第24話 Trance

文字数 2,250文字

 向日葵(ひまわり)が揺れる。
 一面の黄色に、私は戸惑う。

 ここは死んだ(あと)の世界なのだろうか。
 向日葵を触るが、感覚を失っているようだ。

 空は(あお)く、澄み渡っている。雲一つない。
 私はゆっくりと歩き出す。どこまでも続く黄色。

 少年が笑顔で駆けて来る。

 私の前で立ち止まると、笑顔のままで言う。

「この先は沙織(さおり)の行くべき場所じゃないよ」

 聞き覚えのある声だ。
 少年は私の手を取り、引っ張る。

「どこへ行くの?」
「君が元いた場所」

 彼について行くと、向日葵(ひまわり)の黄色が途切れて、今度は一面の緑、草原の中を突っ切る。

「もう少し先に、君が()る」
「私が、()る?」
「沙織。マザーに会いに行こう。今の沙織なら、マザーに気持ちを伝えられるはずだから」

 そう言って彼は、私の背中を押す。
 私の視界はどんどん白くなっていく。そして、光に(つつ)まれた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 目が()めた。何かの通知音らしき高い音が聴こえる。
 点滴の(くだ)が右腕に(とお)っていることに気付く。身体はまったく動かないけれど、目に映る室内の様子から、病室にいるような感じを受ける。

 遠くからパタパタと足音が近づいて来る。
 そして、扉が開かれる。

星宮(ほしみや)さん、分かりますか? ここは病院です。あなたは1か月寝たきりでした。いきなり身体を動かさないでくださいね。今、先生が来ますから」

 そう言って彼女は私の体温を測りながら、モニターを確認している。続いて、ドクターらしき人が部屋に入って来た。
 彼は、私の顔に装着されている器具を取り外した。

「星宮沙織さん。お話は出来そうですか?」

 私は声を出そうとするが、うまく喋れない。何度か挑戦して、ようやく(かす)れた声が出た。

「……わ……わた、し……いき……て……」

 ドクターは、笑みを浮かべて(うなず)いた。

「生きてますよ。お帰りなさい、星宮さん」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 1週間後。

 歩行器に(つか)まりながら、私は病院の廊下を歩く。

「随分、痩せちゃったね。前はちょっとぽっ……」
「ぽっちゃりしてたって? それが生還した年頃の女の子への言葉?」

 私が(にら)みながら言うと、明日人(あすと)は困ったような表情を見せた。

「いやぁ、でもそれがチャームポイントだったと思うけど」
「ハァ……。言葉、言葉。(あと)で取り繕ったみたいに言われると、余計に傷つくの。運動部だったからたくさん食べてたのよね」
「ゴメン。そういうつもりじゃ……」

 私は悪戯(いたずら)な笑みを浮かべる。

「なんてね。病院食、美味(おい)しくないし、アウルにも会えなくてストレスが溜まってるだけ。こっちこそ、嫌なこと言ってゴメン」

 明日人は、ホッとしたように微笑み、私の手を握る。

「意識を取り戻したって聞いて、本当に嬉しかった。ずっと心配してたんだ」

 えっ、急に何? 恥ずかしいんだけど。

「あ、あの……。手……」
「あっ、ゴメン。ドイツにいたせいかな。スキンシップが多いんだよね」
「そっか、私のために帰国してくれたんだよね。ありがと」

 明日人は(うなず)いて、ゆっくりと私から手を離した。

「それもだけど、聞いたよ。マザーに会いに行くんだろ」
「……うん。私だけじゃない、(みんな)の気持ち、伝えに行きたいの」

 私と明日人は、病院の中庭のベンチに座り、情報交換した。

 アメリカ西海岸でのレヴィアタンとの戦いの(あと)、アウルたちは(みずか)楽園(エデン)に帰ってくれた。アナンタは、どうやらついにアイラとダーシャのふたりを乗せられるようになったらしい。そして、アナンタは米軍からインド軍へ丁重に渡されインドへ戻った。クロエは使役する機体(マキナ)が増えて管理に困っているらしく、その内、楽園(エデン)に参加するかも知れないということだ。

 私は、夢現(ゆめうつ)つでアウルから聞いた言葉を、この前、お見舞いに来てくれた甲斐(かい)さんに伝えていた。
 どうやら甲斐さんと楠木(くすのき)さんは機体(マキナ)との交信についての研究を続けていて、海底用の無人探査機を使い、マザーが出す音波の周波数も、ある程度まで特定したと言っていた。

 明日人はドイツの研究所で、屍人の粉の動物実験をしている。感染するとDNAに変異が起こり、その()、体液の循環が失われた時に細胞が崩壊し泥へと変わるらしい。もちろん人体実験なんて出来ないから、私やクロエ、アイラ、ダーシャが、なぜ感染しても無事なのかは分からないままだ。

「沙織は、どうやってマザーに会うつもり?」
「私がアウルと意識を同化させるのは危険だから、有人潜水艇を手配してくれるって。楠木さんは昔、深海探査艇のパイロットをしてたんだよ」
「有人……あれってすぐに動かせるものなのかな」
「整備は続けているらしいから、動かすことは出来るって聞いたけど」

 明日人はベンチから立ち上がり、(こぶし)を握り締めて言い放った。

「よし、僕も同行するよ」
「え、なんで?」
「なんでって……。好きな人を守るためだよ」

 私は明日人の顔を見る。彼はしっかりと、私を見詰(みつ)めている。

「好きな人って、え? 私?」
「当たり前だよ。他に誰がいるんだ」
「いや、そうじゃなくて……。私のこと、好きなの?」
「うん。僕は沙織のことが好きだ。だから一緒にマザーに会いに行く」

 まるで親に会いに行くみたいに言われても困るけど……。

「あのさ、明日人。私、今、恋愛とか考えられる状況じゃなくて」
「別にいいんだ。僕の気持ちなんだから」
「そ、そう……。じゃあ、とりあえず、あり……がと」

 彼は微笑み、(うなず)いた。

 なんだか、外は暑いなぁ。もうすぐ、本格的な夏が来るんだな。そうだ、売店でアイスを買おう。
 私は突然の告白に、頭がパンクしてしまったみたいだ。
 星宮沙織、昨日、17歳になりました。
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