮さん、御堂です。よろしくお願いします」

 彼は真面目な顔で頭を下げたが、私は軽く(うなず)いて返す。突然、研究者なる人に挨拶(あいさつ)されても、何をよろしくすればいいのかよく分からない。
 私の態度に少し戸惑った様子の御堂さんへ、コウさんがフォローを入れる。

「彼女は色々とショックなことが重なって、気持ちが沈んでいるのよ。まあ、今からもっと沈むことになるだろうけどね」
鮎保(あゆほ)少佐(しょうさ)。そういう言い方はやめた方がよろしいかと存じます」
「まどろっこしい言葉遣(ことばづか)い、嫌いなの。どうせ今から残酷なことを伝えるんだから。ねぇ、星宮さん」

 私はコウさんを(にら)みつけて、口を開く。

「もう、みんな死んでるんですよね。覚悟はしてます。はっきりと聞かせてくれれば諦めがつきます。だから、私に気遣(きづか)いは不要です」

 すでに希望なんて持ってない。三宅くんの頭が飛んで私の横を通り過ぎた時に、少しだけあった期待みたいなものも一緒に吹っ飛んでいったんだ。

「ほら言った通りでしょ。この子の精神力は、御堂くんなんかよりもずっと強いわよ」

 彼はもう一度腕を組んで、ディスプレイに目をやる。早く本題に入りたいのだろう。

「この地図上で、赤くなっている所ほど、屍人(しびと)の粉が大量に飛散しています。赤、(だいだい)、黄、緑、青の順ですが、青い地域でも数粒は確認されています。そして……」

 御堂さんは、私の顔を見る。

「星宮さんのように耐性のある人以外は、運が悪ければ数粒を吸い込んだだけでも染色体に異常をきたす恐れがあります」
「私には、耐性っていうのがあるんですか?」
「はい。失礼ながら星宮さんがここに運ばれて来た時に、血液を採取させてもらいました。星宮さんは、間違いなく粉を吸っていますが、影響を全く受けていません。現在、日本で確認されている唯一の耐性持ちです」

 日本でと言う言葉に、私は首を(かし)げた。その素振(そぶ)りを見ていたコウさんが補足する。

「アメリカとインドでも、形や大きさは違うけど、ほぼ同じタイミングで未知の物体が落下したの。それで、こっちと同じように、周りが「ゾンビ」だらけになった。アメリカでは一帯を封鎖できず、対象を焼き払うためにサーモバリック爆弾が使われたんだけど、その爆風で逆に広範囲に粉がばら撒かれてしまったそうよ。あっちは土地が広いし農村部だったから、それでも日本よりは被害が少ないようだけれど」

 御堂さんが冷たい表情でコウさんが解説する姿を眺めている。

「話が()れ過ぎてますね。星宮さんの家と、お父さんの職場は赤い色の地域にあるので、耐性がない限りは既に屍人になられている可能性が非常に高いです」

 私は小さく息を()いて、ふたりに軽蔑(けいべつ)の視線を送る。

「で、結局、私はどうすればいいんですか。家族も友達も死んで、私自身は、研究のために身体を解剖でもされればいいんでしょうか」
「そんなことするわけない。僕たちは君を守りたいんだ!」

 強い口調で御堂さんが言い放った。その剣幕に少し驚き、私の胸の鼓動が大きくなった。

「あの機体(マキナ)は君を守るためにだけ動いた。きっと君とアレには何か関係がある。僕らは屍人の粉と同時に、君たちのことについても調べる必要があるんだ」

 なんだ、そういうことか……。

「やっぱり、研究したいだけってことですよね。私はそのために生きてろって。私が死んだら耐性の研究ができないですもんね」

 私は自嘲の笑みを浮かべると、(きびす)を返し、部屋を勢い良く出た。
 何が守りたい、だ。実験用のネズミみたいな目で見られたくない。変な期待を持たせるのもやめてほしい。味方のふりをして私をこれ以上、傷つけないで……。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 洗浄が終わり工場の跡地で吊るされたままの機体(マキナ)の顔をよく見ようとして、吹き抜けの工場の3階部分に上がる。ものものしいマスクを着けた作業員たちは、私の姿を見ても止めることはしなかった。

 目の前に、160cmの私の身長よりも大きな、顔と思われる部分がある。顔は少しフクロウに似ている。丸いクリッとした2つの目が離れていて、その間が少し盛り上がって、(くちばし)のようなものが垂れている。
 光を失っている大きな目には、角度により(ゆが)んだ私の姿が映っている。それはまるで、私の気持ちを反射しているかのようにも見えた。

 カンカンと鉄を蹴る音が近付く。音の方向に目を向けると、簡易なマスクを着けた御堂さんが、軍服とスマホを持って歩いて来た。

「これ、君の携帯でしょ。防水機能があったから、洗浄しても壊れなかったみたいだ」
「ありがとう……。どうして私のスマホが?」
「学校で倒れてた時に、スカートのポケットに入ってた。鮎保少佐には内緒で、僕が勝手に洗浄しておいたんだ。バレると没収されるだろうから気を付けて。あと、ここは冷えるから、これを羽織っておくといい。僕のお古で申し訳ないけど。それと、一応マスクはしておいてくれ」

 御堂さんはスマホと軍服とマスクを私に渡して、すぐに離れようとした。

「あの、もう少し一緒にいてくれませんか」

 私が引き留めると、彼は振り返り、驚いたような顔を見せた。

 機体(マキナ)の顔の前で床に座りこみ、軍服を羽織って、スマホの画面を指紋認証で開く。

「通信が出来そう。こんな状況なのに」
「ここ以外の地域は、今のところ問題ないからね。水道水は汚染が怖くて使えないけど、他のライフラインは一応、無事みたいだよ」

 そう言いながら、御堂さんも私の横に座り、機体(マキナ)の顔を眺める。

「未だにこいつが何なのか、全く分からない。X線も通らないし、関節も硬い素材に覆われていて、コード類は一切表に出ていない。まるで……」

 私は、音楽のサブスクアプリを起動して、マイルス・デイヴィスのアルバムを再生した。修二が好きだったジャズの音が再生される。

「……他の奴らに音がバレたら、スマホ、取られちまうかも知れないよ」
「これ、彼氏が好きだった音楽なんです。少しだけでいいから、聴かせてください」

 御堂さんは諦めの笑みを浮かべ、溜息を()き、また機体(マキナ)の顔を見た。
 私は座ったまま目を(つむ)り、流れるジャズの音を受け入れる。修二の笑顔が、閉じたまぶたの裏をスクリーンにしているかのように再生された。告白された時のこと、初めて手を繋いだ時のこと、一緒に見た花火……。思い出が、サイレント映画の如く頭の中に流れる。

 修二……。

 (つむ)ったままの私の目から、涙が(こぼ)れ落ちる。我慢していたが、どうしても嗚咽(おえつ)を漏らしてしまう。

 その時、私の(ほお)に、何かが当たった。御堂さんがハンカチか何かを差し出しているかと思い、(にじ)んだ視界で彼を見る。
 彼は、機体(マキナ)(にら)んで呆然としている。じゃあ、これは……。

 私の(ほお)に当たっていたのは、巨大な指の先端だった。

 涙を受け止めるように、それは私の顔の下にあった。
 機体(マキナ)は、私に向かって、腕を差し出していた。ゆっくりとその指の先端が(ほお)の表面を滑り、私の涙を(ぬぐ)おうとする。

 御堂さんが驚きの声を上げる。

「こいつ……、感情があるのか……?」

 御堂さんのスマートウォッチから、コウさんの声が響いた。

『御堂くん、新たな目標(ターゲット)が現れたわ! 今度は沿岸、海からの侵略者(インベーダー)よ!』

 私と御堂さんは目を見合わせる。そして、目を移すと、機体(マキナ)が細かく振動していた。その後ろ、背中側から光が放出され始める。

 光はどんどん大きくなり、今度は急に収束する。

「危ないっ!」

 御堂さんが私の上に覆い(かぶ)さると同時に、機体(マキナ)がクレーンを弾き飛ばし、物凄い速さで空に向かって飛び上がった。工場の中が轟音(ごうおん)と強く白い光、焦げたような匂いに包まれる。
 私は倒れるかたちになって、空を飛んで行く機体(マキナ)を見送る。どこへ行ってしまったのだろうか。
 その前に。

「あの、そろそろ、どいてもらえませんか……」
「あ、ごめん!」

 御堂さんが、顔を赤らめて私の身体から離れる。起き上がって空を眺めていると、私と御堂さんのスマートウォッチから、同時にコウさんの声が出る。

『どこにいるのよ。防護服を着てヘリで沿岸へ行くわ。さっさとヘリポートに集合しなさい』

 私は御堂さんに尋ねる。

「危険じゃないですか? 私たちが見に行って、一体どうするんでしょうか」
「分からないけど、僕は行くよ。上官の命令だからね」

 私は(うつむ)いて考える。
 ……もう大切な人たちは失くしてしまった。この先、自分に何ができるのか分からないし、何をすべきかも分からないけど、傍観(ぼうかん)してるだけじゃ、いつか後悔しそうな気がする。だったら、誰か、道を示してくれそうな人についていくのもアリなのかも知れない。

 顔を上げて、御堂さんに決意を告げる。

「私も行きます。研究でも何でもいいです。手伝わせてください!」
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