3話 恋を知ったあの日

文字数 1,666文字

「意味がないと思ったんだ」

 それは2週目の土曜、夕陽が傾き始める時刻に私は誰かに呼び出された。スタッフに連れていかれたのは橋の上で、そこへ神妙な面持ちで現れたのはリョウ君だった。意味がないと思った、彼はそう言葉を紡ぎ照れくさそうに下を向く。
「昨日電話をもらって、もしかして君は今週でいなくなるんじゃないかって気が気じゃなくなったんだ。そしたら君がいないならこの旅に意味が無いって気がついた。君の笑顔が良いなって思ってて、でも昨日もらった電話は絆創膏のありがとうを言うためだけのもので苦しくなった。僕はミナミちゃんのことがいつの間にか好きになってたみたい」
 リョウ君が顔を持ち上げて寂し気な笑顔を作った。
「ミナミちゃんはマコのこと気にしてるの分かってるけど、自分も想いを伝えなきゃと思ったんだ……。だから、告白します」
 私はまさか自分が告白されるなんて思っていなかったので、頭が混乱する。
「好きです!」
 潔く真っ直ぐ私を見つめる彼の瞳に私の心は揺さぶられた。彼の力強いその言葉はでも、振られる事を前提にした告白で、私は声が、うまく出てこない。
「――ごめん。私はやっぱり、マコ君のことが、好きで」
 訥々と絞り出した声は自分でも驚くほどにか細かった。
「うん、分かってた」
 リョウ君は優しく微笑んで、だから泣かないでと続ける。言われて初めて瞳に涙が溜まっていることに気がついた。
「泣いてないよ!」
 これは玉ねぎのせい、そう嘘をつくとリョウ君は笑った。柔らかく2人で笑う。最後にリョウ君は応援してるよと拳を前に突き出した。私も手を握りしめて、彼のその骨ばった拳に軽く打ちつけた。
 次の日にはもう、リョウ君の姿は無かった。1番最初に旅を離れるのは自分だと思っていたから、取り残されたような空虚な悲しみが胸に溜まる。
 その日の収録は追加メンバー無しの6人で旅が始まった。残り僅かの旅でマコ君にアピールしなきゃと思いつつも、短い間にもリョウ君がしてくれた気遣いの数々が頭を過った。彼に比べて私は、と気持ちが湿る。

 昨日と同じ時刻、昨日と同じ橋の上で私はマコ君を呼び出した。いざマコ君を目の前にすると頭が真っ白になる。けれど、昨日ぶつけた拳の感触が私の背中を押した気がした。私は言葉を絞り出す――
「ありがとう」
 私の精一杯の告白にマコ君はそう微笑んで、頭を掻いた。
「昨日ミナミちゃんがリョウに呼び出された時、ミナミちゃんと旅する明日はないかもしれないと思うと辛かった。けど、」
 マコ君の視線が落ちる。それで私は続く言葉を悟ってしまった。目頭が熱く――
「けどそれはリョウに対しても同じで、それは仲間としての感情でした。4日っていう短い期間では好きになれませんでした」
 頭を下げるマコ君に、私は笑顔を作った。
「うん、分かってた」
 涼しく心地よい風が私とマコ君の間を通りすぎる。そして、
「恋を教えてくれて、ありがとう」
 気持ちを込めたその言葉は消え入るように風に舞い、川のほとりに咲いているピンク色の秋の桜は静かに揺れる――

**

 あれから2年、恋を知ったあの日は私にとってかけがえのない思い出だ。そして、いつしか好きになっていたその街に私は大学の進学を決めた。入学式を終えたスーツ姿のまま、私は思い出の場所を探しに町へ繰り出す。マップを見ると彦根城が近い――

 なんとか城のお堀まで辿り着くと、お堀沿いに立ち並ぶ桜は満開でとても綺麗だった。
――あれ?
 人が行き交う中でふと、頭ひとつ分が飛び出た背の高い男性に目が留まった。私と同じような着慣れない印象のスーツ姿で桜を眩しそうに眺めているその男性には見覚えがあった。
「リョウ……君?」
 その男性に声をかけると、彼はこちらを振り向き驚いた表情を作る。やっぱりリョウくんだ!
「ミナミちゃん!」
 リョウ君は桜の花が綻ぶように満面の笑みで私の名前を呼んだ。
 春の暖かな風が優しく吹いた。その風は私とリョウ君の間で何かを繋いだ気がした。
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