第16話 vs.GigantBee

文字数 2,977文字

 森の中を歩き疲れ、一時(いっとき)の休憩中、わたしはクーパーの巨躯(きょく)に対面するかたちで座った。
 昨日のゾンビとの戦闘中、クーパーの角が長くなったり、短くなっていたように見えた。もしかすると、この子は体の一部を自在に変形させることが出来るのでは。そう思い、試してみることにした。

「角をもっと長くできるかな?」

 声を掛けてみたが、目の色は黒いままだし、特に反応も無い。今朝はわたしの言葉に反応したような気がしたけど、大事なのは言葉じゃないということか。
 わたしは、角を(にら)みながら、自分の(ひたい)に角が生えていることをイメージする。さらに、それはふたつ生えていて、どんどんと長く伸びていく(さま)をイメージする。

 すると、クーパーの頭から突き出た左右の角が、そのイメージに呼応するかのように少しずつ伸びていく。

「や、やった! ……のかな」

 偶然じゃないことを確かめるために、今度は角が収縮して額の中に入っていくのをイメージした。
 目の前のクーパーの角が、ゆっくりと短くなっていく。そして、初めてクーパーを見たときと同じくらいの長さまで戻った。

 わたしは、嬉しくなってベロニカの(ほう)を向く。彼女はその光景を(いぶか)しげに眺めていた。

「あなたの想像が、クーパーの形を変えられるということか。やはり、あなたたちは何らかの繋がりを持っているとしか思えないな」

 そう言って、(うつむ)き考えて続ける。

「だが、私たちの生き残りが、それをどう思うか。クロエ、私はあなたの味方のつもりだけど、地下の避難所へ連れて行くことが、必ずしもあなたたちに良い結果をもたらすわけではないことを覚えておいて」

 わたしは、決意に満ちた笑みを浮かべ、答える。

「いいよ。わたしはそれでも生き残る。絶対に。わたしが生き続けることで、家族やヘンリーの記憶が未来へ引き継がれていくの。もしもクーパーがわたしを選んだっていうのなら、そういうわたしの気持ちをエネルギーにして動いているのかもね」
「あなたは強いな。ただの村娘ではなかったということか……」

 わたしとベロニカがクーパーを見ると、少しだけその目に光が灯っているような気がした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 森を進むと、風に乗り流れてくる血の匂いが強くなったことに気付く。

「クロエも気が付いていたか? この匂いは死体が腐りかけている時のもの。風上(かざかみ)にそういうものがあるということだ」

 果たして、風上にはうず高く積まれた人間の死体があった。
 それらは、一つ一つの身体が風船に息を吹き込んだ時のように膨れ上がっており、少しの衝撃で破裂しそうな状態だ。その腐臭は、鼻の奥にこびりつくような、強い刺激を(ともな)っていた。

「何だこれは……10体は超えてる」

 ベロニカは地面のカードを拾い上げる。

「サムの部下の識別証だ。顔では判別できないが、おそらく研究所から脱出した者の一部だろう。しかしこの悪臭……」
「ベロニカ、わたし、吐きそう」

 わたしたちはさらに風上の、刺激の強い(にお)いが届かない場所へ避難した。
 大きな木の根にもたれて休んでいると、突然、クーパーが頭を激しく振り始めた。

「どうしたの、クーパー?!」

 突然、50フィートはありそうな巨大な(はち)が現れ、クーパーの体に長い針を突き刺す。刺された場所が大きく膨らみ、破裂する。泥が周囲に()き散らされた。

「クロエ、(はち)が入り込めない場所に逃げよう!」

 ベロニカに手を引かれ、少し離れた木々の中、(つた)に覆われた低い地へ伏せる。
 もう一度、目を凝らして(つた)の間からクーパーを見ると、患部から泡が出てきて再生を始めていた。動きの鈍くなったクーパーに再度、(はち)が襲い掛かろうとする。

 その時、どこからか銃声がした。横のベロニカではない。何発も、巨大な(はち)の羽を銃弾が貫通していく。効き目はなさそうだが、混乱した蜂はクーパーへの攻撃を()めた。

 わたしはそれを見て、ひとつのアイデアを思いついた。

「ねえベロニカ、銃ってどうやって撃つの?」
「こんなのじゃ、あの大きな(はち)は倒せないぞ。何をするつもりだ?」
「あの子の(つの)を銃に変えられないかなと思って」

 ベロニカが驚いた顔をして、その(あと)、にやりと口端を上げた。

「トリガーを引くだけだよ」

 彼女は伏せたままのわたしに覆い(かぶ)さるような姿勢をとり、両耳に耳栓をはめてくれた。そのままショットガンを構えると、わたしの両手を取る。左手には銃を支えさせ、右手の指をトリガーに引っ掛けさせた。
 銃口を巨大蜂の(ほう)へ向け、彼女はわたしの耳元で大きな声を出す。

「引け!」

 指に(ちから)を入れると、耳栓を超えて破裂したような音が響いてきた。衝撃が腕と肩に伝わってくる。蜂の頭に弾が当たったものの、硬い表皮に弾き返されたようだ。
 わたしは耳栓を取り、ベロニカにショットガンを返す。

「感覚は分かった。イメージしてみる」

 わたしは目を(つむ)り、暗闇の中、自分の額からふたつのショットガンが生えるのを想像する。すると、イメージの中に蜂が見えた。目を閉じたままで蜂を追い、動きを捉えた瞬間に、トリガーを引いた指の感覚を思い出す。

 大きな、ドンという破裂音が聞こえた。

 目を開けてクーパーを見遣(みや)ると、頭から生えた角の先に穴が()いていて、そこから白い煙が吹き出していた。
 続けて蜂を確認するが、どこにもいない。逃げたのだろうか。

「クロエ、やったじゃないか。蜂は溶けて泥に変わったよ」
「え……。倒したの? 目を閉じていたから、分からないんだけれど」
「角からふたつの光の弾が飛び出して、あの蜂の頭を吹き飛ばしたんだ。クーパーの勝利だよ」

 クーパーの目は、強く(あか)い光を放っていた。わたしの頭に、クーパーの、子供のような中性的で高い声が響いてくる。

『ねぇ、この(つの)を元に戻してくれないか。なんだかムズムズして痒いんだ』

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「まったく勝った気がしないなぁ。なんだかスーパーボウルの結果だけ知らされた気分」

 クーパーの(つの)を元の小さな、穴の無い状態に戻して、歩いて近付きながらベロニカに文句を言ってみた。

「まあ、私が証人さ。確かに、クーパーは蜂を撃ち抜いた。他には何が出来るんだろうか」

 蜂が飛んでいた場所の下には、酸っぱい(にお)いの泥が広がっていた。周りを見渡していると、木の(かげ)から男が現れた。

「サム! 銃を撃っていたのはキミか」

 サムは、ライフルを肩に担いで、疲れ切った感じで微笑んだ。

「ベロニカの知らせで、その怪獣が味方だってのは知ってた。あと、あっちの(ほう)の死体は、あの蜂に刺されたおれの部下だ。生き残りは少ないが、先に行かせたよ」
「……何人、残ってる?」
「5人くらいかな。運良く通信技師がひとり残っているから、無事に避難所まで辿(たど)り着くことができれば、他の国の支部に連絡を取れるかも知れない」

 ベロニカは項垂(うなだ)れる。

「本部は、ほぼ壊滅か。さすがに軍に頼るしかなさそうだな」
「……ところで、その子があの怪獣のドライバーかい?」

 サムが、わたしとクーパーを交互に見ながら(たず)ねた。

「あの子の名前はクーパー。わたしはクロエ」
「クーパーか。あいつが蜂を倒す瞬間は爽快だったよ。クロエたちは素晴らしいコンビだな」
「わたしも撃ち抜くところ、見たかった……」

 サムとベロニカが笑う。
 わたしは、急に全身の(ちから)が抜けて、泥に突っ伏すように倒れた。
 彼らの声が、もの凄く遠くに聞こえる。
 そしてそのまま、意識を失った。
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